後悔しないように
年が明けて、今日はレオと山崎と一緒に近くの神社に初詣に来た。
2人とも神社の作法を知るわけもなく、家で説明したけど不安なので私の真似をしてもらう。
私も初詣に来るのは2年ぶりだけど。
「こっちでも新年は賑わうんだな」
「イベント好きな人が多いからね」
「私たちの国も催事が好きな人は多いですよ」
「どこの国もそれは一緒なのかな」
たとえ、異世界であっても。
参拝を済ませて、屋台でお昼ごはんを食べようと屋台を見て回っていると山崎が立ち止まった。
何か食べたいものでもあったのかと思ってる視線を辿ると肉巻きおにぎりの屋台を見ていた。
「なんだ?あれ」
「肉巻きおにぎり。おにぎりにお肉を巻いて焼いたやつ」
「美味そう。買ってくる」
「行ってらっしゃい」
山崎は目をキラキラさせながら屋台に並んだ。
あれで私より年上とか、信じられない。
私も何か食べようとすぐそこの屋台でたこ焼きを買った。
フーと息をかけて冷まして、口に入れた。
「レオも何か食べたら?」
「何かオススメはありますか?」
「ん〜、お雑煮とか?」
「確か、米を潰した餅というものを出汁のスープで煮たものですよね?」
「まあ、そんな感じ」
レオが買いに行って戻って来るのと同時くらいに山崎が戻って来た。
結構並んでいたからか、戻ってきてすぐに肉巻きおにぎりにかぶりついていた。
レオもお雑煮を美味しそうに食べていた。
全員食べ終わって、おみくじを引いて家に帰った。
1月3日。学校はないのに制服を来てマフラーを巻いてコートを羽織った。
「ロッソ様、お留守番よろしくお願いします」
「はい」
レオと一緒に家を出て駅に向かった。
料亭まで送ってくれるらしい。
そこまでしなくても、大丈夫とは言ったけど聞いてくれるはずもなく今日が来てしまった。
電車に乗って、約30分の駅で降りる。
そこからタクシーで約15分の場所に料亭がある。
「では、私は3時間後に迎えに参ります」
「ありがとう」
お店に入ると、着物を着た女中さんがスタスタと歩いてきた。
黒川ですと名前を言うと、個室に案内された。
既に半分くらいは来ていてその中にお父さんもいた。
お父さんの隣が空いていたから自然とそこに座ると、周りからすごく見られた。
こうして親戚の集まりに参加するのは小学1年生以来だ。
「遅かったかな」
「いや、問題ない」
全員が揃ってお父さんの従兄弟とそのお嫁さんが挨拶をした。
今日来ているのは黒川家の親族だけで、お嫁さんの親族には式で既に挨拶を済ませていたらしい。
私の祖父母と祖父の弟夫婦(つまりお父さんの叔父叔母)、お父さんの兄夫婦、姉夫婦、その子どもたち(私の従兄弟)、お父さんの従兄弟の妹が来ている。
私達も含め、今日集まっている親族は17人だ。
今日も隅で座っているのだと思っていたけど従兄弟叔父とお嫁さんがこっちにやって来た。
「初めまして。賢吾の従兄弟の黒川千景と申します。結婚式に参加できずすみません。お会いできて光栄です」
「千景兄さんには俺より一回り離れてるけど、従兄弟の中で1番良くしてくれたんだよ」
お父さんが42歳だから一回りってことは賢吾さんは30歳か。
最初見たときは大学生くらいに見えたから結婚早いなって思ってたけど、若見えしてただけだったようだ。
「こっちは娘の千星です」
「初めまして。黒川千星です」
「高校生?」
「はい。高校2年です」
「千星ちゃん、俺のこと覚えてる?って、最後に会ったの10年前だし覚えてないか」
「すみません」
賢吾さんは、仕方ないよ、と少し寂しそうに笑った。
「そういえば千景兄さん、星来さんは来てないのか?」
「賢吾に言ってなかったか?9月に別れたんだ。だから結婚式に行かなかったんだ」
「悪い、そうだったのか。」
「気にするな」
お父さんは笑って賢吾さんの背中を軽く叩いた。
お父さんって、笑うんだな。
もっと感情のないロボットみたいな人だと思ってた。
食事を終えて私以外はみんな成人だから、お酒を飲める。
暇だなと思って個室を出て廊下から綺麗に整備された庭園を眺めていると、眼鏡をかけた優しげな男性やって来た。
お父さんの姉夫婦の長男の綾斗さんだ。
「綾斗さんは、飲まないんですか?」
「まだ20歳になったばかりだし、あまり飲まないようにしているんだ」
「そうですか」
「うん。それにしても、会えて嬉しいよ。君が親戚の集まりに来てくれることはもうないと思ってたから。賢吾さんに感謝しないとな」
どうやら、賢吾さんが私に会わせてほしいとお父さんに頼んだらしい。
まあ、普通頼まれでもしないと、お父さんが私を親戚の集まりに参加させるわけないし。
昔は、賢吾さんにすごく懐いていたみたいだけど思い出せないから私からしたらお父さんの親戚くらいにしか思っていない。
「私と話していたら祖父母に怒られますよ。もしかしたら伯母さんにも怒られるかもしれませんよ」
「大丈夫だよ。みんなお酒に夢中だから」
綾斗さんは微笑んで私の顔を見下ろした。
3つしか変わらない綾斗さんは、昔、一緒に遊んだという話を楽しそうにしてくれた。
だけど、思い出せない。
けれど、悪い人じゃないのだろうということは分かる。
「何話してんの?」
声のした方を振り向くと綾斗さんの姉の日向さんが立っていた。
「誰の子かも分からないくせに綾斗に近付かないでくれない?」
そう言うと、私の方に歩いてきて尖った爪を頬に当ててそのまま引っかいた。
ジンジンするし、少し熱い。
どうやら血が出ているようで、綾斗さんは真っ青になって私の頬にハンカチを当てた。
だけど、日向さんの後ろからお父さんの兄夫婦の娘と息子もやって来て綾斗さんの腕と口を押さえた。
「父親も分からないやつと親族なんて思われたくな〜い」
「てか、他人だし」
「こんないい店にこんな奴呼ぶとか賢吾さんもちょっとヤバいよね」
こういうときは反抗しないことが賢明な判断だ。
私は黙って日向さんたちの顔を見た。
「あんたなんか、生まれて来なければ良かったのに」
「存在自体が迷惑なんだよ」
「あんたもあんたの母親も黒川家には似合わない」
何も言い返さないのが逆にムカついたのか拳を私に向けて勢いをつけて振りかざした瞬間、パンッと音が響いた。
目の前にはどこから来たのか、レオが目の前に立っていた。
日向さんの拳はレオの胸に当たっていたようで、私には当たらなかった。
「誰?あんた、」
日向さんの言葉を無視してレオは振り返って私の頬を指でなぞった。
その瞬間、頭に映像が流れてきた。
〜~~~~
いつも夢で見るレオよりも幼い姿のレオが、私の頬を指でなぞっていた。
『ごめん』
『どうしてレオが謝るの?』
『令嬢たちに嫌がらせ受けてたの気付けなくて、助けるの遅くなったから』
レオはそう言うと目を伏せた。
〜~~~~
ズキッと頭に痛みが響いた。
レオの顔を見上げると私よりも痛そうな顔をしていた。
「遅くなってしまいすみません」
「………」
さっきのレオと同じようなことを言うから少し驚いて固まった。
だけど、なんだか可笑しくてつい笑ってしまった。
レオはなんで笑ったか分からないようで心配そうな顔で見下ろしていた。
すると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「そんなところで何をしているんだ?」
お父さんが来たようだ。
何この最悪な状況。
背を向けたままでいると、そのまま話し掛けられた。
「千星、後ろの男は?」
「初めまして。千星さんのクラスメートの岩崎レオと申します。今日は親戚にここに連れてきてもらって、少し庭園を見ようと思って来てみたら千星さんが怪我をしていたようだったので」
「怪我?」
お父さんが首を傾げると綾斗さんが頭を下げた。
「千景叔父さん、すみません。姉さんたちが、」
「千星ちゃんと喋ってて爪が当たってしまったんです。ごめんね、千星ちゃん」
綾斗さんが状況を説明しようとすると、日向さんが言葉を重ねた。
お父さんは日向さんを無視して私の顔を覗き込んだ。
「千星、血が出ている」
「………分かってるけど」
「痛くないのか?」
「痛くないよ」
「そうか。とりあえず、今日はもう帰れ」
「………うん」
心配の言葉はかけてくれないのがお父さんだ。
痛くないのか訊いたのも、単純に気になっただけだろうし。
早足で個室にカバンとコートとマフラーを取りに行ってお店を出た。
レオは先にお店を出ていて、こっちにやって来ると私の頬に当たりそうになっていた髪を耳にかけた。
「まだ痛みますか?」
「ちょっとだけ」
「失礼します」
レオは私の頬の傷に手を重ねて数秒後、手を離した。
痛みは引いていて、触ると傷も無くなっていた。
「あ、ありがとう」
「守れなかったのでお礼を言われることではないです」
「日向さんから庇ってくれたでしょ。って、レオは大丈夫!?殴られてたけど」
「平気です」
レオは微笑んで私の頭に手を乗せた。
なんだか少しくすぐったい気持ちになりながらもレオの手を払うことなく顔を見上げた。
なんでだろう。すごく懐かしく感じる。
家に帰ってすぐにお風呂に入った。
髪を乾かして、自室のベッドに横になって漫画を読むことにした。
少しすると、レオがホットココアをいれて持ってきてくれた。
「ありがとう、レオ」
「はい」
「ロッソは?」
「冬休みの課題をされています」
「まだ終わってないの?」
「そのようです」
まあ、ロッソが計画的に宿題をするタイプには見えないけど。
ベッドから起き上がってココアを飲んだ。
今日のことをレオと話していると、非通知の番号から電話が掛かってきた。
レオの方を見ると出てくださいと言わんばかりの顔をしていたから、恐る恐る電話に出た。
「もしもし」
『あなたね、千景くんに何を言ったの!』
声の主が分からずにいると、自ら教えてくれた。
『慎太郎の妻の春実よ』
「はい」
『あんたのせいで、うちの娘と息子が千景くんに怒られて会社にまで告げ口されたのよ!嘘ばっか言ったんでしょ?』
「………はい?何を言っているんですか?」
『とぼけないで!』
「とぼけてません。ですが、仮に私が父に嘘を言ったとしても父は何もしないと思います。だから、凛香さんたちが父に何かをしたのでは?」
『じゃあ、なんで千景くんは娘に手を出すなって怒るのよ!』
「聞き間違いだと思います。失礼します」
通話を切ってレオの方を見ると、なぜか笑みを浮かべていた。
それよりも、娘に手を出すななんて言葉、お父さんから出てくるわけないのに。
それは伯母さんもよく分かってるでしょ。
なんでそんな聞き間違いしたんだろう。
「念の為聞いておくけど、レオって人の性格を変えたりはできないよね?」
「はい。性格というものは環境や人の影響で変わるものですから」
「だよね」
そういえば、日向さんが誰の子かも分からないって言ってたけどお父さんの部屋で見つけた封筒の中にDNA鑑定の結果が入っていた。
そこには黒川千景と黒川千星の鑑定結果が記されていた。
私も見たときはまさかって思ったけど本当らしい。
99%一致で、親子だと書かれていた。
こんなにも似ていない親子が存在するなんてね。
見つけたのはほんの数週間前。
お父さんは何故か結果を見ていないようで封筒は完全に閉じてあった。
人の郵便物を開けるのは確か犯罪だったとは思うけど、私にも関係があることだから大丈夫だと信じたい。
どうして、見なかったんだろう。
日付はもう10年以上も前だったのに。
私と血縁関係が無かったら、罪悪感なく家から追い出せただろうに。
空になったマグカップを見つめていると、レオが私のスマホを目の前に差し出した。
「千星様、またお電話が鳴っていますよ」
「あ、ホントだ。って、お父さん!?」
「私は外に出ていますね」
そう言ってレオは微笑んでマグカップを持って部屋から出て行った。
深呼吸をして電話に出るとお父さんが開口一番にすまなかったと謝ってきた。
「何が?」
『今日、岩崎くんに言われたんだ。俺が千星を嫌ってると思ってる。ちゃんと誤解を解かないといつか後悔するって』
「誤解じゃないでしょ。お父さん、私のこと嫌いじゃん!」
『そんなわけないだろ。千星は大事な1人娘だ』
「じゃあ、なんで帰って来ないの?」
『………』
「私が嫌いだからでしょ」
少しの沈黙が続くと、お父さんはやっと口を開いた。
『………千星の顔を見たら、仕事に行きたくなくなるから』
「は、?」
一瞬、日本語なのに、何を言っているのか、分からなかった。
『だから、1年に会うのは3回までって決めてるんだよ。どうせ仕事で飛び回ってるから会えないことに変わりはないし』
「何それ。意味分からない。もし本当だとしたら、不器用にも程があるでしょ。誕生日におめでとうの一言も無しで、プレゼントはお金って。会っても全く笑わないし」
『すまなかった』
どうして仕事はできるのに、娘と向き合うのはこんなに下手なわけ?
信じられない。
それから約30分、お父さんに怒りをぶつけた。
喋るのも疲れてきた頃、DNA鑑定について訊いてみた。
「なんで、DNA鑑定なんてしたの?」
『見たのか』
「うん」
『母さんに、千星は俺と星来の娘だって証明したかったから』
「けど、結果見てないでしょ。封筒開いてなかったよ」
『それは、』
〜~~~~
11年前
千星がまだ6歳だった頃。
「千景、この封筒は何?」
「それは、」
「あなたまで疑うのね。どうして、信じてくれないの?」
「疑っているわけじゃ、」
「千星は千景と私の娘よ!間違いない。けど、誰も、あなたも、信じてくれない。………私、もうこの子のことを愛せない。この子を見てると辛くなる」
「星来」
「しばらく距離を置くわ」
そう言って星来は荷物をまとめて家を出て行った。
それからは時々帰ってきては、男を連れ込んでいたのを知っていた。
だけど、何も言えない俺は目を瞑っていた。
〜~~~~
『星来が帰ってこなくなったのは俺のせいだ。千星から母親を奪ってしまって申し訳ないと思っている』
「………お父さんは、お母さんのこと好きだったの?」
『………ああ。最初はただ見合いを断るためにいい条件だったから婚約してた。けど、籍を入れる頃には星来を愛していた。星来もそうだったと思う。千星って名前を付けたのも星来だった。俺と自分の名前の漢字を一文字ずつ入れたいって。俺に似てほしいって毎日楽しそうに腹の中の千星に話しかけていた。』
だけど、
「生まれてきた私はどっちにも似てなかったんだね」
すると、お父さんは少し焦ったように否定した。
『そうだけど、そうじゃない。星来は千星の誕生を誰よりも喜んでいた。けれど、母さんや親族に俺の子じゃないと言われ続けていて俺はそれに気付けなかった。気付いたときには、星来は壊れかけていた。だから、DNA鑑定をして証明したかった』
不器用なのは昔からだったんだ。
気付けなかったから、お母さんの浮気に目を瞑っていたんだろうか。
だけど、今日1日でお父さんへの印象が180°変わった。
とりあえず、仕事以外だとものすごく不器用だということは確実になった。
そして、私のことを嫌ってなかったっていうことも分かった。
あと、8ヶ月で会えなくなるんだ。
もっとちゃんと向き合っておけば良かった。
って、後悔しないようにレオはお父さんに言ってくれたんだろう。
「お父さん、私の余命があと8ヶ月しかなかったらどうする?」
『千星、病気なのか?』
「あ、いや、そうじゃなくて、例え話」
『まあ、そうなったら仕事はやめて毎日千星のしたいこととか行きたいところに連れて行く』
「え、」
親バカ?
なんだか可笑しくて笑ってしまった。
だけど、本当のことを言うと仕事を辞めるかもしれないからまだ言えないな。
「お父さん、私、お父さんの娘で良かった」
『結婚前の挨拶みたいだな』
「確かに。じゃあ、仕事頑張ってね」
『ああ』
通話を切ってベッドに倒れた。
誰にも必要とされてないと思ってた。
少なくとも、お父さんからとっては違ったんだ。
知れて良かった。
部屋のドアを開けると、レオがマグカップを持ったまま立っていた。
「レオのお陰でお父さんと初めてちゃんと向き合えたよ。ありがとう!」
ニッと笑ってレオの顔を見上げた。
レオは少し驚いたような顔をして、満面の笑みを浮かべた。
「お役に立てて良かったです」
レオのこんな笑顔、初めて見たかも。
私、レオの笑った顔、好きだなぁ。