どんな判断しても必ず後悔はあるわけで。
この村の朝は早い。この村主たる騎士自身が、朝早く村の塀の周りを走りまくっているくらいに。それに釣られて走る子供たちと若い男。
村主が魔鎧を持ち、土木作業や農作業を行う。特に重量物の設置や力仕事、多少の細かな作業もでき、効率が良い。それゆえ、余裕が出来るとあるからこそやれる芸当だ。でなければ朝から村人総出で土木作業三昧になるはず。魔鎧を三騎持っていた先代村主の男爵が、かなり森の木々を切ったり開拓してくれたこともあるのだが。
フォトンは、走っている子供達の後ろについていって笑った。彼はちゃんと覚えている。鍛錬量を二倍にすると言ったことを。もっとも走る分だけなのだが。大人のキッシュとアッサノには更に押し付けているものもあるのだ。
「ほらほら、早く走れ。そんなことでは一流の騎士になれないぞ」
息も絶え絶えの子供達。そのなかで、一人の子供があえぐ。
「ひ、ししよー、あーまーのる、なら、たい、りょく、かんけい、ないん、じや、ない? つかれ、ないん、じやない?」
走りながらもなんとか質問する弟子にフォトンは笑って答える。
「まさか。魔鎧は、ただ動かすならともかく、戦ったり走ったりするなら意外と体力使います。もちろん魔力も。魔鎧乗らずとも鍛えて損はないです」
「でも、まほ、つかう、なら、なんで、まほ、おしえ、て、くれ、ない」
一緒に走っているランドが答える。
「ちゃんと勉強しないとな、教えられないんだよ。せめて読み書きと算数くらいは出来ないとな」
「なんで、」
フォトンは質問している子供の前を後ろ向きに走りながら説明した。
「魔法に限らず、物事には理というものがあります。それを理解しなければ物事はうまくいきません。それを学ぶのに最低限読み書き計算が必要なのです。特に魔法は理が必要な最たるもの。出来うるなら更に知識を増やしなさい。騎士になるためには、魔法の基礎と身体強化、魔鎧行使は最低限必要です。勿論他の魔法を習得できているならそれに越したことはない。あと武術は、騎士として最低限必要な技術です。その基礎となるのが体力。基礎がしっかりしてないと立派な騎士にはなれませんよ」
喘ぎながら走る村人。
「で、でも、俺たちは、平民だぜ。騎士に、なんて」
これはランドが走りながら答える。
「すこしでも鍛えておけば、魔物に襲われても生き延びやすくなるぜ。せめて小型の魔物から生き延びるくらいには鍛えろよ」
フォトンは一言走りながら付け加える。
「それに、成果を上げたり、金稼いだりして魔鎧を手に入れたりしたら騎士に任じられますからね。その時点で貴族です。その時から鍛えても上手く乗れませんからね」
「おれ、も貴族に、なれるの、ですか?」
走る村人の言葉に頷く走るフォトンと走るランド。
「ああ、本来騎士は魔鎧を行使する者だからな。貴族でなくても従騎士とかにもなれる。もっとも魔鎧だけでなく魔物に乗っても騎士にはなれるぞ。まあ、王国では少ないが」
走るランドの言葉に、つい走るフォトンが口を挟む。
「それは、魔物乗る前に捕まえて使役しなきゃですよ。魔鎧のほうが手に入れやすい。だから、空飛ぶ魔物とか以外、普通騎士は魔鎧使いだなんですよ」
ランドは苦笑いする。
「そうだな。でも帝国の飛空騎士団とか、装甲騎士団とかは有名だろ」
村人は疲れた顔で二人を見る。子供達は息も絶え絶えに走っている。ランドはニヤリと笑った。
その表情に、フォトンはまたか、と、つぶやく。
「帝国は、ランドドラゴンやワイバーンを使役する騎士を持つのですよ。特にワイバーンを使役する騎士は帝国に多い。ドラゴン系の魔物は総じて能力が高く、下手な魔鎧よりは強いです」
「ま、フォトンはそういった騎士をドラゴンごと倒したのだがね」
我が事のように自慢するランド。そして少し嫌がる素振りを見せるフォトン。
「ランド、それは言うなよ」
「何言ってる、フォトン。お前がきなきゃ、ドラゴンナイトに勝てなかった。そして王国は戦争に負けてた。お前は英雄だったんだよ。俺の誇りでもある。俺たちの、か」
「でも、おかげであんな奴らと知り合いになっちゃったしな」
苦々しげに吐き捨てるフォトン。ランドは笑う。
「とは言え、あの時は仕方なかったし、連中と関わることになるなんて分からなかったよな。ペルセも同じだが」
しみじみ言うランドに答えるフォトン。
「確かに時を戻しても同じ事をするとは思うけれど、って、あれ、みんなは」
二人は後ろを振り向く。何とかついてきている村人二人と既に座り込んでいる子供たち。
「しまった、無理させすぎた」
そんなフォトンを横目で睨むランド。
「鍛錬量を増やしたのはフォトンだからな。俺しーらね」
「いや、まさかみんなついてくれるとは思ってなかったから、つい」
頭をかくフォトン。
「ま、種まきも終わったし、今のところの重要な仕事は柵作りだから、子供たちは休ませよう」
「彼らは?」
村人二人を見るフォトン。彼らもそうそう余力が残っているわけではない。真面目にランドは彼らを見る。
「従騎士か従士にするつもりだろ。筋は良いからそのまま働かせよう」
そしてニヤリと笑うランド。フォトンは少し呆れて言った。
「酷いな」
「若い頃の苦労は買ってでもしろと言うしな」
二人は子供たちを家まで送る。村人二人にも手伝わせて。キッシュとアッサノはぶつぶつ言っていたが。
その後はフォトンとランドは一旦別れる。そして朝食をたべ、家事と事務仕事を片付ける。そうこうしているとランドとペルセが歩いてきたのを窓から見た。ランドは困った様子で、ペルセをなだめながら来ているみたいだ。彼女の声が響く。
フォトンかわ二人を出迎えると、ペルセは早速彼にに小言を言った。
「フォトンさん、子供たちをあまりいじめないで」
フォトンとランドは縮こまる。
「い、いや、あれは鍛錬ですよ。今日は少し、やりすぎた、と、いうか、なんというか、皆のやる気が多かった、とかで」
二人を、と、いうよりフォトンを睨みつけるペルセ。
「二人とも、昔々から変わってないわね。いい、まあね。キッシュとアッサノはわかるから。引き立てたいから鍛えるというのはってね。でも、子供たちは別よ。あなた達みたいに暇じゃないのよ。家の仕事しなきゃならないし、終わったら遊ばなければならないの。 大人みたいに仕事だけすればいいわけではないわ」
「いや、俺もフォトンも暇ではないのだけれど」
「ランド、今は私が話してるの。悪いけど後にしてくれる?」
「ハイ ワカリマシタ」
なんか少しおかしいと思う二人だが、ペルセの剣幕に大人しくしておいた。それから暫くペルセの講演会は続いた、
長い説教が終わると、ペルセはいつものごとく屋敷の家事をする。フォトンたち二人は納屋へ。グラムの様子を見にいくのだ。
道すがらフォトンはランドにつぶやく。
「しかし、ランド。ペルセ、良くあんなにしゃべくり回せるな。感心するよ。それに厳しいな。怖くないか?」
内心、あんな怖い嫁さんに良く付き合えるよな、と、思うフォトン。
ランドはそんなフォトンに笑顔を向ける。
「まあ、慣れだよ、慣れ」
「そうか?」
「結構きついけどな、言い過ぎたら、ちゃんと謝ってくれる。それがまだ可愛いんだ」
「そうかい!」
惚気はやめろよ、と内心思うフォトン。
二人は納屋に入るとグラムを見た。右手部分には損傷が残っている。数日前にワイバーンを倒したあと、ヒビが入っているのだ。一応の応急処置はして装甲をもとにもどしたのだが、何日か前の作業で再度ヒビが入ったのだ。ワイバーンの時ほどではないが。今日はその補修を行う。フォトンは錬金術用の杖をもち、魔物の素材をグラムの右手に当てる。そして初歩の錬金魔法を使い、傷の上から素材を当て親和させて傷を治す。治癒魔法と同じ様な感じだ。
ある程度修復すると、今度はグラムの中に入り起動。魔力力場を親和させてグラムを動かす。様子を見ながら少しづつ動かす。ある程度動かすと鈍く軋む音が右手から聞こえた。
「変な音がしてるな。おかしなところがあるのか?」
ランドが胸部装甲を開けたままのグラムを見ながらフォトンに聞く。フォトンは真面目な顔で答えた。
「感覚的には問題無いとは思う。動きや魔力力場におかしなところはない。しかし、強度とか動きの差異とかは分からないからな」
フォトンはクラムを動かしながら言う。軋む音が続くが動きに支障はない。
「ま、俺たちじゃ、簡易な診断や修理が関の山だからな。それとも、辺境伯の領都に行って点検してもらうか?」
フォトンはしばらく考えてから首を振った。
「今グラムが無くなると色々支障が出る。動きはするし、今の所はこれでいいさ」
「……やっぱり、俺のグラムが全損しなければ」
ランドのセリフをフォトンは遮る。
「それを言ってもしょうがない。あの時はランドが守ってくれたからみんな生きのびられたんだ。それに、資金繰りは良くは無いけど悪くもない。上手くいけば来年には余裕がてきる。畑の広さも以前よりは広くなったしな」
「しかし、な」
苦い顔をするランドにフォトンは笑った。
「あんまりいじめるのも悪いからな。今度アルムが来るんだ。その時にグラム届けてくれるってさ」
ランドは目を輝かせる。
「ほんとか? あと半年かかるとか言ってなかったか?」
フォトンはランドの食い気味の言葉に少し引く。
「あ、ああ。どうやら中古で売りに出されているやつがあったらしい。確保してくれたってさ。辺境伯の領都を通ってくるから整備もしっかりしてくれそうだ」
「やったな。これで少しは楽になる。腕がなるぜ」
「まあ、でも、あと一月はかかるそうなんだが」
「ああ、でも、仕方ないな」
盛り上がるランド。そこに外からペルセの声がする。
「フォトン! 水汲んで。また少なくなってるわよ! もう、いつも忘れるんだから」
「……済まない。今からやる」
フォトンはグラムの装甲を閉めると裏庭に急いで歩く。なるべく周囲を気をつけて。全力で走れば辺りを破壊してしまうからだ。
あとは一人盛り上がっているランドを残して、フォトンはグラムを駈る。水汲みする為に。
時は変わり午後。
フォトンのグラムは引き続き作業を行う。今日は外部の丸太製の柵を作るもの。
単純に以前切っておいた丸太を穴を掘って地中に埋め込み、上部は鎹を打ち込んで固定する。下の方に魔法回路を仕込み、村から魔力導体を使った縄で魔力を通じさせ魔力力場を発生させる。魔力回路は状態維持の魔法を仕込んであり、柵自体の強度を上げる事ができる。村の周囲は完成しているが、外の柵はまだ六割くらいしか出来ていない。そのため畑仕事には魔鎧をつけるのが必要なのだ。
今日、村人の半分が柵の作成に取られている。残りの半分と子供たちは草むしりなど畑の手入れ。女衆は洗濯や家事などをしている。
「そっちはどうだ」
フォトンはグラムを動かし、丸太を抱えている。魔鎧の頭高の三倍強の長さを持つ丸太。三分の一位は地面に入れ込むため、柵自体は魔鎧の倍の高さとなる。村人の一人が細長い穴を土制御の魔法を長いことかけて掘っていた。
「お願いします、フォトンさん」
「了解」
フォトンはグラムを使って五本の丸太を穴に入れ込み固定。その間に村人達がドレンの指示のもと、土を魔物外殻製のスコップで穴周辺に埋め込む。それが終わったらグラム用の木槌を持って。辺りの地面を叩き固めていく。
その様子をドレンが見続け、ある程度固まったところでフォトンに呼びかけた。
「フォトン様、そろそろよろしいです。あとはコチラでやりますから下がって下さい」
ドレンの指示に、ゆっくりグラムを下がらせるフォトン。そして近くに片膝を立てて座らせると正面装甲を開いて風を入れた。
「ふう、生き返る。今日は結構むすな」
そんなフォトンにタオルを投げるランド。受け取ったフォトンは顔を拭く。
「今日は少し暑いか?」
「そうだね。まあ、雨季はまだ先だからな」
「グラムの調子はどうだ?」
フォトンは、グラムの右手を上げる。いくらか軋む音がした。
「動きや感覚に問題はないんだか、やっぱり軋む音がするんだ。この間のゲイボルグのせいだろな」
少し顔を顰めるランド。
「やっぱり気になるな」
「今度アルムが来たときに見てもらおう。あいつも錬金術を志してたんだからわかるだろう」
フォトンはしかめっ面。
「あいつはいい奴なんだが、がめついからな。金取られるぞ」
ランドはしかめ
まあ、仕方ないか」
そう言ってるうちに、遠くの方で呼子が鳴った。
「魔物か!」
フォトンが言うと、ランドは物見の方を見る。門番が居て、王国風の何枚かの旗を立てる。色と記号、数字を掲げることで情報を送る仕組み。近ければ魔法による通信などができるのだが。
ランドが旗の記号を読む。
「北、魔物だ。中型か? 十以上」
フォトンはグラムの装甲を締める。そして自騎を立ち上がらせた。
「ランド、北の方に先行する。魔槍を持って来てくれ。合流できるならキッシュとアッサノも連れてきてくれ」
「わかった」
フォトンはグラムに、近くに置いていた槍をもたせる。そして、深呼吸してコマンドワードを言い放つ。
「武装化」
グラムの魔力力場が輝きを増し、槍の穂先まで強化される。それから周囲を見渡してから先の道を確認。人がいない事を見て取って、グラムを走らせた。
畑の端まで来るといちど止まる。グラムの制動で道かわ抉れた。構わずフォトンは、遠眼鏡を出して北を見る。蠢く影がいくらか。辺りの木々から比較して、人より少し小さいくらいか。ゆっくりとした動き。
フォトンは、グラムを走らせた。とはいえ。全力ではない。道をえぐらない程度に抑える。
暫く走って魔物達の所につく。そこにいるのはゴブリン。頭に赤い瞳のような魔核をもつ、両手が非常に長く、脚が短い一般的な小型で人型の魔物である。ただし少しちがいがある。一部腐ったり頭や腕が取れているのたわ。いわゆるアンデッド、と、いう魔物になっている。
アンデッドとは、死体にスライムがとりついて、その体を魔力力場で動かされている魔物である。
「そういえば、ワイバーンが出たとき、森が騒いでたよな」
フォトンは納得した。ワイバーンはゴブリンかオークの巣を潰したのだろう。そういえば、オークが来たときに、本来ならゴブリンが来てもおかしくなかったのだ。基本的にオークはゴブリンから進化する。3匹のオークいたら必ずゴブリンの群れがある筈だから。
フォトンは、グラムを走らせる。そして森近くまで来た。少し開けた所で立ち止まり、槍構えを取る。そして叫んだ。
「ちょっと待って。十どころの数じゃない!」
やって来たゴブリンゾンビの胴体中央を槍で抜き刺す。腐った肉や骨ごと核を砕く。
それから槍を薙ぎ払い、ゴブリンゾンビ3匹をまとめて打ち倒す。
それでもゴブリン、いやゴブリンゾンビの群はゆっくり進んでくる。
フォトンは慌てて、少し後退する。それからランドを見て、魔法通信の護符を出し話す。
「ランド、今すぐ外に出てるみんなを内壁まで連れて行ってくれ。あと魔槍を、持つものは物見台、もしくは門に集まっておいてくれと」
ランドはフォトンの様子に厳しい声を出す。
「状況はそんなに悪いのか?」
「ゴブリンゾンビの群れだ。うち漏らしが出るかもしれない」
ランドは声を荒げる。
「くそ、たしかにそうだな。あの時ゴブリンいなかった」
ランドが溢すのを無視してフォトンは命令を下す。
「私がゴブリンゾンビを潰す。皆はそれまで村で待機」
「おい、ひとりでやる気か?」
ランドは怒るがフォトンは笑った。
「ああ、ランドみたいには行かないけど、やってみるさ」
そして、フォトンはゴブリンゾンビの群れに挑みかかっていった。
ランドは暫くフォトンを見たが、踵を返して柵を作っているドレン達のところへ向かう。
村人は内壁に全員入り込んだ。
ランドの指示のもとに言われて、村人は物見台門の近くにいた。大きな門の上の物見台。そこに避難してきたランドにドレン、村人多数がいた。全員魔槍を持ち、臨戦体制だ。
とはいえ、まだ何もできていない。
ランドは苛立つ。この間とは逆の状況だと。
数ヶ月前フォトンは隣の辺境伯に会いに行った。当然グラムを駆って。その間にオークとゴブリンの群れが村を襲ったのだ。
ランドは、自分のグラムを駆り何とか群れを殲滅した。しかしその後別の群れが村を襲う。損傷激しいグラムを使い切り、何とかもう一つの群れを潰すランド。しかし最後に残ったゴブリンに脚を折られ、腕を砕かれた。怒りに我を忘れたランドはグラムを酷使し再起不能にしてしまったのだ。フォトンは笑っていたが、村の資産でもあるグラムを潰してしまったことには違いない。
そう、ランドはいつも彼の脚を引っ張ることしかできない。王宮にいたときもそうだった。フォトンがここに引きこもることになったのも……
「フォトンししょー、大丈夫だよね」
弟子の一人が心配そうに言う。
ランドは頭を撫でて答える。
「安心しろ。フォトンはドラゴンスレイヤーで戦争の英雄だ。あんなやつらに負けはしない」
が、ランドは厳しい表情で遠くのグラムを見ていた。
グラムの動きは素早く、より小さな魔物のゴブリンゾンビを薙ぎ払い倒していく。が、量が多い。おそらく百を超えている。いくら魔鎧と言えども数の暴力には勝てない。
ランドは自分の魔槍を掴む。
「やっぱり心もとない。手伝ってくる」
周りの者は戸惑うが、ドレンは落ち着いた声で怒鳴る。
「慌てないで下さい。フォトン様の従騎士の貴方が。落ち着かなくてどうしますか」
ランドは恥じる。そう、村主のフォトンがいない時はナンバー2にあたるのだ。
「わかった。俺はフォトンを援護してくる。ドレン、後は任せた。皆はフォトンが倒したあとのスライムをつぶしてくれ」
そう言って飛び出そうとするランドを止めるドレン。やれやれ、と、いいたそうな様子。
「キッシュとアッサノを連れて行って下さい。囮くらいにはなります」
ランドは笑った。そして手を降って謝意を表すと、ぶつくさ言っているキッシュとアッサノを門まで連れて行く。
「悪いが、頼む」
ランドはそう言って門を抜ける。慌てて追いかける二人の村人。
「ちぇ、やっぱり動いちまう。あ、ペルセにまた怒られるな」
フォトンは森の中まで入り込んだのを感じた。直ぐにグラムに槍を構えさせてすり足で後退する。
「困った、きりがない」
ゾンビ自体は強くない。中で動かすスライムの能力は高くないからだ。だが、油断はできない。
簡単に魔物は進化していくからだ。
スライムは動きが鈍い。更に腐肉を求めて死体に潜り込む。いずれかのスライムが死体を鎧にしたのがゾンビの始まり。それから腐肉が無くなるとスケルトン。鎧を身につけた死体だと、デュラハンなど。スケルトンの外に分泌物を出し、石や土、金属をとり込んだりして鎧を大型化するのがゴーレム。
より進化していくのだから進化しないうちに殺すのがベストなのだ。
特にゴブリンゾンビは小型の魔物なのでグラムに立ち向かえる訳では無い。
単体では。
「クソ。ペルセを呼んでいたほうがよかったか?」
数が多い。あちらこちらからでてくるため、対応が遅れる。パワーでは遥かにこちらが大きいが、十体以上がまとめてやってくると流石のグラムも持たない。魔力を極端に消費する攻撃魔法、ゲイボルグを使えれば殲滅できる。しかし今の所は無理。森の中に広がっていて分かりにくい。むしろうち漏らす危険がある。
「おおい、フォトン、聞こえるか?」
ここで親友の声が聞こえる。フォトンは振り向いて彼を確認した。
「ランド、何やってる。村にいろと」
「怒るのはあとにしてくれ。村の前の開墾された広場に呼び込むぞ。おまえは後退しろ。そしてゲイボルグの準備を」
「しかしランド、こいつら屑石にしかならない。素材として取れるものもないし」
「あれだけの魔物が押し寄せてくるんだ。ちまちまやっても仕方ないから、一気にやろう!」
親友の激に、フォトンも覚悟を決めた。
「わかった。全力で後退する」
「こちらも援護する」
フォトンはグラムを旋回し全力で走る。それを追うゴブリンゾンビ。更にエッジウルフを食ったのか四足のゾンビがグラムについてくる。その数四匹。
だが、追い縋ってきたウルフゾンビの一匹に炎弾が命中、頭を吹き飛ばす。
遠くで魔槍を膝うちの状態で構えたランドと村人二人。
三人は、グラムを追ってくるウルフゾンビに炎弾を撃つ。何発かは外れるものの、見事な釣瓶打ちにゾンビは全滅する。
彼らの近くまで戻るグラム。出迎えるランド。
「因みに数はどれくらいだと見た」
「三百といったところか。十数体はたおしたが、きりがない」
ランドはにやりと笑うと、フォトンのグラムを見つめた。
「とりあえずゆっくり後退しようある程度集まってからゲイボルグ使ってくれ」
ランドのセリフにフォトンは天を見上げた。
「また出費が嵩むな」
「命あっての物種だろ」
二人は笑う。
「「違いない」」
それからグラムは少しづつ後退し始めた。ランドはキッシュとアッサノに怒鳴る。
「おい、門まで後退。途中で止まって魔槍撃つぞ」
二人は荒い呼吸ながら頷く。
そしてランドを含めた三人は走り、少ししてから振り返って膝うちの体勢。炎弾を撃つ。
キッシュとアッサノの炎弾は狙いかわ甘いのか、色々な所に飛ぶ。それに対してランドの放つ炎弾はゴブリンゾンビの中央を確実に貫く。
「やっぱり、ランドさん凄い。俺たちよりも」
「戦争経験者だからかな。そう年も変わらないのに」
「そろそろ走るぞ。目眩とかないか?」
ランドは打ちながら二人に問いかける。二人も大丈夫と答えた。
「魔力がなくなったら魔法は撃てなくなる。気をつけろよ。じゃ、そろそろ走るぞ」
三人は走る。その後ろをグラムが追う。後ろ向きに歩いて。
走ってきたウルフゾンビの胴体に槍の穂先を突きこむ。身体が裂け、中から液体に包まれた赤い魔核が現れる。
魔核に粘性の高い消化液を纏った魔物。最も簡単な構造を持つ最初の魔物。スライム。これが進化し、色々な魔物になっていくのだ。もともとは森の掃除屋と言える生き物ではあるが。
フォトンは少しづつ後退し、村の前の荒地にゴブリンゾンビ達を誘導した。大量の魔物が集まってるが、速度は比較的に遅い。それでもその数は脅威だ。
「そろそろ良いんじゃないか。フォトン」
通信魔法を使うランド。フォトンはそれに答える。
「わかった、じゃ、今から使う」
フォトンは、グラムの足場を整え、それから槍を構える。
「ふう、 ……薙ぎ払え!」
グラムの槍の魔力力場が輝く。
「ゲイボルグ!」
槍の穂先は十倍程度に伸び、輝きを増す。そしてフォトンはグラムを進ませ、槍でゴブリンゾンビを薙ぎ払った。
輝く魔力力場の奔流に斬られる、と、いうよりは焼き尽くすされるゴブリンゾンビ。縦横無尽に動くグラムはゲイボルグの輝きでゴブリンゾンビを一掃していく。
あらかたいなくなった頃、グラムの持つ槍が輝きを失った。同時に槍の穂先から三分の一が焼失しているのが見えた。
「……ランド、戦える人はやってきて、スライムの掃討に入ってくれと伝えてくれ」
フォトンはランドに指示を出す。その声は少し疲れているようだった。
生き残っていたスライムは少なく、魔核を焼かれて駆除された。
あとの作業は一時放棄して、明日から再開することになった。
そして、フォトン達はグラムを納屋にいれる。それから点検。
「両腕かあ」
グラムの胸甲を上げ、点検をしているフォトン。彼の表情は暗い。
「ま、あれだけの魔物を殲滅したからな」
グラムの点検をしてみると、両腕の装甲が摩耗しており、軋む音が両腕からする。特に以前ゲイボルグを投擲した腕の軋む音は酷い。
「また金がかかる……グラムの修理費、補修資材費、槍の予備……」
「まあ、なんだ、あれだけの魔物を処分できたんだ。他の村なら逃げなきゃいけないところだったんだぞ」
「まぁね。屑石さえも少なかったし。まあ、まだお金にゆとりはあるけどね」
いいながらフォトンはグラムから降りる。そしてのろのらと錬金の杖とグラム用の外殻を取り上げる。
それを見たランドは無言で同じように錬金の杖と外殻を取り上げた。
「ありがと。ランド」
「ああ、じゃ、やるか俺右腕やるからフォトンは左な」
「わかった」
魔力を満たした錬金杖てわグラムの両腕の補修をする二人。その作業は結構遅くまでかかった。
それから母屋に戻る二人。
食堂に入ると三人分の食事が用意されていた。ペルセは二人に言う。
「おかえりなさい、ご飯できてるから食べて」
「ありがとう、ペルセ」
「ありがとな」
「さっさと食べよ、後片付けもするから。あ、フォトン、明日の朝はガレット用意したからそれ食べて」
「ああ、わかった」
フォトンはこたえながら、これで良いのだよな、と微笑んだ。
この物語は、フォトンと言う貧乏貴族が、僻地の領地で苦労を背負い込む物語である。
人はそれをスローライフと呼ぶ。
解説
騎士。
魔鎧を使える者。基本的に貴族とされる。士爵から、一応王族まで。
従騎士
貴族の配下の騎士。貴族が所持する魔鎧を借り受けて使う。この場合、たとえ王族の配下でも貴族とはみなされない。権利、権限は仕える貴族による。
従士
騎士に従う歩兵。随伴歩兵。戦車はと歩兵の関係に近い。
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