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儀式直前に王太子に捨てられたので、隣国の武闘会で世界最強の淑女になってまいります。

作者: 黄鱗きいろ

 伯爵令嬢、ソフィア・アームドレディは困惑していた。

 彼女の手にあるのは、ここ、ブレイブ王国の王太子ゼクス・ブレイブからの手紙。ほんの数刻前にメイドづてに届いたそれには、ゼクス本人の筆跡でこう書かれていた。


『ソフィア、一週間後の妃選定の儀に君は出ないでほしい。詳しいことは直接話すつもりだから――』


 そこまで読んで、ソフィアの目からボロボロと大粒の涙が溢れ出る。

 何しろソフィアは王太子ゼクスの婚約者筆頭候補として生まれ育ち、彼女自身もゼクスのことを心から慕っている。

 それはもうどこからどう見てもベタ惚れで、彼の誕生日に己の拳ひとつで竜を討伐し、生け捕りにしてプレゼントするほどであった。

 よく照れ隠しでソフィアに小突かれて肩を粉砕骨折しても笑顔で許しているゼクスの姿に、周囲はお似合いのカップルだと頷くばかり。


 正式な婚約は妃選定のバトルロワイヤルで決定するのがこの国のしきたりとはいえ、王太子の伴侶がソフィアであるというのは、王侯貴族全員の共通認識だった。


 ああそれなのに、これは一体どういうことか。

 手紙を最後までよく読まないまま、ソフィアは考え込んで一つの結論に至った。


「なるほど、今の私では王妃となるには実力不足ということですね。だとしたら世界最強の淑女になって、ゼクス様を振り向かせるまでです」


 強い決意を抱いたソフィアは、早速手紙をしたためた。

 一通は両親に、もう一通は愛するゼクスに。

 しっかりと封をして二通の手紙を机に置くと、この家の令嬢に先祖代々伝わる戦装束を身につけて、ソフィアは自室の窓を開け放つ。


「ゼクス様、お父様、お母様。ソフィアは誰よりも強くなって必ず戻ってまいります」


 名残惜しさを振り払い、ソフィアは窓の外へと身を躍らせる。ちなみに、彼女の部屋は四階であったが、アームドレディ家の淑女たちにとっては軽い段差も同然である。


 そしてそのまま風のような勢いで庭を駆け抜け、門番の一人にも気付かせずに、ソフィア・アームドレディは夜の闇へと消えていった。



 悲嘆に暮れたソフィアは木々を薙ぎ倒しながら森の中を走っていった。


 その足音は地響きとなって森の獣を怯えさせ、彼女が通った後には文字通り道が出来ていく。

 そのまま競走馬もかくやという勢いで一昼夜休まず走り続けたソフィアは、二日目の夕方に隣国との国境の街にまでたどり着いていた。


 そしてそこで、彼女は一枚の貼り紙を見つけた。


「……ふむ、国を挙げての武闘会ですか。世界中から勇猛な戦士が集まると。これは使えそうですね」


 即断即決が長所であるソフィアは、貼り紙片手に隣国の王都まで駆け足で向かい、武闘会受付に参加を表明した。


「失礼いたします。武闘会の申し込みはこちらでよろしいでしょうか?」


「え? ええ、そうですが……。失礼ですがあなたがご参加を?」


「はい、何か問題でも?」


「問題といいますかそのぉ……これは社交パーティーの舞踏会ではなく、ルール無用かつ命懸けの武闘会ですよ? 優勝者に与えられる褒美のこともありますし、あなたのようなご令嬢が出るような場所では……」


 意味不明な理屈を並べて渋る受付係に、ソフィアは戦装束の袖を捲って二の腕を露出させた。


「むんっ!」


 破裂するような音とともに、ソフィアの上腕二頭筋が神々しく膨れ上がる。その筋肉はあまりにも逞しく、周囲にたむろしていた筋骨隆々な参加者たちはまるで聖蹟を前にした修行者のように、地に伏して彼女を拝み、滂沱の涙を流して咽び泣いた。


「私は、ブレイブ王国の令嬢です」


「失礼いたしました!! 今すぐ手続きをさせていただきます!!」


 かの悪名高き女傑蔓延るブレイブ王国出身者だと知った受付係は、恐怖に震え上がりながら、ソフィアの参加申し込みを受理した。




 三日後、いよいよ武闘会が始まった。


 試合は一対一のトーナメント形式で、相手を戦闘不能にするか、降伏させたら勝ち。武器持ち込み可、相手を殺しても罪に問われることはない。


 そんなルールで集められた武人に品性がないことは当然だ。バトルフィールドに立ったソフィアに対戦相手たちは心無い言葉を投げかけた。


「げっへっへ! 随分かわいいお嬢ちゃんじゃねぇか! 俺が勝ったらお前をゲブゥッ!?」


「ケヒャヒャヒャ! 俺のナイフが血を求めてるんだゴハァッ!?」


「ハァハァ……お嬢さんのような子に踏まれて死にたギュゥッ!?」


 その全てをねじ伏せ、ソフィアは決勝の舞台に立っていた。


 いつも通り、隙のない動きで戦装束を着込み、ソフィアはバトルフィールドへと歩みを進める。

 周囲にはぐるりと囲む形で観客席があり、最上段にはこの国の王家が座っていた。


「さあいよいよ決勝戦! ここで勝った者にはこの国における最上級の栄誉が与えられます! 実況は私、王家の執事であるスチュアートがお送りいたします!」


「解説は第一王女イルザラが務めさせていただきますわ」


「さあ選手紹介といきましょう! 東コーナー、流れ流れてここに来た! 侵略的外来令嬢! お呼びじゃないがとにかく強い! ブレイブ王国のソフィア・アームドレディィィ!」


 名前を呼ばれたソフィアは、まるで庭園を散歩するかのようなお淑やかな足取りでフィールドへと歩み出る。


 観客席からは野次と歓声が波のように投げかけられ、一里先の針が落ちる音すら聞き取れるソフィアは不快そうに顔を顰めた。


「続いて、西コーナー! こちらも他国からの飛び入り参加! 背は低くて顔も可愛い! だけどなめると痛い目に遭うぞ! 小動物系な謎の美青年、ゼェーーーット!」


 スチュアートの掛け声とともに、ソフィアと反対の通路から一人の青年が歩み出てくる。ソフィアは彼の顔を見て目を丸くした。


「まあ、ゼクス殿下。どうしてこちらに?」


「き……君が! 勝手にッ! 武者修行に行っちゃうからだろうがぁーーーッ!」


 子供の癇癪のような声色で叫んだのは、ブレイブ王国王太子ゼクス・ブレイブその人であった。


「あらまあ、ゼクス様はいつも通り可愛らしいですのね。ほら、なでなで、よしよし」


「頭を撫でるなっ! 俺の話を聞け! 君はいつもいつも早合点して暴走して……即断即決は長所だけど致命的な短所でもあるんだからな!」


「あらあら、そんな風に声を荒げてはいけませんよ。ゼクス様の小鳥のような声が枯れてしまいます」


「うぎぃーーーーーー! もういい! 君が話を聞いてくれないなら、ここで君を倒して伝えるだけだ! 覚悟しろ!」


 ゼクスは剣先をソフィアに向けて堂々と宣言した。それを前にしたソフィアは、一瞬でベタ惚れの婚約者の顔から、武人の顔へと表情を変える。


「私に剣を向けるなんて、ゼクス様も強くなられましたのね。昔は向かい合うだけで腰を抜かしていましたのに。……分かりました。その覚悟に、このソフィア・アームドレディ、全力でお応えいたしますわ」


 ソフィアは拳を握って引き、ゼクスを睨みつけたまま身構える。その瞬間、ゼクスの背中にはどっと汗が流れ、あれほど威勢よく宣言したはずの覚悟も音を立てて崩れそうになった。


「っ……! それでも……俺は負けない! 君に振り向いてもらえるまでは!」


「あら、振り向く……? ゼクス様の方から私を捨てたのでは?」


「だーかーら! それは誤解なの! 俺はただ君にバトルロワイヤルに参加してほしくなかっただけで! 捨てたりなんて絶対にしてない! ホントなんだからぁ!」


 一生懸命アピールする小動物のように主張され、ソフィアはいよいよ訳がわからなくなって首を傾げる。


「バトルロワイヤルに参加するなというのは、私が王妃になるには実力不足という意味ではないのですか?」


「違うよ! 俺はただ……野蛮な我が国のしきたりを断ち切りたかっただけなんだ! 決まりなのは分かってたけど、君が儀式で怪我をするかもしれないって思ったら夜も眠れなくて……。俺は君に危険なことをさせたくなかっただけなんだ! だって、君のことを世界で一番愛してるからぁッ!!」


 ゼクスの愛の告白は、闘技場全体に響き渡った。

 あれほど騒がしかった観客たちは静まり返り、この先どうなるのか固唾を飲んで見守っている。


 正面からゼクスの告白を受け止めたソフィアは何度も瞬きをした後、大粒の涙を流し始めた。


「わ、わたくしっ、てっきりゼクス様に嫌われてしまったのかと……! わたくしが弱いばっかりに……! だから世界一強い淑女になろうとして……!」


「そんなことで君を嫌うわけないじゃないか。嫌うなら初対面で君に抱きしめられて全身骨折した時にとっくに嫌ってるよ! 確かに俺たちの国は強い淑女が王家に嫁ぐって決まりはあるけどさ、俺は君が強いから愛してるんじゃないよ。君が君だから愛してるんだ」


「ゼクス様……!」


「あと、君より強い女性なんてこの世にいないよ。そろそろ自覚してほしいな」


 遠い目でそう言うゼクスの体を、ソフィアは力いっぱい抱きしめた。全身から骨が破壊される音が響くが、こんなこともあろうとゼクスは治癒の魔法を己にかけ続けているので死ぬほど痛いだけで死ぬことはない。


「ごめんね、ソフィア。戦わせたくないだなんて勝手なこと言って。武人として許せない言葉だったよね」


「いいえ、ゼクス様の伴侶としての私はとても嬉しく感じていますわ。……もう一度抱きしめても?」


「あはは、手加減してね?」


「もう、ゼクス様ったら!」


 再び響き渡る人体を破壊する音の中、気まずそうな顔で解説のスチュアートがソフィアたちに近づいてきた。


「あのーすみません、この武闘会の目的は、うちの国の第一王女の婿探しなんですが……どうされます? 棄権します?」


 同じく気まずそうな第一王女のほうをチラチラと窺いながら、スチュアートは問いかける。

 ソフィアとゼクスは即答した。


「もちろん棄権で!」


「私には愛する伴侶がおりますので!」

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