悪役学園長〜婚約破棄から60年、せめて皇子の孫に応報を〜
8000字未満の悪役令嬢プチざまぁもの。百合みは少々。
「俺の邪魔ばかりしやがって! ナイト帝国エンタス公爵令嬢、ユーラニア! お前との婚約は、破棄する!」
血気盛んな声を聴き――リンディの体は人知れず、ぐらりと傾いだ。
(ぐ、これは……あたしはあの乙女ゲームの世界に、転生してたってことかい? ナイトが公国じゃなくて帝国なら、『2』の世界だね。なんで『1』の頃……60年前に記憶が戻ってくれないんだか。遅すぎるじゃないか)
心中で悪態をつき、姿勢を正し、周囲に視線を走らせる。正門前広場は、寮や下宿から登校してくる生徒たちでやや混雑していた。そのうち多くが騒ぎを見て、遠巻きに足を止めている。リンディはじっと、渦中のラカル王子と――悪役令嬢ユーラニアを見つめた。
「どういうことですかラカル殿下!? 我々の婚約は、シリカ王国とナイト帝国の橋渡しとなる――――」
「お前を俺に押し付けるための厄介払いが、橋渡しだと? つくづくおめでたい女だ!」
目が血走っている王子の反論に、令嬢が肩を震わせ、赤い瞳に涙を溜めていた。その光景に。
(……嫌なもんだ。あたしが断罪された、60年前を思い出す。何もできず、味方がいなくて、悔し泣いた――あの日を)
リンディの目は、不快さを滲ませて歪んだ。
(あの王子の祖父は……あたしの婚約者は。平民の女に魅入られて、あたしを振った。ご丁寧に、冤罪までしかけて!)
自分の隣にいる、ふわふわの金髪の少女を見やり、リンディは少しのため息を吐いた。
(けど今は違う、か。『2』だとこれはただの痴話喧嘩。ゲームじゃ序盤のイベントだ……王子の隣にヒロインがいるわけでもないしね。でも――辛い思いをしてる本人にゃ、関係ない。苦しかろうよ、ユーラニア。その気持ち……よくわかる)
リンディは気丈に振る舞うユーラニアが目に入り、僅かに頭を振って、過去の幻影を振り払う。
「だ、だとしても! 衆目の前でこのような……! 祖国に知られたら、こんな」
「どうともなるものかよ。つまはじきにされた者のために動く国など、ない」
(そりゃ自己紹介かねぇラカル。しかし動くんだなこれが)
そして今目の前で起きてることにゲームの展開が重なり、思わず肩を落とした。能天気にユーラニアを煽り、周りが目に入っていないラカルを、リンディは忌々しげに睨む。
(この出来事を放置すると、魔法学園……あたしの学園は舐められる。それがきっかけで、シリカ王国は学園攻めを決めるんだ。そいつは勘弁願いたい。さすがに)
リンディはどうしても……今、一人必死に抵抗する少女の姿から、目を逸らせなかった。
(放っておけないねぇ。本来、この喧嘩はヒロインが仲裁する……まずはそれを止めて、あたしが預かるところからだね。ゲーム通りの展開になんて、させやしないよ)
一歩進み出ようとしていた隣の少女の肩に、リンディは手を置いてぐっと押さえ込む。ふわふわのブロンドの毛先が、手の甲をくすぐった。振り向いた彼女の碧眼に乗った感情が、徐々に色を変える。抗議、驚愕、そして少しの恐怖……あるいは憧憬のようなものへ。
「アプリコット。あんたはじっとしとき。ここはあたしが引き受ける」
少し頬を染めて何度も頷く少女の肩を叩き、リンディは進み出る。コツコツと、彼女の靴のかかとと石畳が、小気味良い音を鳴らした。
「わたくしが悪いのであれば仰ってください、直します! ラカル殿下! だからどうか、今の一言はお取り消しを! このままでは、お父さまたちにご迷惑が――――へ?」
割り込んだリンディに、二人の視線が向く。ユーラニアに向かって器用に片目をつぶって見せてから、リンディはラカル王子に向き直った。
「…………なんだ貴様は。ババア」
(この王子。大人しくしてりゃあ、見目はよかろうに。傲慢と甘えが顔に張り付いて、醜いったらないね。なんであたしは60年前、同じ顔に恋をしたんだか。さて)
明らかに不機嫌そうなラカルに向かって、リンディは肩を竦め、首を振って見せる。
(ゲームの筋はわかってる。だが問答無用でラカルをつまみ出したら、あたしの立つ瀬がない。まずはこの頭に血が上った坊やを落ち着かせて、話を聞かないとね。ひとつ揺さぶって、なだめてやろうじゃないか)
それから顔を上げ、にやりと笑った。
「年寄りの扱いがなってないねぇ、ラカル王子。そんなことも教えて寄越さないとは、シリカも国として落ちぶれたもんだ」
「なんだと? 俺に盾突くと言うのか! 薄汚い女が!」
リンディは王子を超然と見下す。ダークグリーンの簡素なドレスをまとった彼女は……髪も黒々としており、肌に言うほどしわもない。腰も曲がっておらず、背筋もしゃんと伸びていたが――その深みのある声は、確かに長い年月を感じさせるものだった。
「お、おい大丈夫かよあれ」「誰か止めないと……」「俺怒られるの嫌だよ怖いよ!」「これ、また戦争に――」
「おだまり!」
老女の一喝に、広場が静まり返った。声は止まり、王子もひるみ、ついでに背後の令嬢の涙も止まる。
「紳士淑女は黙って舞台を見るもんだ。それで……そう、王子」
リンディは一転して、大河のようになだらかな声で語りかけた。ラカルの方がびくりと震え、その目が惑いを見せる。
「あたしが誰だかなんていいんだよ。朝っぱらからレディを泣かせるなんて、随分罪な男じゃないかい。ちょいと話を聞かせとくれよ」
「教師か? 黙っていろ。用があるのは、そこの愚図だ」
「おやまぁご立腹じゃないか。そんなにお怒りだなんて、このユーラニアは悪い子だったのかい? それなら叱らなきゃいけない。何があったか話しておくれ。王子殿下」
リンディは不安げな視線を感じ、喋りながら体で隠すように手を伸ばした。ユーラニアの細く白い手の指先に触れ、少しだけ掴みながら安心させるように撫でる。ちらりと様子を窺うと、リンディの猫なで声に毒気を抜かれたのか、王子は所在なげにあらぬところを睨んでいた。
「フン……俺はそこの金髪に用があったのだ」
(幼いねぇ。もうあたしに呑まれてくれたよ)
戸惑うような、どこか陶然とした視線を向けるユーラニアを横目に、リンディは深く頷く。
「金髪。アプリコット・スリーセブンかい。それで?」
「それをこの女、何を誤解したか割り込んで止める」
リンディの応対に気を良くしたのか、ラカルは肩を竦めて頭を振った。リンディは笑みを深め、やさしげな瞳で彼を見つめる。
「ユーラニアが止めたと。誤解たぁ穏やかじゃないねぇ。それから?」
「俺の言うことも聞かないものだから、脅しつけてやった……それだけだ」
リンディは大きく二つ頷いた。顔を上げると、赤みのある王子の瞳と目が合う。
「婚約破棄は本意でないと?」
「……………………そうだ」
(強がるくせに、中身は素直な甘えたがり。ほんとに爺と一緒だ。今ならちったぁ可愛く見えるが、婿にはごめんだね。別れて正解だよ、60年前のあたし)
リンディはどこかほっとした様子のラカルから、視線を外す。一歩下がり、ユーラニアの背に手を回した。ゆっくりと撫でて彼女を落ち着けてから、口を開く。
「本気じゃないそうだしユーラニア。ここはあたしの顔を立てて、聞かなかったことにしとくれよ」
「っ! ですが、皆さん聞いています! これは国同士の――――」
大きく目を見開いた令嬢を、リンディは鋭く見据えた。
「ユーラニア・スタークラスター!」
「ひゃい!?」
(昔のあたしは……泣き寝入りするしか、なかった。だがこの子に、そんなことはさせたくない――どうか信じとくれ)
怯える令嬢に一転してにこりと微笑んで見せて、リンディは彼女の両肩を掴んだ。
「エンタス公はお元気かい? ユーラニア」
「え、はい。父はその」
困惑を見せるユーラニアに、リンディはゆっくりと頷いて少し潤んだ瞳を向けた。
「よぉしいい子だ覚えときな。ここは政治、例えば……王侯貴族の結婚話は一切禁止なんだよ、禁止。これ以上あんたが抗弁するようなら、あたしは罰を与えた上に、公に一報入れなきゃいけない。わかるね?」
再び目に涙を溜めたユーラニアが、こくこくと首を縦に振る様が目に映る。リンディは彼女の目元をそっと指で撫で、雫をすくった。
「ぁ……」
「あたしに任せとくれ。このルールは、老いぼれの命を懸けてでも守らなきゃならない……大事な礎なんだよ」
ユーラニアの眉尻が下がっていく。リンディもまた一つ頷いた。
そこへ。
「――――罰、とは。どういう了見だ」
明らかに怒気の籠った、ラカルの声が突き刺さった。
(おっと、のってきたね……じゃあ乙女の涙の分、泡を吹いてもらおうじゃないか)
リンディは振り返り、ラカル王子と……輪の隅でこちらを見ている金髪の少女、アプリコットに視線を向けた。
「確認だが。アプリコットには何の用事だったんだい?」
「む。困った様子だから、声をかけただけだ」
(困りごと、ね。けどそれはあんたじゃなくて……ゲームの通りなら、それこそユーラニア絡みなんだよねぇ)
リンディは横目でちらりと、令嬢を見る。彼女の制服のポケットからは、細い赤い布が覗いていた。半信半疑な様子のラカルに視線を戻し、リンディは再び口を開く。
「アプリコットは確かに遠方から来たド田舎平民だが、あんたらよりひと月早く入ってる。勝手がわからないはずはない……アプリコット、何か王子の手を借りなきゃならんことが?」
「いえ、ございません恐れ多い! …………いま私、田舎者だって下げられませんでした?」
横から返ってきた応答に、リンディはやれやれと首を振って見せた。
「問題はなかったようだねぇ。となると用ってのは言い訳で、アプリコットは美人だし――――宮廷の女にはない魅力ってやつに、あてられたかい? ラカル」
金髪少女の抗議を無視してリンディが水を向けると、ラカルは数度瞬いてほのかに頬を赤くした。彼の様子を見て――リンディは深く顔に笑みを刻む。
「おやまぁ! 普段なら青い春の訪れは祝ってやるところだが、台無しだよ! やはりあんたには罰が必要だねぇラカル!」
「っ!? なんだとババア! 貴様、俺を愚弄しているのか!」
一転して別の赤を顔に昇らせたラカルが、非難の声を上げる。どこか裏切られたかのような悔しさを、瞳ににじませた彼を――リンディは遠慮なく指さした。
「婚約者がいながら他の女に懸想し、声をかけた。それを諫言されたら逆上し、婚約を破棄しようとした。あんたそう言ったんだが――わかってないのかい? 王子」
ラカルがハッとしてから目を白黒させ、顔を赤く青くしている。さすがに言葉が詰まって、言い訳は出てこないようであった。
「政治発言はご法度だ。往来でなんてもってのほか。それがこの学園のルールで、入園時にしつこく聞かされたはずだ。疑いようもなく、ラカルが発端。ユーラニアの抗弁は致し方ないことだ。アプリコットも直接の関係はない……となれば」
リンディはユーラニアから手を離し、一歩踏み込む。その黒い瞳で、王子を鋭く見つめた。
「あんたに落とし前をつけてもらうしか、ないじゃないか。ラカル」
「ふ、ふざけるなっ! 何の権限があって」
「おやまぁ」
リンディはまた、笑みを深くする。観衆からいくつか「ひっ」という声が聞こえたが、無視した。
「あたしが誰だか、まだわかってないようじゃないか。心当たりがないのかい?」
老女の迫力に気圧されたのか、ラカルが半歩下がる。瞳に涙すら浮かべながら、彼は声を上げた。
「知るか! 学園の給金目当てで教壇にしがみついてる老害だろう? そんなやつに――――」
「おっとよくできた! あたしが教師だってことまではわかってるじゃないか。しかも古株の老害だと。そぉら、あと一声だ坊や」
リンディは手を真っ直ぐに伸ばしてから手のひらを上に向け、撫で誘うように指をしならせた。
「この魔法学園で最も古い教師の名前を、言ってみな!」
「っ!? ま、さか。魔女リン――――」
「大魔女とお呼び! そう、でもよくできたねラカル。あたしはリンディ、学園長のリンディさね」
高らかに名乗る。リンディは青くなるラカル王子に、穏やかな笑みと言葉を手向けた。
「が、学園長がなんだ!」
(おや、意外に気骨があるねぇ)
踏み出して喚く王子を、リンディはくつくつと笑いながら見つめる。
「なんだとはなんだい。この老いぼれを、どうかしようって言うのかい?」
「そうだ、もう許さん! 俺は優秀なんだ! 侮辱するやつには容赦しない!」
ラカルは大仰に腕を振った。その手先に炎が灯る。――――魔法だ。
(血の気が多いこって。能ある姉たちに囲まれた、甘やかされた末子……女に舐められたと思うと、すぐ頭に血が上る、か。哀れな子だ)
だがリンディは……ほほ笑んで見せるだけ。
「なんとまぁ怖いねぇ。それで?」
「あとは、そ、祖父にも報せて!」
「知らせて?」
「こんな学園、滅ぼしてやる!」
ラカルの悲鳴のような叫びの後。
「へぇ」
リンディはそう、呟いた。
朝の広場が、しんと静まり返る。
誰も動けず。
息もできない。
リンディ以外の誰もが、肌を焼くような空気に身を竦ませた。
「かっ、あ……」
血の気を失って白くなったラカルが、苦しげに呻く。彼の魔法の炎も、吹き消されたようになくなっていた。リンディは小さく息を吐き、肩の力を抜く。
「いま、の。いったい……」
リンディの背後から、荒い息と共にユーラニアの声が届いた。
(やっちまった……78にもなって。あたしもまだ未熟だねぇ。いくら地雷を踏み抜かれたからって、子ども相手に殺気が漏れちまうとは。ごめんよ、みんな)
少し年季の入った校舎を、リンディはそっと眺める。そして左足の爪先を上げ、石畳をとんとんと叩いた。
「うちを攻めるか……ラカル。ここ、元はシリカだったって知ってるかい?」
「それ、は」
まだ息の整わない様子の王子が、あえぐように返答する。理解はしていると見て、リンディはにっこりとほほ笑んだ。
「あたしが周りをぼっこぼこにして、かすめ取ってやったんだよ。それがきっかけで、シリカ帝国はバラバラになって王政に戻った。だから可哀そうじゃないか、ええ?」
老女がぱちん、と指を鳴らす。
「王に頼んで学園を滅ぼすってこたぁ……あんたんとこの弱兵を」
綺麗に響いた音の波紋の後、門の、校舎の、そして本人の影が……揺らいだ。
「この学園の神獣たちと、戦わせようっていうのかい?」
現れたのは、青黒いオオカミのような巨獣、赤茶けた重厚な金属の巨人、そして……白銀の鱗をきらめかせた、ドラゴン。
彼らは影を抜けると、各々咆哮を上げた。
「な、な!?」「ひぃ、出たー!」「やだもうおうちかえる!」「悪いことしてません許してー!」
広場を悲鳴が彩る。ラカルは腰が抜けたのか、しりもちをついた。
(おっと。普段から脅かし過ぎたかね……上級生たちは今度、優しくしてやらないと)
リンディが王子を一睨みすると、その襟首を赤茶の鉄巨人がつまんだ。
「ひ、ひぃー! お助け!?」
間抜けな悲鳴を上げる彼の姿に、凛々しかったその祖父……かつてのパルガス皇子が、重なって見える。
(この子の情けない姿を見ても、弱い者いじめみたいで……スカッとはしないね)
リンディは優しく艶やかに、ほほ笑んだ。
「取って食ゃしないよ。いつもの懲罰コースに放り込んどいとくれ」
命令に首肯した巨人が、王子をつまみ上げたまま歩き出す。
「懲罰……」「あいつ終わったな……」「生きて戻ってこれないんじゃ……」
「ほら散った散った! 見世物は終わりだよ!」
リンディの声を合図に、顔を青くして慄いていた生徒たちが道を開ける。巨人は避ける生徒たちの合間を縫って、ずーんずーんと音をさせながら立ち去った。
(入学し立ての子にはちと罰が重いが。破滅したあたしが建てて、50年守ってきたこの学園を引き合いに出されちゃ……加減はできないんだよねぇ)
「さっすが園長先生! よっ、最強の魔女!」
「学園長で大魔女だ。それで? アプリコット」
輪の端からやってきたブロンドの少女を見て、リンディは苦笑いを浮かべる。
「本当は何に困ってるんだい? 騒ぎの前、何か探してるようだったが……もしかして、あたしがやったリボンを失くしたことかね?」
何気なくかけた声に。
「――――――――ひゅっ」
風を呑むような音が、返った。
「アプリコット?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
リンディの問いかけは、アプリコットに劇的な変化をもたらしていた。ふわふわブロンドの陽気な彼女は、今は真っ青になってがくがくと震え、泣き崩れんばかりである。
(はぁ!? あんな端切れで、何でこの子こんな――――)
「ひ、拾いました! あなたのリボンなら、落ちてたのをわたくし!」
背後からかかった声に、リンディは振り向く。ユーラニアが制服のポケットから、丁寧にたたんであった赤い布を取り出していた。
「リボンッ!!」
そこへ押しのけんばかりの勢いで、アプリコットが迫った。彼女はユーラニアが差しだす布を、唇をわななかせながら見つめている。
「あぁぁぁ……先生にもらったやつだ! 間違いない! ありがとう!」
「きゃっ!? あ、アプリコットさん!?」
アプリコットが、ユーラニアを抱きしめた。
「本当にありがとう! ユーラニア様は私の命の恩人だよー!」
「大げさですってアプリコットさん……」
呆然としていたリンディはハッとし、ため息をついて二人に近づく。
(何がなにやら……あのリボン。確かゲームじゃ、入園の日にアプリコットがユーラニアにぶつかって、失くすやつだ。二人の諍いのきっかけにはなるが、大事なアイテムじゃないはず、なんだけどねぇ)
リンディは、ユーラニアが手にしていたリボンをそっと抜き取る。その赤い布で、素早くアプリコットの後ろ髪をまとめた。
「ぁ」「ふあっ!?」
「じっとおし、アプリコット」
リンディの見る前で、アプリコットの頬が朱に染まっていく。潤んだ瞳は柔らかに細められ、彼女は安心したかのようにほうっと息を吐いた。
「あ……園長先生」
「学園長だ。失くしたら言いな。あんたの綺麗な髪を括るものがないことの方が、問題だよ」
「はい、先生……」
リボンを結び終えたリンディは、ユーラニアの背後に回る。令嬢の青いリボンのゆるみを直し、髪を整えた。
「ぁ……先生」
「ん。使用人もいない寮暮らしだから、慣れないだろうが。あんたもしっかりおし」
一歩下がったリンディは、二人をじっと見つめた。
「すてき――――」「ほんとだよね、私もさ――――」
何やら二人して、気恥ずかしげな様子でささやきあい、ひしと抱き合っている。
その様子を見た、リンディは。
(これだ)
彼女たちの姿に――過去の自分達を、見た。
(なんで気づかなかったんだ。あいつとだって、男なんて取り合ってないで……最初から手を、取り合って、いれば。お互い何もかも失わずに、済んだんだ)
リンディが振り返るのは、60年前の自分たちのこと。悪役令嬢リンディと――ヒロインだった少女の。
(そうだ……あたしは、もう間違えない。アプリコットが攻略対象の誰かとくっつくと……ゲーム通りなら、シリカ王国がここを攻めてくるのは確定だ。ならゲームにゃないが、友情エンド的なものにあたしが導いてやれば……きっと)
リンディは満足げに数度頷き、二人に再び歩み寄る。
「先生のこと、大事なんですね――――」「うん、大事な人。私を救ってくれた――――」
「内緒話かい? 仲がいいね」
「ひゃ!?」「先生ぇ!?」
ユーラニアとアプリコットが慌てて身を離した。リンディはくつくつと笑う。
「邪魔して悪いね…………あんたたちは、このあたしの、希望だ」
「「はい?」」
(そうだ、あたしの手でこの子たちを導こう。いっそくっつけちまえば、いろいろと楽でいい)
リンディは優しく目を細め、二人を眺めた。
「ちょいと二人とも、このあたしを手伝っておくれ。……学園の未来のためにも、ね」
「「――――はい、先生」」
(んん……? やけに素直だねぇ……)
見返す二人の視線の妖しさに、首を傾げながら。
こうして、悪役令嬢は悪役学園長となって、ゲームの運命に立ち向かい始めた。
教え子たちに振り回される日々は。
もう、まもなく。
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御精読、ご感想やご評価、ありがとうございます。
このノリノリなお婆様、せっかくなのでしばし続きを描きたいと考えております。
ゆっくりめではありますが、近々投稿を開始しますので、よろしければご応援くださいませ。
ちゃんと本来の相手にざまぁするところまでは、行きたいところ……。
↓連載始めました。以下にリンクがありますので、よろしければお読みくださいませ。