滞在予定
ルーラック男爵家に到着してすぐ、メアの弟に会ったけど……如何にもやんちゃで礼儀知らずで、メアに迷惑をかけているところも含めて、なんだか親近感が湧いてしまった。
もちろん、そこから更に歪んでいった私と違い、この子は両親の愛情の下、時間をかけて真っ当に育つはずだから、私なんかと比較するのは失礼かもしれないけどね。
メアもそうだし……この優しそうな母親を見て、そう思った。
「皇女殿下、ようこそいらっしゃいました。こちら、ルーラック領特産のお饅頭です、どうぞ召し上がれ〜」
おっとり優しい雰囲気の、メアとよく似た容姿の女性。ララレイ・ルーラックさん。
屋敷の応接室に通された私に彼女が持ってきてくれたのは、緑色のお饅頭だった。
初めて見る色合いに、私は目を丸くする。
「変わった色ですね……どういったものなんですか?」
「それはですねー、ルーラック領の茶葉を生地に練り込むことで、鮮やかな緑色になっているんですよ〜。ほろ苦い生地と、中に包まれた餡子の甘みが合わさって、とーっても美味しいって評判なんです〜」
「へえ、そうなのね」
対面に座るバードン男爵が、酷く緊張しているように見える。
無理もないかと苦笑しながら、私は饅頭を一つ手に取って、口へ。
「……美味しい……! ララレイさん、これとっても美味しいです」
「ふふ、気に入って頂けて何よりです」
ララレイさんの言った通り、ほろ苦くモチモチの生地と、中の甘い餡子が口の中で合わさって、それぞれの良さを引き立て合っている感じがする。
初めて体験するその味わいを満喫していると、バードン男爵が少しだけホッと息を吐いたのを感じた。
隠し事が出来ない人なのね。ちょっと心配になっちゃうくらい。
「……それで、皇女殿下。こちらには、何日ほど滞在する予定なのでしょうか? 事前に頂いたお手紙には、そこまでのことは書いておりませんでしたので……」
お饅頭とお茶を楽しんでいたら、バードン男爵の方から話を切り出して来た。
予想していた内容だったので、私も事前に考えていた言葉をそのまま述べる。
「状況次第で前後しますが、ひとまずは一週間ほどを目処に考えております。その間、メアに領内を案内して貰いつつ、民と交流して見聞を広げる予定です」
私の目的は、このルーラック領で生じる魔物の大量発生を防ぎ止め、メアの故郷を守ること。
最低でも、発生の心配がないと確信が持てるまでは、ここに居座らなきゃいけない。
……でも、それを正直に伝えるわけにもいかないわ。
魔物の発生なんてどう予知したんだと聞かれたら、答える術は持たないもの。
「そうですか……あまり見るところもない田舎ですが、皇女殿下が快適に過ごせるよう、出来る限りの……」
「そこまで気を張らなくて大丈夫ですよ、バードン男爵。私はメアと一緒に寝泊りする予定だから、扱いも同じくらいで構いません」
「……はい!? いえしかし、そういうわけには……」
「私がそうしたいんです。悪いけど、理解して頂けますか?」
「……は、はい」
なんだか、これはこれで我儘を押し通した感じになって申し訳ないけれど……この家に、私を長々と歓待し続ける余裕がないことは知っている。
だったら、今のうちから肩の力を抜いて貰わないと。
「皇女殿下がそうされるのであれば、自分達も使用人相応の待遇で構いません。そのようにお願いします」
「分かりました……」
グランデル団長がそう言ったことで、ひとまず私達の滞在に関する問題はある程度片付いたわね。
となれば……いよいよ、本題に入ろうかしら。
「私はまだまだ幼くて、経験も浅い未熟な皇女です。その分、実際にここの暮らしを体験することで、皇城の外がどうなっているのか、本当の意味で理解したいと思っています」
「それはそれは……素晴らしいお考えかと」
「でも、それもある程度の事前知識があって初めて意味がある話。……バードン男爵、何か困り事があれば、教えて頂けませんか? たとえば、急に増えたお茶の卸先とか、他領との関わり合いとか……畑を荒らす、悪ーい害獣が増えている、とか」
魔物が発生すると、その縄張りから逃げ出した動物達が、周辺の町や村に現れることがあるらしい。
その辺りの知識から、魔物の発生状況について探りを入れてみたんだけど、どうやら空振りに終わりそうだ。
「害獣に関しては、特にそのような報告は受けておりませんね。むしろ、例年よりも被害が少ないくらいで……卸先に関しましては、確かに少々苦労しておりますが」
「そう……でしたら、私の名前で少し買い付けさせて貰えないでしょうか? 私、ここのお茶とお饅頭、気に入りまして」
「でしたら、お帰りになられる時に少し包んで差し上げましょう。皇女殿下に気に入って頂けるとは、ルーラック領を治める者として鼻が高い」
「ありがとうございます」
今のところ、魔物が発生している予兆はなし……といったところかしら?
魔物は、膨大な魔力を浴びて化け物と化した動物達の総称だ。
基本的に、元となった動物と同種の存在を襲うことはなく、代わりに他の生物を食い荒らして力を付け、やがてはその影響を受けた仲間の動物達まで魔物化して……縄張り内の食料が尽きると、群れごと大移動を始める。
これが、時に村や町を丸ごと滅ぼすこともある、魔物災害だ。
昨日今日で突然群れが出現することはありえない以上、これは長丁場になりそうね。
そんなことを考えながら、私はもう一度手元のお茶を口に含んだ。




