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鮮血皇女の処刑

「レメリア……なぜ、このような真似をした?」


 辺り一面に散らばるのは、血溜まりに沈む肉の塊。かつて人間“だった”もの。


 その中心で、白かったドレスを返り血で真紅に染めながら、私は歓喜の笑みを浮かべていた。


「お父様……!! やっと、やっと私を見てくれた!! 私の名前を呼んでくれた!! あはっ、やっぱり、私のしたことは間違ってなかったんだわ!!」


 私の前にいるのは、アルグランド帝国皇帝、ファーガル・ゼラ・アルグランド。私のお父様だ。


 私と同じ、美しい銀髪。

 私と同じ、黄金の瞳。


 間違いなく、誰よりも色濃い血の繋がりがあると確信出来る関係なのに……いくら願っても、いくら欲しても、この十五年間ただの一度として注がれることのなかった眼差しが今、私一人に注がれている。


 それが、たまらなく嬉しかった。


「私がお父様と会えなかったのは、たくさんの邪魔者がいたから……最初から、ぜんぶぜぇんぶ、殺してしまえば良かったのよ。そうすれば、私とお父様の仲を引き裂く者なんて、誰もいなくなる!! ねえ、そうでしょうお父様?」


 周囲から、嫌悪と侮蔑、憎悪の籠った眼差しが集まっているのを感じる。

 いつものことだ。私が何を言っても、何をしても、みんなこうして私を否定してくるんだ。だから、こんな雑音なんてどうでもいい。


 でも、お父様は違う。だって、お父様は私のお父様なのだから。

 今まで会えなかったのは、たくさんいる“邪魔者”達のせい。そうに決まっている。


「だからお父様……早く、その小娘から離れてください。そんなに近くにお父様がいては、殺すことも出来ませんから」


 私が手にした剣を突き付けると、お父様の傍らにいた少女が「ひっ」と情けない声を上げる。


 お父様の血を半分継ぐ、私より一つ歳下の腹違いの妹……ティアラ。


 黄金の髪に翠緑の瞳、どこか気弱で鈍臭くて、いつもヘラヘラ笑っている姿は、本当にお父様の娘なのかと首を傾げたくなる。


 事実、彼女はずっと平民として生き、十歳になる頃に母親が死んだことを切っ掛けに、お父様が皇居に招き入れたらしい。


 穢れた平民の血を引く分際で、図々しくもお父様に取り入り、傍にいることを許された子。

 ()()()()である私は、近付くことさえ出来なかったのに!!


「残るはその子だけなんです。その子がいなくなれば、お父様の周りから邪魔者は誰もいなくなる」


 いつも私を邪険に扱っていた宰相も、浅ましくも次期皇帝の座を狙っていた兄弟達も、みんなみんな私が殺した。

 殺せば、お父様に会えるって……()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 だから、そう。後はティアラさえ始末すれば……そうすれば。


「だからお父様……とっても頑張ったこの私を、どうか褒めてください」


 希うように、私はお父様へ語りかける。


 周りから注がれる、得体の知れない化け物を見るような視線を無視して待つ私に、お父様は……。


「俺は……お前をこれまで一度たりとも娘だと思ったことは無いし、未来永劫それは変わらない」


「……えっ」


 カシャン、と手に持っていた剣が落ち、硬質な音を響かせる。


 呆然とする私に、どこか見せ付けるように……お父様は、傍らのティアラを抱き寄せた。


「俺の娘はただ一人、ティアラだけだ」


 心の中を、絶望が支配する。

 目の前が真っ暗になり、膝から崩れ落ちた私に、今度はティアラが一歩前に出ながら声をかけてきた。


「わ、私、は……! お姉様と……ちゃんとした、姉妹に……なりたかった、です……」


 ティアラのその言葉に、周りにいたお父様の家臣達も口々に声を上げた。

 「ティアラ様はお優しい」だの「それに比べてレメリア様は」だの「まるで悪魔のようだ」だの……言いたい放題の声が、私に突き刺さる。


 ……ああ、そうよね。あなたはここに来た時からずっとそうだった。


 バカで、礼儀知らずで……穢れた平民の血を持ちながら、誰からも簡単に愛されて。

 ぽっと出の癖に、何の努力もしてない癖に……私が欲しいものを、全部横から掻っ攫っていく。


 そんなあなたが、私は!!


「私は……心底憎かった!!」


 剣を掴み、ティアラに向けて投げ付ける。


 私と違って鍛えてもいないティアラに、回避することは不可能。

 殺った、と思ったその瞬間、横から体を割り込ませたお父様が、ティアラを庇ってその体で剣を受け止めた。


「お父様!? だ、大丈夫ですか!?」


「……問題ない、急所は外してある」


 背中に刺さった剣を引き抜きながら、お父様がティアラを庇うように立つ。

 その堂々とした振る舞いと、私を見下ろす冷たい眼差しを見て……ようやく、理解した。


 この人は、本当に……私を、娘だと思っていない。

 ティアラだけが、この人の娘なんだと。


「あはっ……ははは……あははははは!!」


 何も可笑しくないのに。何も楽しくないのに。気付けば、私は笑っていた。


 そんな私に、もう興味は無いとばかりに、お父様は無機質な声で告げる。


「連れて行け」


 こうして私は……お父様の命令で、皇居の地下牢へ幽閉されることになった。




 地下牢での暮らしは、地獄そのものだった。

 食事は一日に一回、カビの生えたパンと少しの水が貰えるくらい。

 一応、形式だけでも裁判を経てから処刑するために、数日はここにいろ、とのことらしい。


 その数日間、代わる代わるやって来る看守達からは、ありとあらゆる罵声を浴びせられた。

 もう、この世に存在する悪意ある言葉は全て聞かされたんじゃないかという日々の中で、私はただひたすらこれまでの人生を振り返り……すっかり、心が折れていた。


「私……頑張ったん、だけどな……」


 皇女たるもの、ひたすら勉学に勤しむべしと言われ、その通りにした。

 皇女たるもの、文武両道でなければならないと、剣や魔法だって必死に磨き上げた。


 “鮮血皇帝”と呼ばれた父がそうだったように、自らの覇道を血で染めあげる覚悟がなければ、その寵愛は決して得られないのだと、そう教えられ……その、通りに。


「あれ……?」


 そこでふと、疑問が浮かぶ。

 そもそも、私に“皇女とはかくあるべし”と教えたのは、誰だったか。

 知識を得て、力を付けて、“鮮血皇帝”と呼ばれた父と同じように……力と恐怖で人を従え、贅の限りを尽くす皇女として相応しい存在になれたなら、父に会えるはずだと、そう言ってくれたのは、誰か。


 記憶に靄がかかったように思い出せないでいる私の耳に、ふと誰かの足音が聞こえてきた。


 一体誰だと、顔を上げて……自然と、その呼び名が口から零れた。


「お祖父じい、様……?」


 私の祖父、ランディ・ゼラ・エスカレーナ公爵。

 前皇帝の弟……つまりは皇弟殿下で、お父様の叔父にあたる人物だ。


 私に優しくしてくれた唯一の人で、お父様と会いたいっていう私の願いを、一番熱心に聞いてくれて……。


 そんな人が今、私に対してこれ以上ないほどの侮蔑の表情を浮かべていた。


「やれやれ、もう少し上手くやってくれるかと思っていたのだが……まあ、あの暴君の娘にしては上出来か」


「一体……何を言って……?」


「まだ分からないのか? “私の”邪魔者を消してくれて感謝すると、礼を言いに来たのだ」


「……っ!?」


 邪魔者。そうだ、私はお父様の邪魔者を消すために……え、でも今、お祖父様は私のって……。


「お前のお陰で、あの暴君の周りも随分と寂しくなったからな、ようやく私の手の者を潜り込ませる隙が出来た。褒めてやろう」


「なん……で……そんな、こと……」


「なんで? 決まっているであろう、私が皇帝になるためだ」


 お父様は、前皇帝とその側近達を皆殺しにすることで帝位を得たんだけど……皇弟殿下は、その時にお父様の後ろ盾となった貴族の一人だ。


 お父様の後ろ盾と言いつつ、本当は前皇帝に情報を流す二重スパイだったとか、色々と黒い噂はあるけれど……それでも、お父様は自分を支援してくれた彼に最大級の敬意を示し、前皇帝の側近だった貴族の中で唯一、エスカレーナ家だけを公爵の地位のまま存続させた。


 でも……お祖父様は、その扱いが不満だったという。


「あんな血塗られた若造に皇帝など相応しくない、精々私の剣として使われるくらいがちょうど良かったというのに……! しかも、私の目的に気付いているのか、ちっとも私の縁者を懐に入れようとしない。実の娘なら多少はガードが緩くなるかと思えば、そんなこともなかった。ああ、忌々しい!!」


「……お父様が、私に会おうとしなかったのは……私が、お祖父様の、孫娘、だから……?」


 そんなはずはないと、否定して欲しかった。

 だって、それじゃあ……私は……。


「ああ、そうだとも。どうせ会えるわけもないのに、必死に父親に愛されようと、見当違いの努力を続けるお前の姿は、実に滑稽だったぞ」


「そん、な……」


 生まれた時から既に、私はお父様にとって邪魔者でしかなかったことになる。

 お祖父様の言葉が、頭の中をいつまでもぐるぐると回って、離れない。


「だから方針を変えて、お前に直接邪魔者を消させるように仕向けたのだ。ああ、これまで……本当に長かった」


 そう言って、お祖父様は踵を返す。

 実に嬉しそうに、軽やかな足取りで。


「それではな、レメリア。もし来世というものがあるのなら、そこでは精々、家族で仲良く過ごせることを祈っているぞ。くははは!!」


 そう言って、思い切り嗤うのだった。




 数日後、私は処刑台に送られた。


 地下牢にいた時よりも激しい罵声が、私一人に容赦なく叩き付けられる。


「この悪女め!!」

「さっさと死ね、この人殺し!!」

「鮮血皇女に、血の報いを!!」


 罵声のついでに投げ付けられた石が、私の頭にぶつかって血が流れる。

 けれど私はもう、そんなことどうでもよくなっていた。


 ……ああ、本当に、私は愚かだった。

 絶対に愛されることがないお父様に執着して。

 私を利用することしか頭になかったお祖父様を信頼して。

 その結果、罪もない多くの人の命を奪い取った。


 お祖父様に真実を突きつけられたからか、今は驚くほど自然にその事実を受け入れられる。


 だから、こんな風に罵倒されるのも、処刑されるのも……当然の報いだ。


「お姉様……!」


 お父様の隣に座るティアラが、私の有様に涙しているのが見えた。

 ……私、あなたを殺そうとしたのに。なんでまだ、そんな顔が出来るの?

 思えばこれまでも、何度邪険に扱っても、私に優しくしてくれたんだっけね、この子は。


 いえ……ティアラだけじゃない、どうしようもないクズだった私に、それでも優しくしようとしてくれた人は、他にも確かにいたんだ。


 今になって思い出しても、遅すぎるけれど。


「はは……完敗だわ、本当に……」


 お祖父様の件がなかったとしても、きっとお父様は私じゃなくて、ティアラを娘に選んでいただろう。

 そう思ったら、涙が出てきて止まらない。


 ああ……お祖父様の言う通り、もし来世なんてものがあるのだとしたら。

 次こそは、ティアラみたいに優しい子に生まれ変わって、誰からも愛される人になりたいな──


 そんな風に祈りながら、私は集まった大観衆の前で処刑された。

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