家庭教師
お兄様たちと再会して10日ほど経った。
あの晩餐会は楽しいだけで終わるものではなかった。
アル様に私がレオに関する記憶を取り戻すためにはなるべく一緒に過ごしたほうがいいんじゃないかと言われた。
〜〜〜〜〜
『というわけでレオ、今日からエリサに執事として仕えなさい』
『え!レオはアル様の執事をしているのではないのですか?』
『レオのことについて、思い出してくれないと困ることがあるんだ。かと言って説明するには複雑だからなるべく自力で思い出してほしい。レオはいいな?』
『はい』
『では、頼んだぞ』
『お任せください』
〜〜〜〜〜
今は王宮の一室を借りてそこに住まわせてもらっている。
完全に記憶を取り戻すまではこのまま住み続けることになるらしい。
それにしても、レオが私の執事になるなんてやっぱり変な感じしかしない。
侍女にドレスを着せてもらって、ヘアセットやメイクを終えると、侍女が外に出て入れ替わるようにレオが入ってくる。
「おはようございます」
「おはよう。それよりもさ、他に人がいないんだから口調はいつも通りにしてくれない?」
「執事として仕えるのは殿下からの命なので、たとえ主に言われようとも口調を崩すわけにはいきません」
「そんなに頭が固いと顔が良くても婚約できないよ」
「構いません」
怒るかと思っていたけれど、レオは仕方ないなという顔で笑った。
昔、レオにイタズラを仕掛けたときもこんな顔で笑って許してくれた。
「そういえば、誰とも婚約してないの?」
「ええ」
「なんで?もう、21歳なら婚約していてもおかしくはないでしょう?」
「想い人がいるのでその人以外とは婚約したくはないのです」
「へ〜!」
昔はそんな話聞いたこともなかった。
7年も経ったんだから好きな人くらいできてるよね。
それにしても、レオの好きな人ってどんな人だろう。
やっぱり美人?それとも華奢で可愛らしい人?
レオは年上の人の方が合いそうだけど、しっかりしてるから年下の人とも合うかもしれない。
「私、レオがその方と婚約できるように応援するわ。いつでも相談に乗るから頼ってね」
「応援、ですか。ありがとうございます」
レオは少し残念そうに笑って紅茶を淹れた。
もしかしたら、禁断の愛だったのかもしれない。
お相手はもう既に婚姻を済ませていたり、身分が合わなかったり。
身分?
レオって、私と同じかそれ以上は身分が高いはず。
思い出そうとすると、頭にズキッとした痛みが走る。
どうして、思い出せないんだろう。
「お嬢様、今日から私は家庭教師と執事を兼任いたします」
「家庭教師?」
「はい。お嬢様は前世、体が弱くカレーラ学院に通えていませんでした。座学は家庭教師に習っていたと思いますが、実技に関してはお嬢様の体調が良くないと出来ないのであまりできなかったと思われます」
確かに、出来てないけど。
「ですので、今日からダンスと魔術の訓練をいたします」
「今日から?また日を改めて」
「殿下からの命です」
逆らえないものは仕方がない。
とりあえず、魔術の訓練のためにドレスから訓練服に着替えた。
イリス王国では貴族は女性も男性も魔力を持っており、その魔力を民のために使わなければならない。
例えば、村や町を襲う魔獣を狩り、土地を肥やす、天災を防ぐ、建物を造るなどがある。
私の一家は代々男性は魔獣や動物と話す力を持っており、女性は傷を癒すの力を持っている。
私は珍しくその2つの力を受け継いだ。
だけど、その力は病を癒すことはできなかった。
王宮内の訓練場に行くと、騎士が隣で魔術の訓練をしていた。
「それでは、変身術の訓練から始めましょう」
「呪文覚えるんでしょう?無理だよ」
「安心してください。呪文なんてものはありません。集中するために何かを呟けばよいのです」
「え、」
「強くイメージができるのであれば、無口頭でも術は可能です。お嬢様の場合、自分が黒髪で黒い瞳をしている姿をイメージするのは容易でしょう」
確かに、黒川千星はこの見た目のまま髪と瞳が黒かった。
「全身に魔力を巡らせて、自分のなりたい姿を強くイメージしてください。そして、変わりたいと強い意志を魔力にぶつけるのです」
「分かった」
指の先まで魔力が張り巡らされるのがわかる。
私は黒川千星の姿を瞼の裏に描いて、その姿になりたいと強く願った。
すると、大きな拍手が聞こえてきた。
目を開けると、騎士たちもレオも拍手をして私の方を見ていた。
私は自分の髪を見た。
どうやら成功したみたいだ。
「魔術の才能があるようですね。では、次は元に戻してください」
「うん」
褒められて、上機嫌でエリサの姿をイメージして戻りたいと強く願った。
そして、ゆっくり目を開けるとレオが驚いたように私を見下ろしていた。
それにしても、さっきよりもレオが遠いような。
レオの方に歩こうとすると、訓練服の裾を踏んでしまい転びそうになった。
レオは慌てて私を抱き上げた。
あれ、服がブカブカだ。
これは、
「小さくなってる!?」
私が声を上げると騎士たちも驚いたように声を上げた。
「確かに、病気を発症する前に戻れたらなって考えてたけど」
「変身術で髪色以外を変えたのはエリサが初めてだよ」
レオは驚きすぎて口調が戻っていた。
前代未聞の出来事に興奮しすぎて、この姿でアル様に会いに行くなんて言い出した。
だけど、偶然というか、嫌なタイミングというかアル様が訓練場にやって来た。
レオに抱き上げられたままアル様と目が合うと、驚いたような面白いものを見たような顔をしてこっちにやって来た。
「エリサ?ずいぶんと若返ったな」
「変身術の訓練をしていて」
「変身術か。私もやってみようかな」
「おやめください」
レオは慌てて止めた。
その理由を訊くと、変身術は変身と元に戻るというセットで原則1日に1回しか使えないらしい。
術の効果も半日はもつらしい。
つまり、明日になるまではこのままということだ。
「訓練服を着替えてから、他の術の訓練をしましょうか」
「うん」
基礎の術は一通りできてしまった。
明日からは、私自身の力の使い方の訓練を始めるらしい。
ところで、どうして子供用の服はこんなに可愛らしいデザインのものばかりなの!?
「お嬢様、お似合いです」
「嬉しくない!」
「食堂は遠いので僭越ながら私がお運びします」
「子供扱いしないでよ」
「失礼します」
レオは完全に私の意見を無視して私を抱き上げた。
食堂にはまたお兄様が来ていた。
お兄様はアル様から事情を聞いていたらしく、私を見てすぐに駆け寄ってきた。
「いつにも増して可愛らしくなったな、エリサ」
お兄様は私の頬を突きながら笑った。
見た目は6歳か7歳くらいに見えるだろうけど、中身はもっと大人だ。
千星として18歳まで生きているから、この世界での成人は既に過ぎている。
だから、子供扱いをされたくない。
レオにしがみついてお兄様から顔を背けた。
「席まで運んで。なるべくお兄様と席は離して」
「仰せのままに」
レオは微笑んで私を椅子に座らせた。
夕食も、いつもほど食べられず銀でできた食器も重くお肉料理はレオに切ってもらったものをフォークを使って自分で口に運んだ。
夕食を終えて、部屋に戻った。
この小さな体だとできることも限られているけれど、使う体力が少なくて済むからなかなか眠くはならない。
いつもなら疲れてとっくに眠くなっているのに。
「そういえばさ、レオの想い人はどんな方なの?」
「どれだけ好意を伝えようとしても私の気持ちに気付いてくださらない鈍感な人、ですね」
「失礼だけど、そんな人のどこがいいの?」
「そうですね。どうして好きになってしまったのでしょうね」
レオは可笑しそうに笑って、窓を閉めた。
そろそろ寝てください、とベッドに横にされた。
寝てと言われて寝られれば苦労はしない。
ムッとしてレオの服の裾を摘んだ。
寝れないと目で訴えると、レオは微笑んで私の手を握った。
レオの顔を見上げると、もう片方の手で私の目を覆った。
「大丈夫。エリサが寝るまでここにいるよ」
「うん」
「おやすみなさいませ」
鳥のさえずりが聞こえてきて、目を覚ますと天蓋のカーテンが閉じられていた。
起き上がろうとすると、上にレオの上着が掛けてあった。
そういえば、少し布の感覚がいつもと違うような。
不思議に思いながら上着を掴むと、体が元に戻っていた。
そして、服は破れて裸の上に掛け布団と上着だけだった。
「おはようございます。侍女を呼んでまいりますので、私の上着を羽織って待っていてください」
「ありがとう」
レオが部屋から出て行くと、すぐに侍女が入ってきた。
侍女に着替えを手伝ってもらって、ヘアセットとメイクを済ませると、入れ替わるようにレオが部屋に入ってきた。
淹れてもらった紅茶を飲んで、朝食は部屋で済ませて、また着替えた。
今度は豪華なパーティードレスだ。
「今日はダンスの練習をいたしましょう」
「少しくらいなら踊れるよ」
「子供向けのダンスと成人のダンスは違うのですよ」
「そうなの?」
社交界デビューの10歳が成人のダンスを踊るのは難しいため振りが違うらしい。
カレーラ学院では15歳で成人するときに二度目の社交界(夜会)デビューをするときのダンスを3年生の年である13歳から練習するそうだ。
私は16歳の年の設定だから、踊れなくては困る。
ダンスは音楽に合わせることが必須だから、楽器の置いてあるパーティー会場に行った。
そこには暇じゃないはずのアル様がいた。
「御機嫌よう、エルリック殿下」
「エリサ、よく来たな。元の姿に戻ったようで良かった」
「ご心配をおかけしました。それにしても、殿下は執務でお忙しいとお聞きですが、どうしてここに?」
「私も知りたいな。どうして夜明け前に、レオがエリサの部屋から出てきたのか。しかも、上着を脱いで」
アル様はニヤリと笑ってレオと私を見比べた。
「お恥ずかしながら、体が元に戻る際にパジャマが破れてしまいレオが気を遣って上着をかけてくれたのです」
「そうか。それにしても、どうして夜明けまでレオはエリサの部屋にいたんだ?」
「私が眠るまで部屋にいてほしいと命じたので」
「ほう。それだけか?」
「それだけです」
アル様は面白くなさそうな顔をして私の手を取って自分の方に引き寄せた。
いきなりダンスの練習を始めるつもりらしい。
だけど、国の第一王子にダンスの練習相手をしてもらうわけにはいかない。
それに、足を踏んでしまうようなことがあってはならない。
「失礼ですが、私、成人のダンスは全く踊ったことがないのです。殿下の相手は務まらないと思われます」
「案ずるな、私がリードするのだ。エリサは私に身を任せれば良い」
アル様は昔から私のことを妹のように気にかけてくださっていたけれど、これは執務を逃れる言い訳をしないのだろう。
早く聡明な方と婚約して、執務を手伝ってもらえば良いのに。
そんな失礼なことを考えて慌てて頭の中から消していると、森のような深緑の髪色の眼鏡をかけた長身の男性が入ってきた。
「殿下!執務が溜まっていますよ!レオ様を虐める暇があるのなら仕事をしてください!」
「フレディ、」
アル様はハハ、と笑って私の手を離した。
フレディ様はアル様の服を引っ張ってパーティー会場から出て行こうとすると、アル様は立ち止まってこちらを振り返った。
「エリサ、練習に努めるように。」
「はい」
「レオ、今日の晩に話がある。時間を空けておけ」
「承知いたしました」
バタン、と扉が閉まると楽士たちは見慣れた様子で困ったように笑っていた。
ダンスの練習が始まると、初めの挨拶からレオに手を重ねるところまでは子供向けのダンスと変わらないので体が覚えていた。
だけど、いざダンスが始まるとステップが難しいしターンは多いし、なのにほとんど男性にリードされるため自分で動こうとすると足を踏んでしまいそうになる。
「私の目を見て、笑顔は忘れずに」
「はい」
「上達が早いですね。では、今度は音楽に合せて踊ってみましょう」
レオが指を鳴らすとさっきまで私の練習を眺めていた楽士たちがそれぞれの配置についた。
1人が指揮を始めると音楽が流れ出した。
舞踏会で人気の曲だ。
「顔が強張っていますよ」
レオは笑顔を浮かべて、ダメ出しをしてくる。
こんな家庭教師、嫌だ。
だけど、レオのリードが上手いのだろう。
足を踏みそうになったり転びそうになったりしても、全て未遂で終わる。
曲が終わると、手を離して礼をする。
ここも子供向けのダンスと変わらない。
「お疲れ様です。ダンスはもう完璧ですね」
「ありがとう。今から一番近いのは開国祭の舞踏会でしょ?そこでお披露目するの?」
「はい」
「あと二月しかないなんて、緊張する」
「大丈夫ですよ。お嬢様は、呑み込みが早く才能もあるので立派な淑女として一目置かれることになるでしょう」
一目置かれるっていうのは言いすぎな気がするけど、ありがとう、と笑って素直に受け取った。
夜、ベッドに横になって布団を掛けて、レオは部屋を出て行った。
そういえば、お昼にアル様に呼ばれていた。
✽ ✽ ✽
殿下の執務室の扉を叩いた。
「失礼いたします。レオです」
「入ってこい」
「はい」
執務室に入ると、殿下は人を払ってソファに座るように促した。
エリサがイリス王国に戻ってきてから、執務を手伝えていないため殿下一人で執務をこなしていて相当疲れているのだろう。
盛大なため息をついて、執務室の机に視線を向けた。
「エリサはまだお前のことを思い出さないのか?」
「はい」
「記憶回復薬を作った。これを飲ませろ」
「そんな物を作る暇がお有りなら執務を行ってください、と言いたいところですがこれに関しては思い出してもらわないと困るので有り難くいただきます」
「お前な」
殿下は笑って小瓶を私の手に乗せた。
私は殿下に仕えなければならない。
殿下の執務を手伝えるのは、私と王弟のみ。
だから、エリサには早く記憶を取り戻してもらって家庭教師も終了しなくてはならない。
正直、エリサに家庭教師など必要がなかったと思う。
社交界のスターと呼ばれたリリア・ユーウォレンタ様の娘なのだから。
ダンスなんて一度踊れば覚えてしまう。
エリサは、2代目社交界のスターだ。




