病弱な従妹ばかりを優先する婚約者vs圧が強めのおせっかい焼き令嬢
タイトルが全てです。病弱な従妹がほんとに病弱な話。
「ひゅーっいら…いらっしゃ…いらっしゃいま…せ…ぜひゅーっ
本日はっ…どうっぜぇっぜぇっどういった御用…っ」
息も絶え絶えな少女を前に、私は呆然と立ち尽くした。
病弱な従妹を預かっているんだ、困らせないでくれよ。
婚約者が私との約束を破る時、いつもそうやって盾にするのは1年ほど前から預かることになった従妹だ。
なんでも彼女、両親を事故で亡くし年の離れた兄が海外留学から戻るまでの間身の回りの世話をしてやらなければいけないという。
兄の方は大学を退学して戻ってこようとしたが、婚約者の父たちが説得して卒業することになったらしい。
婚約者曰く、従妹は人見知りでおとなしい子。妖精のように愛らしく自分を頼りにしていてべったりなんだとか。それを聞かされて、私はどんな反応をすればよかったのか。
ニヤニヤしながら反応を見ていた婚約者は、多分私が嫉妬するのを見たかったんだろう。腹が立ったので平静を装ったが。
しかし約束を十回もすっぽかされれば、その従妹との不貞を疑っても仕方がないことだと思う。
私はなまじプライドが高く、気も強い。「放っておいて大丈夫って思われたのよ。たまには涙を流して行かないでとすがる方が男心をくすぐるのよ」と友達から助言をもらったが、私が涙を流すときは本気で悔しい時だけだ。
そして彼と従妹の浮気の証拠をつかんで婚約破棄しようと決め、彼の屋敷に乗り込んだ。
アポなしで押し込んだ彼らの家は婚約者も当主も不在。
従妹の部屋に案内して頂戴、と居丈高に命令すると、家令が客室でお待ちくださいと押しとどめようとする。
埒が明かないので「お手洗いに案内してくださる?」とトイレに行くふりをした。
案内の女中にいくらか握らせ、彼の部屋をまず覗く。もしかしたらお楽しみの真っ最中かもしれないと思ったからだ。
しかし留守は本当のことだった。従妹の面倒を見ると言っていたのにいないのはどういうことなのだ。
ふと、長い廊下の端にある扉に目が留まる。これは何の部屋だろうかと、好奇心からそっと扉を開けると。
枕に広がる銀色の髪、気の毒なほど青白い肌、ネグリジェから覗く骨のような腕。
「ど…どなた…?」
この子が件の従妹だと察した。
本当に具合が悪そうである。てっきりこ憎たらしいほどぷりっとした美少女が、彼の胸にしなだれかかっているのを想像していた。
部屋の広さは客室よりもだいぶ狭く、必要最低限のものしか置いていない。これだけ具合が悪そうなのに付き添いのメイドもおらず、ひとりきりで放置されていた。
締め切った窓のせいか、空気もよどんでいる。掃除もそう頻繁にされていないようで目に付く場所以外には埃やら小さな虫が落ちている始末。
私が自己紹介すると、彼女は無理やり身を起こし、挨拶しようとしたが息が苦しそうで背中をさすってやった。
すると彼女、涙をほろりと流し「ありがとうございます」と小さく礼を言う。
にわかに廊下が騒がしくなり、扉がバタンと開いた。どうやら彼らは私を探していたようだ。が、
「ここにおられるのは召使の娘ではなくご令嬢ですわよね。
彼女の部屋をノックもせずに開けるなんてどういう了見ですの?
我が男爵家にもそんな使用人はおりませんわよ」
彼女の肩を抱き寄せ、使用人たちを睨みつける。完全に自分のことは棚に上げたが、それはそれこれはこれと言い張る。
身分以外は物語の悪役令嬢だと言われた私。使用人たちはすくみ上った。
そこにタイミングよく現れたのは婚約者。
女か酒場か。賭場かもしれない、煙草のにおいがまとわりついている。
落ち着いてきた彼女の呼吸がまた乱れる。喘息なのだろう、煙草は毒だ。
「あらお帰りなさい。彼女に見舞いの花の一つも買ってきたのかしら。
この部屋には飾り気がないと思いましたのよ」
しどろもどろに約束していなかったとか急に押し掛けるのは卑怯だなどともごもご言っている彼を、心の底から軽蔑した。
婚約破棄でいい、こんなやつ。しかし縁が切れてしまえばこの子はどうなるのか。
「私、週に一度はこの方のお見舞いに参りますわ。
そうすればマーティン様のお顔も拝見できますものね。
ね、いいでしょう?」
圧をかけつつ嫣然と微笑めば、婚約者はもの言いたげだったが首を縦に振った。
実は私にも年の離れた弟がいる。まだ六歳の弟も喘息であり、気温の変化や季節の変わり目で発作を起こし苦しそうにしていた。我が家は成金と揶揄されているが、子供のために金を惜しまなかった。弟は十分に看護され、田舎の空気のいい場所ですくすくと育っている。
「洗面器にお湯を張って持ってきなさい。あと清潔なシーツを。
湯気を吸うことによって気道を広げて呼吸を楽にするの」
「毎日空気を入れ替えなさい。埃が落ちているなんて職務怠慢でなくて?
ねぇ、嫁ぎ先のメイドが掃除もろくにできないなんて嫌だわ。この方たちをクビにしてくださいな」
「今日は暖かいわ。外に出て散歩しましょう。
疲れたら休めばいいから、無理はしないで頂戴ね」
3日とおかずに彼女のもとに通いつめ、彼女の待遇改善に努めた。
環境を良くして体力をつけるよう、食事にも口を出せば使用人たちは反抗的であったが未来の女主人だと権力を振りかざした。彼女が無事兄と暮らせるようになるまではその体裁で行くつもりだった。
冷遇されている現状がおかしいということを本人が理解するように説得し、兄宛てに手紙を書かせた。この屋敷の使用人に頼めば握りつぶされるだろう。
代わりに私が手紙を出した。
するとすぐに私宛に彼から手紙が届いた。彼女の状況に驚いたこと、叔父たちが何不自由なく健やかに暮らしていると伝えるのを信じてしまって後悔していること。信用のおける古くからの使用人に連絡を取れば、本来彼が受け継ぐはずだった伯爵の地位を名乗り叔父たちがかなり資産を使い込んでいること。それをすでに中央に知らせ、弁償を求めるつもりでいること。
数回のやり取りでトントン拍子に話が進み、二月経った頃には婚約者たちは屋敷を追い出された。その時になって我が家に泣きついてきたが、彼の素行の悪さはすでに父にも報告済み。伊達に貴族相手に金貸しをしていない。同業者に根回しして、誰も彼らに金を貸さないようにしていた。
父は婚約解消を盾に嫁入りする家だからと援助した金の返済は求めないと条件を付けた。
使い込みに援助資金の返済まで加わればもう死ぬしかないほどに追いつめられていた彼らは、しぶしぶ従った。
彼女の身柄は我が男爵家で預かっている。田舎から出てきた弟が、お姫様がうちに来た!と彼女にべったりになった。お姉さまは? ずっとお姉さまお姉さまって慕ってくれていたのに、美少女の威力の前には姉の威厳は形無しだった。
そうしてやっと、彼女の兄が迎えに来たのだ。
スタンリー・ローレン次期伯爵。我が国の王族にも覚えめでたい秀才と知ったのはだいぶ後からで、はかなげな美貌は兄妹そっくりである。
「遅くなってすまなかった、ソフィー」
銀髪のすらりとした青年が彼女を抱きしめる姿は、一枚の絵画のようだった。
我が家のメイドたちまでもらい泣きをしている。
私は泣かない。泣くもんか。つんとする鼻をすすっていたら、彼女が「あの人がビビアン様よ。私を助けてくれたの」と青年の腕を引っ張って私の前まで連れてきた。
「ありがとう、アイヴィー男爵令嬢。
しかし私のせいで婚約者を失ってしまい、すまないことをした…」
胸に手を当て、申し訳なさそうな表情の彼に私はいつもの調子を取り戻す。
「平気ですわ!
あの男、近々こちらから婚約破棄してやろうと思っていましたもの!!
浮気、金の無心は当たり前、爵位を盾にこちらを下に見ていましたが本来継ぐのはあなただったんじゃありませんか。詐欺ですわよ!
なので気にしないで下さいませ」
高笑いをかまそうとしたら、彼は目元をほころばせるものだからタイミングを失った。
ソフィーが彼を肘でつつく。
「お兄様、お願いよ。勇気を出して」
ぼそぼそとせっつく声を不思議に思えば、彼は私の前に膝をついた。
「ビビアン・アイヴィー嬢。
婚約解消したばかり、しかもその原因を作った男だが…できたら考えてくれないだろうか。
私との婚約を」
まともに美形の尊顔を食らい、ひゅうっと息をのんでしまった。
こんなの、私の役回りじゃないわ。
顔をそらして、会ったばかりなのに軽薄ですわ…ともごもご呟けば、彼は私の手を握り、
「そうだね、手紙のやり取りと、妹からの話でしか君を知らない。
これから君を知っていきたいし、君にも私を知ってもらいたい。
三人で、散歩をすることからでいいんだ。だめかな…」
美少女の妹そっくりの、庇護欲をそそる表情でそんなことを言われてしまえば、私は。
「私、ビビアン様をお姉さまって呼びたい。
私の家族になって」
ダメ押しのソフィーの上目遣い。
その日の顛末をわが家の使用人は語り草にした。
傲岸不遜がドレスを纏ったうちのお嬢様が陥落した日だ、と。
覚えておきなさいよ、と地団太を踏めば「その癖は5歳から変わりませんねぇ」と笑われた。
筆者が喘息もちなので生まれた話です。前回と違い圧が強い主人公。正しいことのためなら自分が悪役になるのもいとわないタイプ。
婚約者は従妹がまだ子供なのと本当に病弱なので手を出してませんが、親の方は偶然亡くなってくれた兄夫婦のおかげで転がり込んできた役得を手放したくないので、いずれ甥っ子を始末して保険として姪っ子と結婚させればいい(今の婚約者は金を出させるだけ出させたい)という感じでした。
もし主人公がいなかったら不幸な人間が増えていたという話。
母ライオンタイプの主人公とユニコーンみたいな美しい兄妹が主人公の愛情でものすごく自信つけて、逆に男爵家出身とか顔が悪役って笑われると手に負えないくらい攻撃始めるなかよぴ一家になる。多分。