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皇帝陛下の戸惑い

「陛下! 陛下~!」


 レメリアと別れた後、宰相ライゼスはファーガルと共に会議室へ向かって歩き出した……のだが、上官にして皇帝たるファーガルの機嫌が最悪に近い。


 無駄に早足で進む彼に必死に声をかけるのだが、全く速度を緩めないし、何よりあまりにも恐ろしいその形相が威圧感を生み、すれ違ったメイド達を委縮させてしまっている。


 これは会議室に着くまでに上手く宥めないと、えらいことになりそうだ……とライゼスは頭を抱えた。


「……いる」


「はい?」


「あれは、なんだ? どうなっている?」


 ようやく足を止めたファーガルが、振り向き様に問い掛ける。

 あまりにも言葉が足りていないが、付き合いの長いライゼスにはその意味するところがしっかりと理解出来た。


「以前報告した通りですよ。皇女殿下は、教育係の洗脳を受けて性格が変わってしまっているんです。子供らしくないあの知識も言動も、全てはそのせいかと」


「そうではない。いや、それもあるが……なぜあの子は、自分が死んでも誰も困らないなどと、卑屈になっているのだ……?」


 心底理解出来ないとばかりに、ファーガルは戸惑いの声を上げる。

 いつも険しく周囲を睨みつけているようにしか見えないその鉄面皮も、今この時ばかりは少しばかり陰が落ちているようにも見えた。


「それは……簡単な話でしょう。今のお前は誰からも必要とされていない、だから死ぬ気で頑張れ、そして己の価値を証明しろと洗脳してやれば……どんなに過酷な教育も喜んで受け入れる、健気で哀れな女の子の完成ですから」


 閉塞的な環境で相手の価値観と自己肯定感を破壊し、自らの手で擦り込んだ言葉に依存させる。洗脳の常套手段だ。

 あのような幼い身で、薬と魔法の力まで頼って徹底的にやられれば、抗う術などあるはずもない。


「まして、皇女殿下は信じていた実の祖父からも裏切られたばかり。ようやく会えた父親からも、ロクな説明もなく冷たい言葉でおねだりを一蹴されたんですから、死にたくもな……って危なぁ!?」


「…………」


 躊躇なく抜き放たれたファーガルの剣が、ライゼスの目前を通過した。

 背筋が凍るような皇帝陛下の不機嫌オーラを前に、さしものライゼスも顔を引き攣らせる。


「だ、だからまあ……これからは、陛下ご自身がきちんと皇女殿下を可愛がってあげてください。エスカレーナ公爵の手の者が殿下を虐待していた以上、陛下が寵愛を向けたところで、誰も文句は言わないでしょうし」


 今までは、レメリアに近付くことでエスカレーナ公爵と繋がりが生まれ、懐に潜り込まれる恐れがあった。

 しかし、カロラインが引き起こした毒殺事件によって、レメリアと公爵との間には大きな溝が生まれている。


 これはレメリアにとって悲劇であると同時に、ファーガルが大手を振って娘を可愛がる絶好のチャンスでもあるのだ。


「今は皇女殿下にも、落ち着くまで時間が必要でしょうし、彼女が遠くへお出かけするのは良い機会です。その間に陛下も気持ちを切り替えて、帰って来たら、プレゼントの一つでも用意して出迎えてあげればいいんじゃないですか? 洗脳された殿下の心を癒せるのは、やはり父親の愛だけですよ、うん!」


 半分くらいはただ怒れる皇帝陛下のご機嫌を取りたくて口にしているが、半分は本音も混じっている。

 洗脳されて性格が捻じ曲がってしまった子供を癒し、本来の姿を取り戻す方法があるとしたら、周囲の人間の献身的な支えと愛情しかない。


「なるほど……プレゼント、か。……考えておく」


 ようやく傾いた機嫌が直って来たのか、抜かれていた剣が鞘へと戻る。

 ホッと胸を撫で下ろすライゼスへ、ファーガルは今一度ギロリと鋭い眼差しを向けた。


「お前は、レメリアに付く護衛をしっかりと選定しておけ。万が一すら許さん」


「はっ、お任せください」


 またしても頬を冷や汗が伝うのを感じながら、ライゼスは祈る。


 どうか皇女殿下がお出かけした先で、何事もなく平和なひと時を過ごされますように、と。



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