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第二王子


 目が覚めると、ベッドに横になっていた。

隣には心配そうにこちらを見ているレオがいた。

外は真っ暗な空だったのが、夕焼け空になっている。

結構な時間、意識を失っていたらしい。


まだ少し、頭痛が残っていて重い頭を起こそうとするとレオが支えて手伝ってくれた。


「レオ、王子様だったんだね」

「記憶回復薬を飲まずに思い出したのか?」

「そうみたい」


レオは下唇を噛んで、涙を堪えたまま私を抱きしめた。

王子様がこんな簡単に隙を見せていいのかな?

レオの背中に手を回して抱き返すと、レオは私を抱きしめる力を強くした。

しばらく、抱き合っていると部屋の扉が叩かれてロッソ様とアル様が入ってきた。

慌ててレオから離れようとしたけど、気づいていないのかレオはずっと離れようとしない。

アル様はニヤリとからかうときの笑みを浮かべて、そーっとドアを閉めた。


それからレオも落ち着いたのか私から離れた。


「レオ、アル様が、」

「兄上がどうかしたか?」

「さっき、部屋にいらしてすぐにドアを閉めて出て行ったのだけど、気が付かなかった?」


私がそう言うと、レオは青ざめて部屋から飛び出していった。

やっと離れてくれて良かった。

あのままだったら心臓が破裂していたかもしれない。

でも、どうしてブラックに抱きしめられていても何も感じないのにレオに抱きしめられていると脈が速くなるんだろう。

レオの脈が速いからそれがうつっているのかな?



私も記憶を取り戻したことを伝えにいかなければならないことを思い出して、レオの後を追った。

アル様の執務室の近くでレオに追いついた。

一緒にアル様の執務室に入った。


「さっき抱き合ってたことへの弁解か?」

「そうです」

「違います!」


レオと私がそれぞれ肯定と否定をすると、アル様は楽しそうに笑って人払いをして執務室には私とレオとアル様とロッソ様だけになった。


私は記憶回復薬の入っている小瓶を机に置いた。


「これは、お返しします」

「それは思い出したと受け取ってもいいのか?」

「はい。ご心配をおかけしました」

「いや、思い出したなら良かった」


アル様は小瓶を自分の方に寄せて、レオに視線を向けた。

その顔が弱みを握った悪者の顔に見えたのは気のせいだろうか。

私もレオに視線を向けると目が合った。

反射的に笑うと、レオはすぐに私から顔を背けた。


「どうして顔を背けるの?私、何かした?」

「そういうわけじゃないよ」

「じゃあ、こっちを見てよ」


レオの服の袖をつまむと、レオはゆっくりと顔をこちらに向けた。

どうしてか分からないけれど、レオは耳まで真っ赤に染まっていた。

アル様は堪えきれないように笑い出して、ロッソ様も顔を下に向けて肩を震わせていた。

レオはため息をついて、両手で顔を覆って隠した。

このお3方には私には分からない何かが通じ合っているらしい。


アル様たちとレオの反応に困惑していると、落ち着いたのかアル様がコホンッと咳払いをして私の方を見た。


「戯れるのは2人きりのときにしてくれ」

「戯れてなどいません。レオが急に顔を背けるから、嫌われたのかと心配になってしまっただけです」

「レオがエリサを嫌いになるはずがないだろう?」

「そんなこと、言い切れません。たとえ幼馴染みでも嫌いになることは有り得ます」

「そうか。幼馴染みか」


アル様はクククッと楽しそうに笑った。

やっぱり、エルリック殿下のお考えになることは分からない。


今日は遅いからと部屋に戻った。

てっきり、明日から実家に帰ることになると思っていたけれど開国祭までは王宮で過ごすことになるらしい。

これまでは本館から離れた部屋だったけれど、明日から本館の部屋に移るらしい。


「おやすみ、レオ」

「おやすみ、エリサ」


レオは私に布団をかけて部屋を出て行った。



翌朝、起こしに来てくれたのはレオではなくカイルだ。

レオは前まで執事という名目でアル様の執務を手伝っていたらしい。

そのため、私が記憶を取り戻した以上、レオは執務を手伝わなくてはならない。

だけど、淑女に執事がいないわけにはいかないため王宮の中でも特に優秀なカイルが私の専属執事として任命された。


カイルは常に無表情のポーカーフェイスでいかにも仕事人間という見た目をしている。

支度を終えると、カイルは部屋に入ってきてお茶を淹れてくれた。


「美味しい」


もちろん、レオが淹れてくれたお茶も美味しいけれど流石執事の名門学校を首席で卒業しただけはある。

貴族として過ごしてきて、数年間執事という役柄をやっていたレオと執事になるために生きてきたカイルでは明らかに技術が違う。

レオは基本的に何でもこなせるけれど、何か一つを磨いている人に勝るほどではない。


「今日のエリサ様のご予定は開国祭で着用されるドレスの仮縫いとヒールとアクセサリーの購入です」

「仮縫い?デザインは?」

「既に第二王子殿下がお選びになったと伺っております」

「レオンハルト殿下が?」

「はい」

「では、お礼の手紙を届けてもらえる?」

「はい」


私は()()()()宛てのお礼の手紙を書いてカイルに渡した。

それから朝食を終えて、仕立て屋のいる広間に向かった。

さっそく仮縫いを終えた衣装を試着した。

デザイン画を見てみると、すごく大人っぽいけど可愛らしさを残したデザインですぐに気に入った。

だけど、普通よりも布面積が多い気がする。


開国祭は冬に行われるけれど、胸元から肩までは露出しているデザインが普通だ。

だけどこのデザインは薄い生地が胸元から肩、腕までを覆っていて上にレースが飾られているものだ。

まあ、暖かそうでいいけれど。


試着した際、ウエスト周りに余裕があったため少し絞ってもらった。


仮縫いの試着を終えて仕立て屋が帰ると入れ替わるようにカイルに連れられて商人が入ってきた。

商人たちは色々な靴やアクセサリーを並べて、私が何に興味を示すのか注意深く見ていた。

選びにくいと思っていると、広間の扉が叩かれた。

カイルに開けてもらうと、仮面をつけたレオが立っていた。


「御機嫌よう、レオンハルト王子」

「ああ」

「ドレスを仕立てていただきありがとうございました。とても素敵なデザインで出来上がるのが楽しみです」

「私も楽しみにしているよ。それと、靴とアクセサリーもプレゼントさせて欲しい」

「そこまでしていただくのは、」

「私が君にプレゼントしたくてするんだ。君は素直に受け取ってくれたらそれでいい」

「ありがとうございます。では、選ぶのを手伝ってください」

「ああ」


レオは変身術で髪と瞳の色、そして魔術で少し声を変えているせいか、カイルは何も違和感を持たずに第二王子としてレオと対応している。

商人たちはまさか王子が見に来るとは思っていなかったようで、宝石を散りばめたネックレスやイヤリングやヒールを前に出して勧めてきた。


「どのネックレスが良いと思いますか?」

「どれも似合うと思うよ」

「それが一番困るのですけれど」


笑ってネックレスを見ると、レオは少し悩んでエメラルドと小さなダイヤモンドのついたネックレスを選んで私の方を見た。

そして、私の首に手を回してネックレスをつけて口元を緩めた。


「似合うよ、すごく」

「では、これにいたします」

「そうか。このネックレスをいただこう」


商人は少し驚いたような顔をしてすぐに営業スマイルを浮かべた。


「お買い上げ、ありがとうございます」


私は、ネックレスを外してケースに入れてカイルに預けた。

次はイヤリングを選ぶ。


「ピンクパールのイヤリングはどうでしょう?」

「可愛い」


ピンクパールのイヤリングをつけて、鏡を見た。

ネックレスともドレスとも合いそう。

気に入ったと、視線を送るとレオは商人の方を向いた。


「これもいただきたい」

「是非。ケースはこちらです」


ケースにイヤリングを入れて、最後にヒールを選ぶことになった。

ドレスが淡いグリーンのドレスだから、ヒールはラメの散りばめられているシルバーの物にした。

背が低いため、ヒールは高めのものを選んだ。


商人は思っていた以上に儲かって嬉しかったのか、またのご利用お待ちしていますと笑顔で広間を出て行った。


「レオンハルト様、この度は本当にありがとうございました。大切に使わせていただきます」

「喜んでもらえて何よりだよ」


レオが笑って部屋から出て行った。


カイルが侍女を呼ぶと広間に侍女が入ってきて、レオにプレゼントしてもらった荷物を運んで行った。

今日一日の予定は全て終えたので、昼食を終えて、残りは自由時間。

自由と言われると、逆に何をしたらいいか分からなくて中庭で散歩をすることにした。


カイルと一緒に中庭を歩いていると、少し離れた訓練場の前でロッソ様や他の騎士の方々が訓練をしていた。

こっそり覗いていると、ロッソ様と目が合った。

ロッソ様は仮面をつけたレオを呼びに行って、私の方に連れてきた。

会うのは3時間ぶりくらいだろうか。


「訓練、お疲れ様です。お怪我はございませんか?」

「私はない」

「どなたか怪我をされた方がいるのですか?」

「騎士団の内の数人が実戦型の稽古で怪我をしている。治せるのであれば治してやってほしい」


そっか。

アル様にしかお伝えしていなかったんだ。


「私の癒しの力は愛している相手にしか使えないのです。なので、見知らぬ騎士の怪我の治癒は私にはできません」

「けれど、ブラックはどうして治癒を出来たのだ?愛しているのか?」

「動物や魔獣は私が可愛く感じていれば魔力がそれを愛と捉えるようです」


レオはホッとしたようにため息をついて、口元を緩めた。

この優しい笑みは何度も見たことがある。

この笑みを見ていると私も釣られて笑ってしまうほど、幸せになる。


「そろそろ稽古に戻らなくてもいいのですか?」

「そうだな。最後に一つ、質問してもいいか?」

「なんでしょう」

「………レオという執事が君に治癒を受けたらしい。君はその執事を愛しているのか?」


もちろんです。大切な幼馴染みですから。

アル様に言ったようにレオにも同じことを言おうとしたけれど、言葉に詰まった。

もちろんのもの文字も喉から上に上がってこない。

だけど、沈黙を早く壊したくてなんとか出てきた言葉をレオに聞こえるくらいの声の大きさで言った。


「幼馴染みですから、」


そう言い残して、私は訓練場をあとにした。


昔、よく中庭でかくれんぼをしていた。

だけど、王宮の中庭は季節によって植物や花が変わって見慣れることがないからいつ見ても楽しい。

今は秋の真ん中あたりだから、葉の色が変わったりしていて風が吹くとひらひらと落ちていく。


「風が出てきましたね。体を冷やしてはいけないのでそろそろ部屋に戻りましょう」

「もう?」

「明日は王妃様とのお茶会の予定があります。体調を崩さないように今日のお散歩はここまでにいたしましょう」

「は〜い」


カイルが持ってきてくれていたストールを羽織って部屋に戻った。

外が完全に暗くなって夕食の時間になった。

食堂は王族の方の使うところとは別の部屋で食べることになっている。

少し遠いので、早めに部屋を出て食堂に向かった。

その途中、アル様に会った。


「こんばんは、エルリック殿下」

「やぁ、エリサ。君も今から夕食か?」

「はい」

「ならば、エリサも一緒にどうだ?今日はレオンハルトと一緒に食べる予定だったんだ」

「お誘いはありがたいですが、家族水入らずで過してください」

「そうか。そういえば、レオンハルトが少し頭を抱えているように見えたが何か知っているか?」


訓練場でのこと、微妙な返答で悩ませたなら謝らないと。

だけど、私だって分からない。

レオに愛しているのかと訊かれて、はいそうですとすぐに答えられなかった理由が。


「存じ上げません」

「そうか。では、またな」

「はい」


カイルと共に食堂へ行って夕食をとった。

部屋に戻って、寝る支度をしてベッドに横になると、カイルはおやすみなさいませと頭を下げて部屋から出て行った。



翌朝、いつもよりも気合の入った侍女たちに支度をしてもらった。

昼食は軽めにとって、カイルと共にお茶会の会場となる温室に向かった。

温室に行くと、王妃様がイスに座って待っていた。

王妃様が座るように促すと、カイルがイスを引いて私を座らせた。

王妃様付きの侍女がお茶を淹れて私の前にカップを置いた。

王妃様がお茶を一口飲んで、私もお茶に口をつけた。


「エリサ、こうして顔を合わせるのは初めてね」

「はい。王妃様にお会いできたことを光栄に思います。今日はお茶会にお誘いいただきありがとうございました」

「そんなに固くならないで。今日は感謝を伝えたくて呼んだのよ」


先程、王妃様が言ったように顔を合わせるのは今日が初めてだ。

だから、感謝されるようなことは何もしていないはず。

かと言って、王妃様が人違いをするとは思えない。

なんのことだろうと、内心焦っているとフッと柔らかい笑みを浮かべた。

笑った雰囲気がレオにすごく似ている。


「昔から、あなたの話はレオンハルトから聞いていたのよ。あの子には、色々我慢や苦労をかけているけれど、あなたの話をするときはいつも楽しそうに話してくれていたの。わたくしは、あの子がいつも笑顔でいられたのはあなたのお陰だと思っているの。本当にありがとう、エリサ」

「そんな、恐れ多いです。私もレオンハルト殿下には感謝をしております。殿下がいなければ、私はこうしてまたイリス王国でエリサとして過ごすことはなかったでしょうから」


私の魂が違う世界で生きていたのはただの偶然。

それを見つけて、呼び戻してくれたのがレオだった。

正直、お父さんや璃子や恭と別れるのはすごく寂しかったし私はもうあの世界には戻れないから完全に会えなくなったけれど、それでも生まれ育った国に戻れたことは感謝してもしきれない。


お互いに感謝を伝え合って楽しくお茶会は進んでいく。


「そういえば、もう開国祭の舞踏会でのエスコート役は決まったのかしら?」

「お恥ずかしながら、まだどなたからもお誘いを受けていないのです。婚約もしておりませんので、開国祭はお父様にダンスのお相手をしてもらう予定です」


笑ってそう言うと、王妃様は扇子を広げて口元を隠した。


「それなら、うちの息子のどちらかと踊れば良いのでは?あの子達、王位を継いでいるというのに成人して数年経った今もなお、婚約もしていないのですから」

「第一王子殿下や第二王子殿下のエスコートを受けるには私では不足かと」

「何をおっしゃっているの?ユーウォレンタ公爵家は王族の血を引いていない家紋で頭一つ抜けているのよ。この国であなた以外に王子の妃が務まる令嬢はいないわ」


王妃様はそう言い切って考えておいてね、と笑った。

まあ、私が考えたところで殿下たちからお誘いを受けない限り私がお二人のエスコートを受けることはない。


お茶会を終えて、部屋に戻ってソファに腰を掛けた。

なんだかずいぶんと王妃様に気に入られたような気がする。

良いことだけど、緊張していたせいでお茶会が終わるとどっと疲れが出た。


夕食はいらないと言って、お風呂に入って侍女たちに髪を乾かしてもらってからバルコニーに出て夜風に当たった。


「湯冷めしてしまいます」

「今日くらい大目に見てよ」

「少しだけですよ。それと、ストールは羽織ってください」

「うん。ありがとう」


ストールを羽織って空を見上げた。

夜空一面に星が散りばめられている。

私の誕生日にレオが見せてくれた夜空とにているけど違う。

だけど、同じイリス王国の夜空だ。


少し冷えてきて、部屋に戻るとカイルは窓をガラス戸を閉めた。


「そろそろ寝るね」

「はい。おやすみなさいませ」


カイルは天蓋のカーテンを閉めて部屋を出て行った。

今日は一度もレオに会わなかった。

それどころか見かけることもなかった。

昨日のことが少し気まずいから顔を合わせないのは助かるけれど、レオと丸一日会わないのは千星として出会って以降初めてだから少し変な気分。


明日は会えるといいな。

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