開国祭
開国祭まで残り3日となった。
ドレスも出来上がって王宮内もいつもよりも忙しくなっていた。
今日から、開国祭に参加する隣国の王女は姫たちが王宮にやって来る。
もしかしたらその中から、アル様やレオの婚約者になる方が現れるかもしれない。
私は身支度をして姫や王女の挨拶に周った。
姫たちは自分が大国であるイリス王国の女王になるのだと私にまでライバル心を燃やしていた。
昔、レオとよく一緒にいたことに嫉妬した令嬢たちから嫌がらせを受けていたなぁと思い出したけれど、王女や姫は嫌がらせなんてそんな稚拙なことはしてこないだろう。
少なくとも、無視や物を隠したり壊したりはされない。
王族はそんな教育をされていないからだ。
それに、アル様の計らいで今日から一泊二日、実家に帰省することになった。
久しぶりの実家に心を躍らせながら、馬車に乗った。
カイルは王宮での専属執事だけど、実家に私の従者が一人もいないため今日は同行してもらうことになった。
護衛は騎士団の1人が担ってくれた。
顔馴染の門番に挨拶をすると、驚いたような嬉しそうな顔をした。
「エリサお嬢様、おかえりなさいませ。あなたの帰りをずっと待ち望んでおりました」
「ただいま」
微笑んで玄関まで馬車で行くと、お父様の従者がドアを開けた。
そこにはズラッと侍女や執事が並んでいた。
「おかえりなさいませ、エリサお嬢様」
「ただいま。みんな元気そうで嬉しいよかった」
私が微笑むと、侍女長が前に出て涙を堪えて微笑んだ。
「エリサお嬢様も元気なお姿でいらして。またこうしてお嬢様にお会いできてわたくしはとても幸せです」
「サーヤ。私もあなたにまたこうして会えたことを心の底から嬉しく思っていますよ」
それから自室に行くと、前の部屋のまま残されていた。
私付きだった侍女たちはみんな結婚してここには残っていないため、同世代の侍女が実家にいるときの私付きの侍女になった。
王宮ではもう既に私付きの侍女がいるため、開国祭の身支度などをしてくれるのはそちらの侍女だ。
「今日からエリサお嬢様付きの侍女になりました。ビアンカと申します」
「同じく、フィオレと申します。よろしくお願いします」
「よろしく。ビアンカ、フィオレ」
ビアンカは青みの強い紫色の髪と瞳をしている長身で綺麗系の女の子で、フィオレはピンク色の髪に榛色の瞳をした可愛らしい女の子。
2人とも誰か付きになるのは初めてらしく少し緊張している様子だ。
どうやって仲良くなろうかと考えていると、部屋のドアが叩かれた。
どうぞ、と声を掛けるとカイルがドアを開けた。
そこにはきっちりと騎士の服を着たブラックが立っていた。
「ブラック!すごい!礼儀作法覚えるの早いね!」
「そうだろ?俺、エリサの護衛になりたい」
「え、護衛?」
「助けてもらった礼にエリサを守りたい」
「お父様から許可はいただいた?」
「ああ」
「いいよ。けど、口調は改善の余地ありだね」
「悪い」
「私にはいいよ。だけど、他の人には気をつけてね。それか、全く話さないか」
護衛騎士は業務連絡以外に話す必要はないから、それが一番手っ取り早い選択だと思う。
護衛になるならば、一番早い仕事は開国祭での護衛になると思う。
それまでに口調を直すのには時間が足りないから、なるべく話させないようにすればいい。
「俺、ずっとエリサの護衛をするから主従契約を結んでほしい」
「主従契約?別にしなくてもずっと護衛できるよ。それに、契約結ばなかったら嫌になったときに辞めれるんだよ」
「辞めない。主従契約結んだら、エリサが危険な目に遭っているときに近くにいなくても影を使って移動できるんだろ、」
確かに、主従契約を結んだ魔獣は主の命が危ないときに影を通して主の元に飛ばされる。
だけど、私が死んだら守れなかったとしてブラックも一緒に死ぬことになる。
それを分かっていないのだろう。
「ブラック、もし私が死んだら、ブラックも死ぬんだよ」
「いい」
「良くない」
「いいんだ。エリサを守れなかったら俺も死ぬのは当然だ」
ブラックは頼む、と言って真剣な顔で私の目を見た。
「もう、分かったよ。後悔しても知らないから」
「後悔なんてしない」
とりあえず、主従は結ぶつもりはないとアル様に言ってしまったからその言葉を撤回するために魔術で作った手紙を送った。
お兄様にこの前教えてもらったばかりで使うのは初めてだけど上手くいった。
お昼を過ぎた頃、部屋に紙飛行機が入ってきて手紙の形になった。
アル様からの返信だ。
主従を結ぶことを了解したと書かれていた。
だけど、契約は王宮でないと出来ないため明日、王宮に戻るときにブラックも一緒に行ってそこで契約をすることになった。
今日は実家でゆっくりして、明日はお母様のお墓参りに行く。
ビアンカとフィオレに身支度を手伝ってもらって、カイルとブラックと共に馬車に乗った。
お母様のお墓参りに行ってそのまま王宮に向かう。
馬車を降りて、お母様の墓地に花を供えた。
お母様も、生き返れたら良いのに。思わずそう口に出してしまいそうになった。
私がこうして今生きているのは奇跡だ。
奇跡というのはそう頻繁に起こらないから奇跡なんだ。
だけど、
「お母様、会いたいです」
そう呟いて馬車に戻った。
そのまま王宮に行って部屋に戻る間もなくエルリック殿下の執務室に行った。
「御機嫌よう、エルリック殿下、レオンハルト殿下」
「エリサも元気そうで何よりだ。それで儀式用の地下室だが、空けておいたぞ」
「ありがとうございます」
ブラックとカイルとアル様とレオとロッソ様と地下室に行った。
ロッソ様とカイルには地下室の手前で待ってもらって、地下室の中には私とレオとアル様とブラックだけの状態になった。
契約の仕方はお父様に教えてもらっているから分かる。
「エルリック殿下、ここにあるものは何でも使ってもよろしいのですか?」
「ああ」
「では、」
鎧の持っていた斧を持ち上げようとすると、レオが慌てて止めた。
「何をするつもりなんだ?」
「契約には血が必要なのです」
「それならそう言え」
レオはそう言うとマントのボタンを取って魔力でナイフに変えたものを私に手渡した。
そのままブラックの方を向いて目の前まで歩いた。
屈んで、と言うとブラックは少し不思議そうにしながら跪いた。
「あなたは私の従者として最期のときまで忠誠を誓ってくれますか?」
「ああ。もちろんだ」
レオに借りたナイフで左手の親指を切ると、ぷっくりと血が盛り上がった。
その血を右の手のひらに塗るようにしてから、ブラックの前髪を分けて左手で押さえた。
そして右の手のひらを額の中心に当てて、魔力を込めた。
光の粒が飛び出して、そっとブラックの額から手のひらを離すとブラックの額には紋章が浮き出た。
「契約完了ね」
微笑むと、ブラックは嬉しそうに笑った。
明日が開国祭だから、今日はいつも以上に時間をかけて髪や肌の手入れが必要になる。
契約が終わったあと、すぐに部屋に戻った。早めにお風呂に入ったあと、マッサージやらパックやら色々されて、あっという間に夕食の時間になった。
夕食はいつもとは違って軽く質素な物を自室で食べた。
開国祭当日。
王族の方々は街のパレードに参加するけれど、他の貴族は午前は舞踏会に向けての準備をする。
エスコート役のいる令嬢はその方が来るまでに完璧に仕上げなくてはいけないから朝早起きだけど、私はお父様にエスコートしてもらうのでそれほど急がないで準備をした。
気合の入ったメイクとヘアセットをしてもらって、レオに仕立ててもらったドレスを着てイヤリングとネックレスと靴を履いた。
今日、身につけているもののほとんどがレオからの贈り物だ。
ここまでしてくれるなら、エスコートしてくれたら良いのに。
そう思いながらも準備を終えると、お父様が部屋に迎えに来てくれた。
「おお、エリサ、とても綺麗だぞ」
「ありがとうございます。レオンハルト殿下が贈ってくださったのです」
「第二王子が?それならエスコートも王子がするのではないのか?」
「それが、エスコートについては何も申されていないのです」
「そうか。それなら仕方あるまい。」
お父様とブラックと一緒にパーティー会場にあたる大広間に向かった。
王宮勤めの執事が扉を開けて、お父様と一緒に大広間に入ると一斉に視線が集まった。
私が生まれ変わって今生きていることは社交界ではもう噂が広まっている。
みんな、興味津々なのだろう。
だけど誰も話し掛けに来ないのは、お父様が一緒にいるからだろう。
お兄様もいるかなと周りを見渡していると、お兄様とお義姉様がこちらにやって来た。
「エリサ様、とてもお綺麗です」
「シェルレットお義姉様もとてもお綺麗です」
「ありがとうございます」
お義姉様はふわりと緑の髪を揺らして微笑んだ。
お兄様ったら、本当にいいお嫁さんを見つけたと思う。
まだ数回しかお会いしたことがないけれど、とても優しく裏表のない性格をしているのが分かる。
お義姉様は平民出身だから社交界で色々言われるけれど、素直ですごく強い方だから心配不要だとお兄様が言っていた。
「ところでヒルディード、なにをヘラヘラと笑っている。公爵家の嫡男がそんな間抜けな顔をするでない」
「お言葉ですが父上、社交の場で綺麗に着飾った妻と妹を見て笑みが溢れるのは仕方がないでしょう?」
「感情を簡単に顔に出すなと言っているんだ」
………あれ?
レオから聞いた話だと、仲が良くなったって聞いてたんだけど。
お義姉様の方を見て苦笑いを浮かべると、お義姉さまも少し困ったように眉を寄せて微笑んだ。
すると王族の席と真逆の扉が開いた。
入ってきたのは、もちろんイリス王国国王陛下。
それに続いて王妃様とエルリック殿下、レオンハルト殿下が続いて入ってきた。
国王陛下と王妃様が席に着くと両側にエルリック殿下とレオンハルト殿下が並んだ。
「皆のもの、今日は集まってくれたことを嬉しく思う。今日でイリス王国は開国560年だ。そして、この記念すべき日に私の次男である第二王子、レオンハルトをよく見よ」
すると、レオンハルト殿下が仮面を取って瞳の色と髪色を元に戻した。
「レオンハルトは後継者争いに巻き込まれるのを防ぐために顔を隠させていた。だが、もう自分の命を自分で守れるようになったため今日からはもう顔を隠させるのはやめることにした。顔が醜いなど、変な噂を流していた者がいたようだが不敬罪にあたることを覚えておけ」
国王陛下のお言葉にギクリと肩を震わすものがチラホラといた。
エルリック殿下がニヤリと口角を上げたのが分かった。
国王陛下はイスから立ち上がってグラスを掲げた。
「今夜は存分に楽しんでくれ」
国王陛下のお言葉で舞踏会が始まって、お父様とダンスを踊ってすぐ脇にはけた。
他に知り合いがいないから、私は飲み物を飲みながら他の令嬢たちが婚約者と踊っているのを見ていると紺色の髪にグレーの瞳をの青年がこっちにやって来た。
「美しいご令嬢。俺と一曲踊っていただけますか?」
「あなたは、」
「俺はジュリアーノ・ベルデイドと申します」
ベルデイド公爵家は代々雷の力を持っていて魔獣狩りや魔術具開発を行っている家門だ。
私はドレスのスカートをつまんで挨拶をした。
「私はエリサ・ユーウォレンタと申します。是非一曲一緒に踊りましょう」
「あなたがユーウォレンタ家のエリサ嬢でしたか。お美しいとは聞いていましたが、想像以上でした」
「ありがとうございます」
ジュリアーノ様の手を取って音楽に合せて一歩一歩踊る。
紺色の髪がゆらゆらと揺れながら、グレーの瞳で私の顔を見て微笑んでいる。
ジュリアーノ様は大層人気があるのだろう。
令嬢たちが騒いでいるのが聞こえてくる。
「ダンスが終わったあと、少しお時間をいただけますか?お話したいことがあります」
「分かりました」
曲が終わって端の扉から廊下に出た。
どこまで行くのだろう。
全く人気のないところまで来ると、ジュリアーノ様がくるりと振り返った。
首を傾げると、ジュリアーノ様は私に覆いかぶさるようにして壁に手をついた。
千星のときに読んでいた少女漫画で壁ドンと言われるものだ。
驚いて瞬きをしているとジュリアーノ様が顔を近付けてニヤリと笑った。
アル様もよくニヤリと笑うけど、ジュリアーノ様の笑みは人をからかうものじゃなくてなんだか不気味でぞわぞわと鳥肌が立つような笑みだった。
「やっぱり、近くで見てもエリサ嬢はお美しいですね」
「あ、ありがとうございます、」
ジュリアーノ様は私のあごを指でつまんで上に向けた。
顎クイというものだ。
背中からゾワゾワとして気分が悪くなってきた。
ジュリアーノ様がさらに顔を近づけようとしてきて胸を手で押して抵抗していると、ジュリアーノ様の体が吹き飛んだ。
驚いて何度も瞬きをしていると、後ろから抱きしめられた。
見上げると、すごく怒った顔をしたレオが私を抱きしめてジュリアーノ様を睨みつけていた。
「お前、エリサに何をした?」
「レオンハルト様、私はまだ何もされていません」
「まだ?」
レオが私を抱きしめる力が強くなって、ジュリアーノ様に少しずつ近付いていった。
これは、止めないとまずい。
「ブラック!来て!」
大声で叫ぶと、ブラックが影から出てきた。
驚いたように私とレオとジュリアーノ様をそれぞれ見た。
「ジュリアーノ様を捕らえて!」
「ああ」
ブラックはジュリアーノ様の両手首を掴んだ。
レオはまだ怒っていて今にも殺してしまいそうな顔をしているから、慌ててレオを押し倒した。
王族にこんなことをしたら一発で処刑だろう。
だけど、伝統ある開国祭でレオがジュリアーノ様を殺したりしたらレオが罪に問われるだろう。
「落ち着いて!そんな怖い顔、しないでよ」
涙を堪えていたせいか、少し声が震えた。
レオは慌てた様子で起き上がって私を抱きしめた。
そして、ジュリアーノ様を魔力の紐で縛ってレオが指を鳴らすと騎士が走ってきた。
開国祭が終わるまで幽閉しておけと言って私を抱き上げてパーティー会場の大広間に向かった。
ブラックは2人にしてくれというレオの頼みで影を通って先にパーティー会場に戻った。
「エリサ、どうしてあいつと2人で舞踏会を抜け出していたんだ?」
「一緒にダンスをして、そのときに話したいことがあると言われてついていきました」
「本当に何もされていないか?」
「顔を近付けられただけで、何もされておりません」
「良かった。エリサ、怖い思いをさせて悪かった。今日はもう私から離れるな」
レオが足を止めて私の顔を見下ろした。
「ブラックがいます」
「ダメだ。ブラックがいたところで変な男は近づいてくる。私がいたらそう簡単に近付いては来ない」
「それは、そうでしょうけど」
心配をかけてしまったことが申し訳無かったから、レオの言葉に従うことにした。
パーティー会場の扉の前でおろしてもらって、腕を組んで大広間に入った。
そして、そのまま国王陛下たちのいるところまで行った。
レオが国王陛下と王妃様とエルリック殿下にさっきのことを小声で離すとそれぞれ不敵な笑みを浮かべた。
王族の皆さんはみんなこの笑みをするのかな?
レオは見たことがないけれど。
「エリサ、私とも一曲踊ってくれないか?」
「私でよければ、喜んで」
レオは私の手を取って大広間の真ん中に連れてきた。
音楽は一度止まって、違う音楽が流れ始めた。
もうすぐ冬なのに、春の訪れという題の音楽を演奏するなんて。
「エリサ、すごく似合っている。綺麗だよ」
「ありがとうございます」
「こうしてエリサと舞踏会で踊るのは初めてだね」
「舞踏会の日は体調を崩すことが多かったですからね」
「そうだね」
曲と同時にダンスを終えると、レオは私の手の甲にキスをした。
その瞬間、悲鳴に近い歓声が聴こえてきた。
私はだんだん顔が熱くなってくるのが分かった。
レオはクスッとイタズラっぽく笑った。
からかわれた。
「想い人に勘違いされても知らないから」
「へ、」
レオは驚いたように瞬きをしていた。
「舞踏会に参加してないの?」
「してる、けど」
「絶対勘違いされたよ。いいの?」
「絶対に勘違いしてないことが今分かったよ」
レオは乾いた笑いをして私の手を引いて自分の方に抱き寄せた。
また、悲鳴が聴こえてくる。
私の心臓もまた早く鳴りだした。
レオはそのまま国王陛下の元に戻った。
私は扇子を広げて顔を隠した。
「レオの意地悪」
ボソッと呟いてレオから顔を背けた。
何も言ってこないから、こっそりレオの顔を覗き見ると何故かレオの顔も赤くなっていて国王陛下たちはそんなレオを見て笑っていた。
開国祭を無事に終えて、王宮にある自分の部屋に戻るとカイルと侍女たちが寝るための支度をしてくれていた。
侍女たちにドレスを脱いだり髪をほどいたりメイクを落としたりしてパジャマに着替えてベッドに横になった。
「エリサお嬢様、今日は本当にお疲れ様です。ゆっくりおやすみください」
「おやすみ」
カイルが部屋から出ていって布団に潜り込んだ。
本当に疲れた。
レオのせいで姫や王女様たちから目をつけられた。
帰り際に、明日お茶会をしようなんて誘われた。
そんなことよりも、レオがからかってくるから思い出した今でもまだ心臓がドキドキしてしまう。
レオに想い人がいるなら、どうして勘違いされるようなことをしたのだろう。
勘違いしてないって言ってたけど、本当?
本当だったとしたらどうして分かるんだろう。
疲れているのになかなか寝付けなかったのは言うまでもない。




