誕生日
レオが家に来て1週間近く経った。
学校ではすっかり人気者になってファンクラブまでできている。
まあ、文武両道であれだけ綺麗な顔ならモテて当然か。
体育祭の練習も始まったし、みんな浮かれている。
特に男子はレオよりも目立とうと奮闘している。
そして私は………チアをすることになった。
今年はチアが人気なくてくじ引きになって引いてしまったというわけだ。
あ~、ホント最悪。
しかも、放課後に残って練習なんて。
「千星!早く練習行こ!」
「璃子、なんかやる気だね」
「うん!千星と同じ組で一緒にチアできるの嬉しいし」
「そっか」
グラウンドに行くと、応援団もいた。
そっか。最初の練習って応援団とチア、合同なんだっけ?
応援団の中に1人こっちに大きく手を振る男子がいた。
中学から一緒で私の数少ない男子友達の1人、鈴原恭だ。
恭は誰とでもすぐに仲良くなれるから、私が璃子と話すようになったのも恭が間に入ってくれたお陰だ。
「鈴原って大型犬みたいだよね」
「そう?まあ、身長は高いけど」
「だってさ、千星見つけたらいつも手振ってるじゃん。絶対に千星のこと好きだよ、あれは」
「そんなことないよ。私だけは好きにならない」
「なんで言いきれるの?」
「中学のとき、本人が言ってたから」
璃子は少し不満そうに恭の方を見ていた。
璃子は優しいけど、何かとすぐに恋愛に絡めたがる。
レオのこともそうだ。
私以外は苗字で呼んでるから私とレオの関係を疑っている。
まあ、変な関係なのに間違いはないから話を逸らすけど。
そういえば、チアの練習が終わるまで待ってるって言ってたけどどこで待ってるんだろ。
グラウンドにはいないけど。
「千星、誰探してるの?」
「別に」
「好きな人できたら言ってね。私、千星と恋バナしたいから」
「璃子は好きな人いないの?」
「んー。未だに初恋引きずってるみたい」
そういえば、そんなこと言ってたな。
小学生のとき好きだった人に告白できずじまいで中学が離れたから、まだその人のこと好きだって。
私は多分、恋なんてしないだろうし。
てか、レオ曰く恋しなくてもどっかの知らない国の王子の妃になるらしいし。
チアの練習を終えて教室で制服に着替えて璃子は部活に行った。
飲み物なくなったしジュースでも買おうと思って自販機に向かう途中でレオが後ろからついてきてることに気付いた。
「千星さん、お茶飲みますか?」
「あ、ありがとう」
いつも急に現れるんだよね。
執事よりも忍者、スパイっぽい。
水筒のお茶を飲みながらレオの顔を伺った。
いつもと同じものすごく綺麗なのに何考えてるか分からない顔で優しく微笑んでいる。
何者なんだろう。
昇降口に行くと、恭が靴箱にもたれかかって立っていた。
「黒川と、岩崎だっけ?」
「はい。初めまして。3組の鈴原さんですよね?」
「なんで知ってるんだ?」
「あ、私が恭の話したことあったかも」
「なんだ、そっか。てか、岩崎はなんで敬語なんだ?」
「癖なので気にしないでください」
レオに岩崎って呼ぶの似合わないな。
特に銀髪で碧眼の姿を知ってるから岩崎って呼ばれてるの見てるとあの姿で想像しちゃう。
なんか、魔力切れ?っていうのがあるらしくて家の中にいるときは銀髪の碧眼の姿でいるんだよね。
「今日一緒に帰らねえ?」
「いいけど」
「僕もご一緒してもよろしいですか?」
「おお!」
恭は同じ中学ということもあって家のある方向が一緒だ。
だからこうして一緒に帰ることもある。
なんか、沈黙がちょこちょこ訪れるのはなんで?
恭ってこういうのをぶち壊すタイプじゃないの?
気まずいなと思いながら横断歩道を渡ろうとすると、レオに後ろから抱き寄せられた。
そして、次の瞬間、目の前を車が走り抜けた。
「びっ、くりした~」
「ご無事で何よりです」
「ありがとう、レオ。信号ないところでは気を付けないとだね」
「はい」
次こそ車を確認して横断歩道を渡った。
この道を真っ直ぐ行くと私の家があってここで曲がると恭の家がある。
また明日、と声を掛けようとすると鞄から飴玉を取り出して私の手に置いた。
「1日早いけど、誕生日おめでとう」
「ありがとう」
「じゃあな」
恭の背中を見送って飴を食べながら家に帰った。
そっか。そういえば私、明日誕生日じゃん。
忘れてた。
「美味し」
次の日、学校に行くと璃子が小さな包みを持って私の席にやって来た。
「千星、誕生日おめでとう!」
「ありがとう、璃子。開けていい?」
「うん!」
包みを開けると、小さな星のついたヘアピン2組とヘアゴムが1つ入っていた。
これ、夏休みに一緒に出掛けたときに私が買おうか迷って結局買わなかったやつ。
「つけてみて!」
「うん」
璃子にもらったヘアゴムで髪を結い直してピンを2つつけてみた。
「似合うよ!めちゃくちゃ可愛い!」
「ホントだ!千星可愛い」
「名前に星入ってるしぴったりじゃん!」
「ありがとう」
「せっかくだし記念に写真撮ろ!」
「いいね」
皆で写真を撮って、私と璃子でツーショットも撮ってもらった。
去年も璃子がこうして私の誕生日を盛り上げてくれたな。
親友って、思ってもいいかな?
放課後になって家に帰ると、お母さんから電話がかかってきた。
自室に篭って電話に出た。
誕生日のお祝い、とか?
それか、進路についてとか?
「もしもし」
『あ、千星?お母さんね、シンガポールにいるんだけど今の彼氏と結婚するの』
「………そう、なんだ」
『だから、お父さんとは離婚するんだけど千星はお父さんの方について行くわよね?』
「そう、だね」
『あ、私の部屋にあるバッグとかワンピースは全部売ってお小遣いにしていいわよ。最後のプレゼントってことで。じゃあね、千星。お母さん、幸せになるね』
少しでも期待した自分がバカだった。
母はずっとこんな人だった。
父と結婚したのもお金のため。
父も父で言い寄ってくる女の人を拒むために結婚しただけ。
母に恋人がいたのは知ってた。
今の恋人かは分からないけど何度か会ったことがあるから。
別に血は繋がってても他人は他人。
他人なら勝手に幸せになればいい。
けど、今日くらい!
別に『生まれてきてくれてありがとう』なんて言わなくていいから、家族でいてほしい。母親でいてほしい。
一瞬でいいから、お母さんって呼びたかったな。
「お母さんなんか、大嫌い。お母さんのお陰で、今日は最悪の誕生日だよ」
その場に膝から崩れ落ちた。
そして、追い討ちをかけるようにお父さんからラインが着た。
『お小遣い、振り込んでおいたから好きに使え』
誕生日、覚えてたんだ。
でも、お金なんて、要らないよ。
私が欲しかったのはあなたたち2人からの『誕生日おめでとう』の言葉1つだけだよ。
お金を払えばそれを買えるの?
スマホの画面を消して床に置いた。
すると、ドアを叩く音がしてレオの声が聞こえてきた。
「千星様、ご夕食ができました」
「食欲ない」
「そうでしたか。気付けなくてすみません。食べやすいものをお作りいたしますね」
「いらない」
「では、食べなくても構いませんのでリビングまで来ていただけますか?」
なんで?と思いつつもドアを開けてリビングに行った。
「千星様、目を閉じてください」
「分かった」
目を手で覆った。
なにかをしている音が聞こえてきて足音が近付いて私の前で止まった。
「千星様、目を開けてください」
そう言われて目を開けると、火のついた17の数字のロウソクが刺さったケーキが目の前にあった。
その瞬間、涙が頬を伝った。
こんなの単純すぎてバカみたいだけど、誕生日ケーキを準備してくれていたことが嬉しくて泣いてしまった。
「火を消してもらえますか?」
「うん、」
7年ぶりに誕生日ケーキのロウソクの火を消した。
それだけの行動がただただ嬉しくて気が付いたらレオに抱きついていた。
いつも全然顔が変わらないレオが、少し驚いているように見えた。
時間が経つに連れ、我を取り戻してレオから離れた。
まだ出会って1週間ちょっとなのに、抱きつくとか。
「やっぱ、食欲ある」
「でしたら、ご夕食を用意したので召し上がってください」
「やった!いただきます!」
おしゃれな料理ばっかりでホントに誕生日って感じがする。
ごはんを食べ終えて、ケーキを食べた。
2人用で少し小さめだけど、誰かと食べるケーキは格別だ。
「このケーキって、レオの手作り?」
「はい。千星様に気付かれないように作るのは大変でした」
「ありがとう」
お風呂に入ってドラマをリアタイで観た。
いつもって、言いながらもまだ1週間だけど、早く寝てくださいとレオに注意されてたけど今日は誕生日だからと許してもらえた。
ドラマを観終えてまだ10時だし何しようかなと思っているとレオが電気を消して何かを唱えると部屋中満天の星空に包まれた。
「なに?これ」
「簡単な魔法です。僭越ながら私からも千星様に贈り物を差し上げます。私の国の今日の夜空です」
「星、あるの?」
「ありますよ。月もあります。別次元なのでここから見える月とは違いますが」
「どういうこと?」
「異世界、という言葉を使うと分かりやすいかもしれません。この国で宇宙と呼ばれるものと別空間に我々の住む世界が存在しているのです。そのため、我々の世界からこの世界に来るには、」
「やっぱりその話は今度でいいかな。」
長くなりそうだし。
今は天体観測を楽しみたい。
無駄に広く寂しいリビングは、レオが来てから寂しさなんて感じなくなった。
それどころか、今はこんなに感動する空間になっている。
それにしてもなんだか懐かしくなる感じの星空だな。
「レオのお陰で最高の誕生日だよ!ありがとう!」
「そこまで言っていただけるなんて、光栄です」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさいませ」
翌朝、リビングに行くと少し真面目な顔をしたレオが待っていた。
「今から言うことは千星様にとって受け止められない事実かもしれませんが、聞いてください」
「なに?怖いんだけど」
笑って流そうとすると真剣な顔で見られた。
何を話すつもりなんだろう。
ダイニングテーブルの側にある椅子にレオと向かい合う形で座った。
「千星様、あなたは18歳のお誕生日にお亡くなりになられます」
「王子の妃は?」
「なります。この世界では死んでいても私たちの世界に生きて連れて行くことは可能です」
「それは、妃になるから死ぬの?」
「いえ。千星様のこの世界での寿命はもともと18歳のお誕生日ですので」
「………死因は?」
「すみません。私には分かりません」
レオが嘘を言っているようには見えない。
だからこそ、信じてしまう。
私、死ぬんだって思うとやっぱり怖いな。
寿命なら仕方ない。
だけど、せめて皆と一緒に卒業したかったな。
「そっか。じゃあ、余生を楽しまないと。話してくれてありがとう」
「いえ、そんな。あ、朝食のご用意しますね」
「うん。着替えてくる」
朝ごはんを食べて学校に行った。
1時限目から体育で私や璃子はチアの練習をすることになった。
私来年死ぬんだなんて璃子に言ったら困らせるよね。
………お母さんだって、さすがに私が余命1年って言ったら、会いに来てくれるかな?
お父さんは、心配して連絡してくれるかな?
そんな私思いの両親なわけないか。
「……せ ちせ!ねえ、千星ってば!」
「あ、ごめん。なに?璃子」
「練習再開するよ?なにボーッとしてるの?」
「いや、ちょっと考え事してて」
立ち上がるとどこからかボールが飛んできた。
体育祭の競技でボール使う競技なんてあったっけ?なんて考えてる余裕はなくボールに当たると思って目を閉じた瞬間、陰が顔にかかった。
目を開けると、レオが片手でボールを掴んで私の顔を覗き込んでいた。
「お怪我はありませんか?」
「あ、うん。大丈夫」
「顔色があまりよろしくないですね。保健室で少し休ませてもらいましょう。篠原さん、先生に伝えてきてもらえますか?」
「分かった。千星をよろしくね」
「はい」
レオは優しく微笑むと私を抱き抱えた。
おろしてと頼んでも完全スルーだ。
レオは執事で私は主の関係ならおろしてって言ったらすんなりおろしてくれるものじゃないの?
不満に思いながらも、諦めて大人しく保健室まで運ばれた。
保健室についたときに、ちょうど養護の先生が違う先生に呼ばれて出ていった。
「千星様、すみません。大臣の部下のスパイがこちらの世界に来て千星様を狙っているようです」
「………は?」
「気配を絞りきれません。私に気付かれないように結界でも張っているのでしょう。あのボール、魔力で受けなかったら死んでしまいます」
「なに言ってんの?そんなわけ。てか、もしそうだとしたら目立つし犯人割れるじゃん」
「即死ではありません。術のかけてあるボールに触れさせることで、千星様に術をかけたことになるのです。そうしたら発動は術者のタイミングでできてしまいます」
なんか難しそうなことを話し始めた。
まあ、よく分からないけど私を殺そうとしてるやつがこの学校内にいるってこと?
そんなわけないって笑って流せば良かったけど、レオが深刻な顔をしているせいでできなかった。
「でも、私の寿命って18歳なんじゃないの?変わるの?」
「狙っているのは千星様の中に宿るある魂。才能というべきかもしれません。それを壊そうとしているのが大臣です」
「私に才能なんてないよ」
「まだ、開花していませんので。とりあえず、こらからはできる限り千星様のお側で備えておきます」
「トイレとかお風呂にもついて来るの?」
「それは前で待ちます」
絶対嫌なんだけど。
てか、魂とか才能とか、いよいよ中二病って感じだな。
そういえば、ボールが飛んできたのはその大臣部下?が同じクラスで一緒に体育をしてたから?
もう誕生日当日はなんだかんだ幸せだったのに翌日がこれって。
「千星様、不安なお気持ちは察しますが、ご安心ください。私が命をかけて千星様をお守りしますので」
「命はかけなくていいよ。レオがいなくなったらまた家に1人だもん」
「では、命をかけずとも千星様を守り抜きます」
「カッコいいね、レオは」
微笑んでレオの顔を見ると少し赤い顔をしていた気がした。
まあ、気のせいかな。