秘密告白
新学期が始まったと思ったら、もう三学期の終業式が迫ってきた。私の寿命は残り6ヶ月だ。
3年生はもう卒業式を終えて、学校は2年生と1年生しかいないからいつもよりも静かで少し寂しい。
全日授業は今日で最後だ。
昼休みにレオと山崎と一緒に屋上でお弁当を食べて、5限目が始まるまでゆっくりしていようかと思っていると、レオが用事があると屋上から居なくなった。
すると、あっ、と山崎が声を零した。
どうしたのかと訊くと、屋上のフェンスに結んでいたミサンガが切れたと言った。
「願い、叶うのかもね」
「じゃあ、レオ様と友達になりたい」
「なれば?」
「お前は貴族社会を知らないからそう簡単に言えるんだ」
山崎に怒られた。
まあ、別に珍しくともなんともないんだけど。
だけど、今回は怒ってはいるけど、そこに切ない感情も合わさっている。
山崎も悩みがあるんだ。なんて我ながら失礼なことを考えつつ屋上を出て教室に戻った。
放課後、昇降口まで行って忘れ物をしていたことに気付いてレオと山崎と一緒に教室に戻った。
教室の鍵は閉まっているから職員室に鍵を取りに行ってから教室に行った。
教室に入って忘れ物を探していると、レオが私の前に来た。
「千星様、本当に篠原さんたちに伝えなくてもいいんですか?」
「うん」
「黒川の余命、あと半年もないんだ。篠原にくらい伝えないと後悔するぞ」
山崎がそう言った瞬間、教室のドアがバンッと音を立てて開いた。
璃子と恭がズンズンと教室に入ってきて、私の目の前に立った。
璃子は乾いた笑みを浮かべて私の手を握った。
「千星、今の話、嘘だよね?」
「………璃子」
なんで、いるの?と訊くよりも先に璃子が私に被せるようにあはは、と笑った。
「あ、演技の練習?3人とも上手いなぁ。なんか劇でもするの?」
「………」
今ならまだ、誤魔化せるかもしれない。
けど、もう半年後には璃子に会えないんだ。
言おうか言わないか考えていると、璃子が目に涙を浮かべて無理に口角を上げていた。
「ねえ、なんか言ってよ。マジのやつみたいじゃん」
焦った様子の璃子を抱きしめた。
「ごめん、璃子」
そう言うのが精一杯だった。
璃子は私を抱きしめながら嘘だ、と呟いた。
「………元気じゃん、千星。入院とかもしてないし、毎日学校来てるし、体育とか普通にできてるし」
「うん。元気だよ。元気なんだ」
「じゃあ、余命半年は嘘?」
少し希望を持った声で訊かれても、気の利いた嘘をつけなかった。
「それは、本当、なんだ」
「意味分かんない。千星の言ってること矛盾してる!」
もう、離してしまおう。
そう思ってレオに目配せをすると頷いて私の鞄を持ち上げた。
「篠原さん、場所を変えましょう」
「………」
「璃子、俺も戸惑ってるけど、岩崎の言う通り、場所変えようぜ。ここで話していい内容じゃない気がする」
ずっと黙って見ていた恭が璃子に声をかけると、璃子はゆっくり私から離れて鞄を拾い上げた。
私の家で話すことになって、家まで終始無言で帰った。
レオが紅茶を準備してくれて、話を始めようとしていると、リビングのドアが開いた。
驚くことに、お父さんが家に帰ってきた。
「千星、友達を呼んでいたのか」
「うん。あのさ、お父さんにも話さないといけないことがあるの」
「今か?」
「うん。今」
「分かった」
リビングのダイニングテーブルは円形で椅子が4つしかないから、私とお父さんと璃子と恭が座った。
私以外がレオと山崎の方を見て席を譲ろうとしたけど、2人とも断って私の両隣に立った。
深呼吸をして璃子と恭とお父さんの顔を見た。
「今から言うことは嘘じゃない。けど、別に信じなくていいよ。私、来年の誕生日に死ぬみたい」
「誕生日に死ぬ?誰かに殺害予告でもされているのか?」
「それなら防げるかもしれないけど、絶対に死ぬんだって」
「みたい、とか だって、とかなんでそんなに他人行儀なの?」
「全部訊いた話だし、実感湧かないから」
璃子の質問にすぐに答えると、恭が被せて質問してきた。
「信じてもいい人なのか?」
「信じていいとかじゃなくて、信じちゃったんだよ」
「誰だよ」
「レオ」
そう言うと3人ともレオの方を見た。
すると、レオと山崎は顔を見合わせて頷いてレオは銀髪に碧眼、山崎は赤髪にオレンジの瞳の姿に戻った。
それを間近で見ていた3人ともあんぐりと口を大きく開けてレオとロッソ(山崎)を見ていた。
「これが、レオを信じた理由」
「………マジックか?」
「魔術です」
お父さんは目の前で起こったことが現実だと受け入れられないらしく、その場で固まった。
璃子と恭は2人とも何かを話そうとしてはやめてを繰り返していた。
3人とも、私に比べると反応は全然マシだ。
私なんて驚きすぎて気絶したし。
「改めまして、レオと申します。私はこの世界の者ではございません。いわゆる異世界と呼ばれているところから来ました」
「な、なんのために?」
璃子がまだ信じられないという顔でレオの方を見た。
「千星様の魂を守り私の国に運ぶためです」
「なに、それ」
「この世界に魔力というものはないですよね?ですが、千星様には宿っているのです。私達も最近分かったことなのですが、千星様には私の国で生きていた令嬢の魂が入っているようです。そして、今、自我を持って活動しているのもその令嬢の魂だと思われます」
「どういうこと?二重人格ってこと?」
「いえ、恐らく黒川千星という人格が芽生える前に、令嬢の魂が入ってしまい黒川千星の人格は存在していないと思われます」
この話を聞いたとき、何を言っているのかさっぱり分からなかった。
何回も何回も説明してもらって、ようやく理解できたことは、体は黒川千星だけど魂や意志はエリサだということ。
だから、記憶喪失ではあるものの、完全に記憶を失っているわけではなく、ピアノのように曲や楽譜の読み方や音階を聞き分けることや指の運び方が教えられずとも分かっていたらしい。
他にも、いくつか試してみて覚えていたのは挨拶の仕方やカトラリーの使い方など、恐らくエリサが幼い頃から叩き込まれたであろうことを覚えていた。
そして1番は、エリサが持っていたらしい力が私にあるということが分かった。
そのことを一通り話すと、キャパオーバーのようでお父さんも璃子も恭もため息をついたり天井を見上げたりレオを睨んだりと様々な反応を示している。
「仮に、黒川がその令嬢の魂?が入ってたとして、なんで誕生日に死ぬんだよ。岩崎がその、自分の国に連れて行くからか?」
「それは違います。生まれたときから定められているのです。千星様の寿命がぴったり18歳なのです」
「………レオくんが転校してきたときにはもう千星はそれを知ってたの?」
「ううん。私の誕生日の次の日にレオから訊いた」
そう言うと璃子はふふっと笑ってずっと俯いていた顔を上げた。
笑っている筈の璃子は何故か目に涙を溜めていた。
その顔を見るのが辛くて視線を逸らした。
けど、璃子ははぁ〜、とため息を吐いた。
「千星、私のこと信用してないよね」
「そんなこと、」
「じゃあ、なんで言ってくれないの?言ったら信じないと思ったんでしょ?」
「それは、」
言葉に詰まって璃子の顔を見ると今にも涙がこぼれ落ちそうになっていた。
「千星の言葉は、信じるよ。………信じたくないけど」
「ごめん」
「なんで千星が謝るの!」
「あ、はい」
璃子に泣きながら怒られてしまい、驚いて敬語で答えてしまった。
璃子はしばらく泣き止まなくて、どうしたらいいか分からなくて慌ててハンカチを渡した。
それから7時を周って璃子と恭は帰ることになった。
2人とも、まだ詳しくは分からないみたいだけど、とりあえず私の余命が半年であることは分かったみたいで璃子は泊まる!と言い張っていたけどお父さんに話すことがあるから今日は帰ってもらった。
リビングに戻って1番大きな秘密をお父さんに話すことにした。
「お父さん、話さないといけないことがあるんだけど」
「まだあるのか?」
「うん。本当はもっと早く言わないといけないことだったと思うんだけど」
「なんだ?」
お父さんから視線を逸らした。
「………レオとロッソ、ここに一緒に住んでるの」
「………どうして?」
「いや、初めはレオが家事とかしてくれるって言ってたから一緒に住んでたら楽かなって。ロッソは後から来たんだけど守り役してくれるからって。あと、ちょっとした反抗?」
「そうか」
お父さんははぁ、と息を吐いてレオとロッソの方を向いた。
そして、2人を睨みつけるようにして椅子から立ち上がった。
「お前たち、千星に手を出したりはしていないよな?」
「安心してください。千星様は護衛対象なので」
「俺も黒川は護衛対象だから何もしていない」
「そうか。なら、良いんだが。千星、これからは俺もここに住む」
「え!」
「当たり前だろ。もう、半年しか生きれないんだろ。最期まで一緒にいる。それと、男2人と一つ屋根の下で暮らしてるなんて知って放っておけないだろ」
お父さんはその日のうちにホテルをチェックアウトして荷物を持ってきて会社に部署の移動も頼んだらしい。
ちょうど移動の時期だから4月からは日本国内での仕事ばかりの部署に移動することになったそうだ。
やっぱり前も思ってたけど、お父さんは親バカだ。
約1週間後、春休みに入って璃子と恭が遊びに来てくれた。
しかも、3日間のお泊りだ。
2人にはロッソとレオと一緒に暮らしていることはもう伝えているから驚かれはしないけど、いつも一緒にいる理由が分かったと納得していた。
「千景さんもせっかくなので千星と写真撮ったらどうですか?」
「俺は、あまり写真を撮らないから」
「お父さん、せっかくだし撮ろうよ」
「そうだな。レオ、頼む」
「お任せください」
お父さん、なんだかんだレオとロッソのこと気に入ってるんだよね。
一緒にワインを飲んでは2人が来てからの私の様子をいつも訊いているらしい。
らしいと言うのは、私はなんだかこそばゆくて、いつもその話が始まるとすぐに部屋に籠もるからレオとロッソから訊いた話だけど。
お父さんとツーショットを撮って、璃子と恭の受験勉強に付き合った。
この3人の中では恭が1番賢いけど、英語は私の方が少し得意だ。
レオとロッソは意外にも勉強が苦手らしい。
というか、計算の仕方や文字や言い回し、それと、英語は全くもって知らなかったらしいから平均かそれより少し上くらいが限界みたい。
「千星、ここ教えて」
「いいよ」
夕方くらいまで勉強して、璃子はぐっと伸びをして私の方に体重をかけた。
そろそろお風呂に入ろうかと思っていると、レオがリビングのドアを開けた。
「千星様、お風呂の準備が整いました」
「ありがとう。璃子、一緒に入ろう」
「うん!」
璃子と一緒に脱衣所に行ってお風呂に入った。
服を脱いでバスルームに入ると、璃子は目を輝かせてバスルームを見回していた。
「すご!シャワー2つある!」
「ああ、片方が壊れても使えるようにって作ってあるらしい」
「へ〜。てか、湯船広っ!」
「2人で入れるでしょ?」
「うん」
髪と体と顔を洗って湯船に浸かった。
璃子は極楽〜と言って天井を見あげていた。
そして、私の顔を見てニマ〜ッと笑った。
「私さ、千星以外の友達とは表面上って感じで従兄弟以外とお泊まり会したことないんだよね。だからね、今めちゃくちゃ楽しい」
「私も!お泊まり会初めてだけどめちゃくちゃ楽しい」
「髪乾かしたら、お揃いの髪型しよ」
「うん」
お風呂からあがって、髪を乾かしてスキンケアをしてから璃子とお揃いで緩い三つ編みをした。
リビングに行って恭とロッソとバトンタッチをして私と璃子はレオの料理の手伝いをさせてもらった。
多分、レオ1人でする方が効率的で速いけど、暇だしサラダの盛り付けとか簡単なことを手伝った。
璃子にハムで作るバラの作り方を教えてもらいながらおしゃれなサラダを完成させた。
「お父さん、写真撮って」
「ああ」
サラダボウルを持って璃子と並んでお父さんにスマホを渡して写真を撮ってもらった。
今日だけで何枚写真を撮っただろうか。
写真フォルダはもうたくさんだ。
恭とロッソがお風呂から上がってきて、夜ご飯を食べた。
メニューはサラダとナンとカレーで、デザートは璃子と恭が買ってきてくれた期間限定のさくらのレアチーズケーキ。
あっという間に食べ終えて、片付けてからまた少し勉強をして璃子は私の部屋にやって来た。
友達を部屋にいれるのは初めてだから、なんだか少し照れる。
「部屋も広いね。おしゃれだし。ベッド天蓋付きなんだ!可愛い!」
「ありがとう」
「てか、部屋にグランドピアノなんてあるとかすご。習ってたの?」
「ううん。なんか弾けて。前世の記憶が残ってるらしい」
「そうなんだ。前世の記憶ってどれくらいあるの?」
「う〜ん。夢を見て、少しずつ思い出してる感じだからまだあんまりないかな」
「そっか」
璃子は窓から外を眺めた。
隣に行って窓を開けると、少し涼しい春風が吹き込んできた。
それと一緒に1枚、桜の花びらが部屋に入ってきた。
家のすぐ近くの公園にある桜がもう咲いていて部屋からも見える。
儚く散る桜みたいに、私の命もあと半年で散ってしまう。
それが切なくて、ふぅ、と息を吐いて空を見上げた。
今日は満月だ。
お花見もお月見も同時にできるなんてすごく贅沢だなぁ。
「ねえ、千星」
「ん?」
「忘れないでね」
「………うん。忘れないよ」
そのままベッドに横になって気がついたら眠ってしまっていた。
翌朝、起きると璃子はまだ眠っていた。
先に着替えてリビングに行くとレオが朝食の準備をしていて、私に気付くと微笑んだ。
「おはようございます、千星様」
「おはよう、レオ」
「すみません。朝食はまだ準備できていません」
「あ、じゃあ、おにぎりプレート作ろう。私も手伝う。けど、まだ時間あるからお散歩行かない?」
「お散歩、ですか?」
「桜が満開だし、」
「私でよければ」
まだ5時半を過ぎたところだから、多分みんなが起きてくるまでしばらく時間がある。
レオも着替えて一緒に河川敷に向かった。
日がだんだんと昇ってきて今は綺麗な朝焼けが街に照らしている。
桜が満開だけど、この時間だから人は全然いない。
自動販売機で温かいお茶を買ってベンチに座った。
涼しい風が吹いて桜がはらはらと宙を舞った。
「綺麗ですね」
「そうだね。そっちの世界にもあるの?」
「似た花はあります。桜に負けず劣らず綺麗ですよ」
「へ〜、楽しみかも」
私は笑ってベンチを立つとスカートがふんわりと揺れた。
本当に綺麗。
舞い散る桜の花びらを見上げていると、手のひらに花びらが落ちてきた。
レオに自慢しようと振り返ると、レオの髪にも桜の花びらが落ちてきた。
その花びらを取ってレオに見せると、ぼーっと私の顔を見上げた。
「レオ?どうしたの?」
「………あ、すみません。少し考え事をしていて」
レオは慌てて立ち上がって、いつものように微笑んだ。
「帰りましょうか」
「そうだね」
家に帰って、おにぎりプレートを作ってみんなが起きてきて朝食を採った。
お泊まり会とは言っても璃子と恭は受験生のため、受験勉強をずっとしてあっという間に3日は過ぎていった。
璃子と恭が帰る日、璃子は少し拗ねたような顔で帰りたくないと言っていた。
「来週末、遊びに行くじゃん」
「そうだけどさ」
「受験勉強頑張ってね」
「うん。じゃあ、バイバイ」
璃子は手を振って恭と一緒に帰って行った。
あと6ヶ月、璃子と恭とお父さんと後悔のないようにたくさん思い出作ろう。