修学旅行
最後の文化祭が終わると、いよいよ2年生最大イベントの修学旅行が近付いてくる。
修学旅行の存在を知らないレオと山崎には簡単に説明をしておいた。
文化祭の後夜祭で前世の記憶を断片的にだけど思い出して以来、時々思い出すことがある。
今朝も前世の夢を見た。
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丘の上の木陰で、今よりも幼い姿のレオと薄い水色の髪の少女が一緒に本を読んでいた。
その少女の顔は不思議といつも見えない。
レオの顔ははっきり見えるのに。
少女が本を閉じて立ち上がる。
『レオ、私が北の領土に行っても友達でいてくれる?』
『どういうこと?』
『療養しに行くの』
『なんで?王宮の方がいい医者がいるのに』
『向こうの方が自然がたくさんあるからだって』
頂上に雪が積もった山の方を見て小さくため息を吐く。
レオも本を閉じて、少女の手を握った。
『カレーラ学院の夏期休暇になったら会いに行くから』
『………うん』
『絶対行くから。約束する』
レオと少女は小指を絡めて約束、と2回振った。
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こんな風に、前世の夢を見た日の朝はいつも頭痛がする。
今日も例外がなく頭痛がひどい。
ゆっくりと起き上がって制服に着替えてリビングに行くと朝食が並んでいる。
「おはようございます、千星様」
「おはよう、レオ。山崎は?」
「今日は予定があるらしく先にお出掛けになられました」
「そうなんだ」
前世の夢を見た後にレオの顔見るの、なんか罪悪感がある。
なんでかは分からないけど、顔を見れない。
レオの昔の様子を勝手に覗いてるみたいだからかもしれない。
「失礼します」
ぼーっとしていると、レオが目の前に来ていて私のネクタイを結び直してくれた。
それにしても、急に近くに来られると驚いて心臓がうるさい。
平然を装いつつ、お礼を言って座って朝食をとった。
朝食を終えてレオと一緒に家を出て学校に向かった。
駅近くを通ると璃子と会って3人で学校に向かった。
「そういえば、山崎くんは?」
「予定があって先に行くって」
「そうなんだ」
修学旅行が近付いているからか、教室内の雰囲気が浮かれているのが分かる。
レオは相変わらず人気で3日目の自由行動を一緒にしようと誘うために違うクラスの女子生徒にまで囲まれている。
山崎も囲まれてるんだろうな。
「相変わらず、レオくん人気だね」
「まあ、イケメンだし優しいからね」
「もしかしたら、レオくん誰かと付き合うかもね」
「確かに」
正直想像できないと思いながらも、同調せずに好きなの?と訊かれると面倒だから相槌を打っておく。
璃子はいい子だけどすぐに恋バナを聞きたがるから。
恋愛事情とかはどうでもいいけど修学旅行は楽しみだな。
多分、私にとって高校生活最大のイベントだと思うし。
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学校に8時に集合してバスで新幹線の駅に空港に向かう。
修学旅行先の静岡県までは新幹線で2時間もかからない。
それぞれ2日目の行動班に分かれて座席に座った。
私、璃子、桜庭さんが並んで座って向かい側にレオ、今宮くん、坂口くんが座った。
「黒川さん、もしよかったら窓側行きたいから席代わってくれない?」
「いいよ」
坂口くんに席を譲って、レオの隣に座っていた坂口くんの席に座った。
桜庭さんに睨まれた。
代わった方がいいと思いながらもタイミングが分からなくて寝るふりをした。
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「千星さん、起きてください」
「千星!もう静岡着くよ」
「え、」
どうやら途中から本当に寝ていたらしく、少し申し訳なくなった。
しかも、なんか桜庭さんが怒ってる気がする。
気付いてないふりをして、静岡に着いてすぐに荷物を持って新幹線を降りた。
駅を出たところで整列をしてクラスごとに人数を確認して現地のバスに乗った。
昼食をとる富士山の見える公園に向かう途中、璃子がニヤニヤしながら写真を見せてきた。
何の写真だろうと璃子のスマホを覗くと、レオの肩にもたれかかって寝ている私が写っていた。
「桜庭さん、それで機嫌悪かったのか」
「かもね。多分、千星がレオくんのこと好きだって思ってるから敵対視してるんじゃない?」
「敵対視って」
「単純に千星が可愛いから心配なんでしょ。レオくん取られるんじゃないかって」
私に可愛いって言うのは璃子と亡くなったお祖母ちゃんぐらいなんだけどな。
まあ、お世辞でも嫌な気はしないかな。
「てか、レオが私のこと好きになるわけないのに」
「桜庭さんの目にもそう映らなかったんだと思うよ。レオくん、千星がもたれかかっても嫌な顔するどころかむしろ自分から肩貸しにいってたし」
桜庭さんの目にもって、璃子にもそう見えたって言っているように聞こえるのは気のせいだろうか。
だけど、レオなら優しいから他の子相手でも普通に肩ぐらい貸してあげると思うけど。
とりあえず、修学旅行で敵を作らないように気を付けないと。
公園の駐車場にバスが停まって、公園にある広場で富士山をバックにクラスごと写真撮影をして、終わったクラスから昼休憩に入っていく。
山崎は先に撮影を終わっていたらしく、レオが作ってくれた弁当を持って待っていた。
私たちのクラスも写真撮影が終わると、山崎はこっちにやって来る。
しかも、仲間連れで。
「黒川さん、俺らも今日一緒に食べていい?」
「璃子がいいなら」
「いいよ」
レジャーシートを重ねて敷いて、山崎の友達3人と山崎とレオと璃子で座った。
レオが作ってくれたお弁当はおしゃれなサンドイッチだ。
それと、1口サイズの唐揚げが2つと梨が入っていた。
相変わらずレオのスペックは高いな。
それにしても、なんで視線が集まってるの?
「千星とレオくんと山崎、お弁当すごく似てるね」
「俺も思った」
「すげえな」
それを聞いて私は目を泳がせ、レオはポーカーフェイス、山崎は首を傾げた。
「岩崎が作ったんだから当たり前だろ?」
さも当然のように言う山崎。
璃子や山崎の友達はえ!と声をあげた。
肘で山崎の腕を小突くとなんだよ、と不満そうな顔で私を見下ろした。
「どういうこと?」
「バイト!レオ、家でハウスキーパーのバイトしてくれててそれでお弁当も作ってもらったの」
「そうなの!?でも、山崎くんは?」
「山崎はレオの作ったお弁当食べたいって頼んだだけ。だよね?」
「あ、ああ」
「そうなんだ」
なんとか、誤魔化せた。
一応口止めはしておいた。
てか、レオがハウスキーパーってことにしておいたら一緒に家に帰ってるところを見られても変に思われないよね?
我ながらナイス言い訳かもしれない。
お弁当を食べ終えて、バスに戻って静岡で有名な吊り橋に向かった。
自由時間が与えられて、璃子に一緒に渡ろうと誘おうと思っていたけど恭を誘っていたから諦めた。
最近、名前で呼び合ったりいい感じの2人の邪魔はできない。
私も璃子ほどではないけど、人の恋愛は少し気になる。
特に、親友なら。
「千星さん、良ければ一緒に渡りませんか?」
「レオは桜庭さんたちと一緒に渡ってあげなよ」
「千星様をお守りするのもハウスキーパーのお役目です」
「さっきの言い訳をレオが使わないでよ」
まあ、1人で渡るのも寂しいしいっかと思って一緒に吊り橋に行った。
どうしよう。思ってたよりも高さがある。
「渡るのはやめておきますか?」
「ううん。せっかくだし」
手すり代わりのロープを掴みながら吊り橋を渡る。
男女2人組が多いなと思っていたけど、そっか。
リアル吊り橋効果があるんだ。
私としては渡ってみたら案外楽しくて怖さは吹き飛んだから吊り橋効果は効かないと思うけど。
「レオ、きれいだね」
「そうですね」
景色を見ていると、前にいた女子生徒がスマホを取り出して写真を撮っていた。
友達と話している声が聞こえてきた。
「お母さんとお父さんに送るんだ。2人とも自然大好きだから」
「相変わらず仲良いね」
お母さんとお父さんにも………。
「千星様?具合が悪いのですか?」
「いや、大丈夫。戻ろう」
「はい」
先生たちが待機している場所に戻った。
全員が戻ってきてバスでホテルに行った。
部屋は私と璃子と桜庭さん、桜庭さんとよく一緒にいる江永さんの4人部屋だ。
荷物を部屋に置いて私服に着替えて、みんなで夕食をとる大きい部屋に移動した。
夕食はビュッフェだから各々自由に食べたいものを取っていく。
テーブルは同じ部屋の班で1つのテーブルを使うから、桜庭さんと江永さんは少し不満そうな顔で私を見ていた。
「千星、このコロッケ食べてみて。美味しいよ」
「ありがとう。あ、ホントだ。美味しい」
「でしょ?後で違う味のも取ってみよ」
「私も」
夕食を終えて、部屋に戻って大浴場に行く時間になるまで1時間近くあった。
暇だなと思いながらもこの部屋のメンバーでトランプしよ、なんて発想に至らないため璃子と2人で喋っていると江永さんが違うクラスの男子を呼んでいいかきいてきた。
まだ先生たちが会議中だから見つからないだろうということで違うのクラスの男子が数名やって来た。
何度か見たことがあると思っていたけど、体育で合同のクラスらしい。
璃子は質問責めで話し掛けづらいし、気を遣って話し掛けてくれる男子がいるけど逆に申し訳なくなって気まずいし、この部屋から出たいなと思っているとレオからラインが着た。
「私、ちょっと飲み物買ってくる」
「オッケー」
部屋を出て男子の階の自動販売機のところに行くと、レオと山崎が待っていた。
「急にお呼び立てしてすみません」
「いいよ」
「千星様にお聞きしたいことがありまして」
「なに?」
「千星様のご両親についてです」
「………うん」
自動販売機の側のソファに座って窓の外を見た。
真っ黒な空に星がいくつも散りばめられている。
千星という名前の由来もそうかもしれない。
「千星様は、いつからお父様とお母様とお会いしていないのですか?」
「お母さんは去年の今頃に会った以来で、お父さんは今年の4月」
「ご両親共に半年以上家に帰って来ていないのですか?」
「ううん。家には帰ってきてない。近くのカフェとか駅でばったりとか。あの2人が家に帰ってきたのはお祖母ちゃんのお葬式が最後だよ」
レオも山崎も驚いた顔をして唇を結んだ。
うちの家族では家に帰るっていうのは私だけっていうのが常識になっている。
それに、お母さんはもう帰ってくるわけがない。
まあ、私はお父さんとお母さんに嫌われているから仕方がない。
「私、お父さんにもお母さんにも似てないんだよね。そのせいで、お母さんはお父さんの親戚から私の父親は他にいるって言われ続けて私と距離を置くように旅行ばっかして、今年の私の誕生日にお父さんと別れて別の人と結婚したって報告が来たんだ」
レオは一瞬驚いた顔をしたけど、すぐにいつものポーカーフェイスに戻った。
山崎はなんとも言えない気まずそうな顔をした。
「まあ、急に帰ってきてお前たちは誰だ!みたいなことにはならないと思うから安心して」
笑って立ち上がる。
「じゃあ、そろそろ部屋に戻るね」
「はい」
エレベーターのボタンを押すと、ちょうどこの階で停まったためすぐに部屋に帰れた。
部屋に帰ったところで1人でゆっくりはできないけど。
部屋に戻ると男子たちはいなくなっていて、桜庭さんと江永さんと璃子の間で微妙な空気が流れていた。
「璃子、なんかあったの?」
「大したことじゃないから心配しないで」
「なら、いいけど」
* * *
千星が部屋を出ていった直後、遊びに来ていた男子たちも部屋を出ていった。
千星は自分じゃ分かってないけど、正直学校で一番可愛いと思う。
だから、千星と仲良くなりたくて来たのにどこかに行ったら男子たちからしたらこの部屋にいる意味はないんだろう。
そして、それが気に食わない様子なのが桜庭さんと江永さんだ。
「ぶっちゃけ、篠原さんも黒川さんのことウザいって思わない?」
「分かる。てか、ウザいから修学旅行中は先生にバレないように無視しよ」
「いいね。篠原さんもやるよね?」
「無理」
* * *
璃子がため息をつくと、桜庭さんと江永さんが睨む。
やっぱり空気が重いことに間違いはないらしい。
~~~~~
気まずいまま、翌朝を迎えてしまった。
今日の班行動の先行きが不安だ。
私たち3班は静岡の自然コースに行く。
他にも歴史コースや富士山の洞窟探検とかもあるけど、くじ引きでこれに決まった。
各クラス1班ずつが同じコースに参加するので一クラス分くらいの人数がバスに乗っている。
「篠原さんと桜庭なんかあったの?」
不思議そうに訊いてきたのは今宮くんだ。
私もそれは知りたい。
何かがあったことしか知らないし。
2人を気にしつつ、バスガイドさんの話を聞いていた。
最初は昨日同様吊り橋に行くらしいけれど、昨日よりも高くて長い吊り橋で結構有名なところらしい。
大きな湖の上に長い吊り橋が掛かっていて、周りは一面紅葉だ。
「それでは10時半にはバスに戻ってきてください」
桜庭さんはすぐに他のクラスの友達のところに行き、璃子は私の腕に抱きついた。
「早く吊り橋行こ」
「そうだね、」
璃子に手を引かれて吊り橋まで来た。
ここまで高いと一周まわって逆に怖くない。
レオたちも後に続いて吊り橋を渡る。
璃子は気にしていないのだろうけど、桜庭さんはさっきからチラチラこっちを見ている気がする。
まあ、レオのことを見ているだけかもしれないけど。
璃子は先々渡っていく。
追いかけようとしたとき、自分の足に躓いてバランスを崩した。
転ける、と思った瞬間、レオがお腹に腕をまわして支えてくれた。
「お怪我はありませんか?」
「ない、大丈夫。ありがとう」
自分の足に躓くとか、恥ずかしすぎる。
レオたちの方を見るのが怖くて、速足で璃子を追い掛けた。
璃子はすでに渡り終わって橋の向こうで紅葉の写真を撮っていた。
「置いていかないでよ」
「ごめんごめん」
璃子は笑ってスマホをポケットに入れた。
「千星も、置いていかないでね」
「置いていったことないじゃん」
璃子はそうだね、と笑うと長い髪を風になびかせていた。
その後も色々と静岡の自然を巡って、問題もなくホテルに戻った。
だけど、問題は部屋割りなんだよね。
私服に着替えて、沈黙の部屋に居づらいから璃子と私は売店にお土産を見に行った。
「千星、気を遣わせてごめんね」
「いいよ。これはこれで思い出に残りそうだし」
「そうだね」
お土産にはお茶を選んだ。
飲むの、楽しみだな。
部屋に戻る途中、璃子が男子に呼ばれて先に部屋に戻ることになった。
部屋のドアを開けると、靴がいくつか増えていて桜庭さんと江永さんたちの話し声が聞こえてきた。
「やっぱ、黒川さんって男好きだよね」
「レオくんのこと独り占めしててマジでウザい」
「山崎くんともよく喋ってるよね?調子乗っててウザい」
「篠原さんもウザいけどね」
「え、なんで?」
「うちらが黒川さんのこと無視しよって言ったら、いい子ぶって断ったりしたんだよ?マジでムカつく」
そっか。
璃子と桜庭さんたちが気まずくなったのは、私のせいだったんだ。
バレないようにドアを閉めて、部屋を出た。
ちょうど璃子が戻ってきていてドアを閉めたことに首をかしげていた。
「璃子、呼び出しなんだったの?」
「明日の自由時間一緒にまわろって。断ったけど」
「恭とまわるんだっけ?」
「うん。ところで千星、」
璃子がどうしてドアを閉めたのかと聞く前に璃子の顔を見て床に視線を落とした。
璃子は、私が傷つかないように隠してくれてたのだろう。
だから、私が知ったって分かったら申し訳ない気持ちになるかもしれない。
「桜庭さんたちの友達が来てるみたいだから、入るの気まずくて」
「じゃあ、向こうのソファで喋って時間潰そっか」
「うん」
お礼、言えなかったな。
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最終日、温泉街で自由行動をしてバスで新幹線の駅に向かった。
行きは6人で向かい合わせていた席を私と璃子とレオ、桜庭さんと今宮くんと坂口くんの3人ずつに分かれて座った。
私も璃子も寝てしまっていて、気が付いたら駅に着いていた。
そこからバスに乗って学校まで戻って家に帰った
「疲れた~」
「お疲れ様です。千星様、ロッソ様、夕食はどうなさいますか?」
「今日はいいかな」
「俺も、風呂入ったらすぐに寝ます」
「分かりました」
レオは頷いてお風呂のお湯を溜めに行くついでにと私と山崎の荷物を部屋まで運びに行ってくれた。
疲れてるだろうに、少し申し訳ない。
なんだかんだあって、素直に楽しかったって言える修学旅行じゃなかったけど、中学のときと違って璃子がいたから楽しかったな。