第72話 黒幕3
スライドを送り、本題を彼女は話し始める。
「では、次にこの電子顕微鏡の画像を見てください。これはとある論文の画像で、細胞内の小器官を映した画像です。どの小器官も変異し、いびつな形をしているのがわかるかと思います。この論文は日本の大学からのもので、変異したバラの細胞内の小器官を分類したものでした。正直、あまり見向きもされていませんでした。ただ、その結果を見るに、明らかに今まで知られている小器官として分類できない物があるということが指摘されていました。」
「そして、これがその論文内で指摘されていた分類不可能な小器官と私のラボのサンプルの画像を並べたものです。植物と魚類であり、細胞内の構造が違うのは当然ですが、この小器官に関しては大きさが全く同じで、形状も非常に似通っていました。なので、我々の教室で様々な怪獣のサンプルを電子顕微鏡で撮影し、細胞内の構造の分類を先行研究に従って行ってみました。」そこまで言うと彼女はその解析結果の表、グラフを表示する。
「結果、私たちが調べた約9種類の怪獣のサンプルすべてから共通する大きさ、形状をした小器官が発見されました。さらに、この小器官の大きさは他の小器官の大きさとどれも違ったことから分離が可能でした。そして条件を探し、遠心分離した結果ですが、今まで報告されていた未知の遺伝子の多くがこの分画から検出されました。そして、付け加えると、核内の遺伝子はほとんど検出されました。つまり、この小器官はその内部に独自の遺伝子を複数含んでいた。」そこまで言うと彼女はすこし言葉を止め、次のスライドに移動した。
「これらの遺伝子のうちいくつかは報告されている通り、核内の遺伝子構造を変化させる働きを持っています。また、今まで報告されているもの以外にも多数の遺伝子を私たちは見つけており、順次報告しています。」彼女はさらに言葉を続ける。
「また、この分画に見つかった遺伝子の中にデータベースで一致するものが見つかりました。それはリケッチア属の遺伝子構造で、細胞の構造タンパクをコーディングしたものです。つまり、この小器官はリケッチアの類縁の細菌から派生している可能性があります。このリケッチアは他の細胞内に侵入し、寄生する形で感染を起こすことで知られており、ミトコンドリアの祖先とルーツを同じにしていると考えられています。」
「つまり、この小器官は、元々寄生能力を持つ細菌で、何らかの手段で生物に感染。その後細胞内に同化し、細胞の一部として宿主の遺伝子を改変し、細胞を巨大化させて生物の体そのものを作り替えている。これが私たちの提唱する仮説です。」彼女はまた一息つき、しっかりと時間をとって教授たちが発表内容を反芻する時間をとった。教授たちはみな事前に彼女の論文を読んでおり、その統計処理の正しさ、データの信頼性については理解している。数名の教授は事前に生のデータを要求してきたため、提供したが特に疑義を示されなかった。おそらく、現状の内容でも信頼できる結果として受け止めているのだろう。
生物は全身のほとんどの細胞内に核を持ち、その核の中に体の設計図である遺伝子を持っている。遺伝子はデオキシリボ核酸(DNA)というシトシン(C)、グアニン(G)、アデニン(A)、チミン(T)の4つの物質が無数に連なり一本の紐のような構造を作っている。この4種類の物質がどのような順番でつながっているかで設計図が暗号化されているのだ。通常遺伝子自体は核という金庫の中に安置されており、他の場所で設計図から実施あのたんぱく質を作る際にはコピーを作成し持ち出すようにしている。つまり、核の遺伝子は門外不出となっているのだ。
だが、ある種のウィルスは自分たちを増やすために金庫の中の遺伝子をいじることが出来る。細胞に感染したウィルスは自分の構造を含んでいる遺伝情報を感染先の細胞の核内に挿入し、宿主の遺伝子を改変してしまうのだ。おそらくこの細菌もその機能を持っている。だが、2,3週間の感染期間でそのようなことを実行するウィルスと違い、この細菌はかなり長期のスパンでそれを行っている。世代毎に変異の度合いが違うのだって多分そうだ。この細菌は、細胞に共生しながら自分の思い通りに種族を改造していっているのだ。まるで自分の乗り物をゆっくりと改造していくような感じで。
彼女はそこまで考えると、発表に意識をもどした。まだ、続きを語らなければならないのだから。




