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第64話 母になる2

今度の隼人はなかなか泣き止まなかった。紐から外し抱きかかえても泣き止まず、おむつも濡れていない。この子は比較的おとなしく、すぐに機嫌がよくなることが多いが、この数時間の間の動乱で機嫌を悪くしてしまったのだろうか?彼女はそう考えていたが、ふと、もうお乳を吸わせてから数時間経っていることに気がついた。

 自分の服をめくり、乳房を隼人の口に当ててみる。そうすると、やはりお腹が空いていたようで、すぐにしゃぶりつき母乳を呑み始めた。これだけで泣き止むのなら安いものだとも思いつつ、彼女はこの状況で食事のことを考えて泣ける隼人にいら立ちを少し覚えていた。しょうがないことなのはよくわかっているが、外の惨状を気にせずに、ただ守られているだけの存在を見ることにすこしイラついてしまったのだ。


 2,30分くらい経っただろうか、十分に母乳を呑んだ隼人は落ち着き、乳首から口を話した。彼女は外の様子を見ようと立ち上がろうとしたが、その時腕に抱える隼人から笑い声が聞こえた。

 ふと腕の中を見ると、隼人が満面の笑みを浮かべ、こちらを見つめながら声を出して笑っていた。元々隼人はおとなしく、あまり感情表現をしない子供だった。そのため、笑い声を聞くのはこの3カ月で初めてであり、彼女はひどく驚いた。先ほどまで思っていた通り、何を呑気にとイラつきかけた。


 だが、ふと、その笑顔を見るうちに何か自分の心の奥からよくわからない感情が湧き上がってきていた。不愉快な感じは全くなく、温かさが胸の奥からあふれてくるような感じがした。そして今、目の前にいる隼人のことがとても愛おしくなってきた。

 今までこの子をみて思ってきたかわいいとか愛らしい見た目をしている、といった感想ではなく、自然と溢れてくるような感情が隼人を見ている間、いや隼人を思っている間無限に湧き出してくるような気がした。おそらくこの時、人生で初めて、彼女は愛情を理解したのだ。


 今まで味わったことのない感情を自覚し、顔つきの変わった彼女は立ち上がる。今まで守られるだけの弱い存在であった彼女、守られる対価を払うだけだった彼女。今そこにいたのはそのような弱い女ではなかった。

 彼女は自分よりも弱い存在である隼人を命がけで守り抜くことを決め、この地獄から脱出するために行動を開始しようとしたのだ。彼女は携帯電話を取り出し、健太に電話を掛けながら階段を下っていく。


だが、その時、階下から音が聞こえた。


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