第7話 停滞1
2014年の厳しい冬がもう終わるという頃、久しぶりに降った雪を窓の外に見ながらメリーアンはため息をついていた。彼女たちの研究は行き詰っていたのだ。スージー大学院生達と共に何千というサンプルを解剖し、分類、分析してきたがその進みは順調とは言えなかった。
もちろん、この一連の研究で見つかった解剖学的、遺伝学的な新事実はどれ一つをとっても平時なら世界を揺るがすような発見であった。おそらく今では平凡だと思ってしまうようなことでさえ、1年前ならネイチャーの表紙を飾ることが出来たほどである。
だが、この事態の原因を解明する、またはこの事態の打開策につながるという観点からはどれも十分とはいい難いことばかりであった。
その日の午後、メリーアンは久しぶりに彼女の教室の教授であるアミット・シンと会話をした。彼はイギリスで最も尊敬される水生生物進化の専門家の一人であり、メリーアンにとっては師であり友人でもある。しかし、彼は最近腎癌との闘いを公にしており、その治療のために研究から一時的に離れていた。
「メリーアン、君の進捗を聞くたびに、私は君をここに呼んだことが間違いでなかったと改めて思うよ。」アミットは細い体をかけている椅子の背もたれに預け、微笑みながら言った。彼の声は以前ほど力強くはないが、目には研究への情熱が輝いていた。
「アミット、あなたが指導してくれたから私は今ここにいれるのよ。あなたがいなければ、私たちはこの調査を任されることはなかったでしょうね。ところで体調はいいの?」メリーアンは感謝の意を表しながら答えた。
「大丈夫だ。ここ最近は調子がよくてね。一応杖を持つようには言われているが、なくても平気なくらいさ。」
メリーアンも対面の椅子に腰かけ、二人は新たに発見された生物の解剖学的特徴やDNA配列の解析結果について議論を交わした。彼女は優秀であったし、助教であるスージーも優秀で、大学院生たちも熱心であった。しかし、ここ数カ月で彼女に必要だったのは彼女と対等に議論が出来、彼女を時には教え導く人物だった。
しかし、アミットの健康問題はそれを許さなかった。アミットは自分の状態をすべて公表しており、その状態が決してよくないという事実はメリーアンの心に大きな影を落としていた。
それでも、アミットは研究の進捗に心から喜び、自分の健康状態よりも科学への貢献を優先していた。