第42話 最後の講義3
「ええ、大丈夫よ。あなたも私もそう生きることを神と自分に誓っているから。」彼女は久しぶりに彼から威圧感を感じた。往年の、学会などで発表する際や研究が佳境に入った際にのみ見ることが出来た彼のすさまじい集中力。それを感じ、彼女は自分の喉がすこし乾いていくのを感じた。
「まあ、君と僕の神は違うけど、そうだ。僕が仮説を提示し、君が検証する。もし僕の仮説が間違っているなら、それは僕の頭の切れが悪いこともあるという証明になるだけだ。もちろん、手間暇かけた君には申し訳ないが。でも、もし僕の仮説が正しいことが証明された場合は・・・そこからは想像がつかない。ひどい未来が待っていることは予想できるけど。ただ、君はこの一連の事件の真犯人の尻尾をとらえたことになる。」アミットは体を乗り出しながら一息に言い切った。その目は先ほどよりも爛々と輝き、見つめている自分が焼かれてしまいそうなほどであった。
「あなたが、でしょ?仮説を提示したのはあなたで私は手を動かしただけよ。あなたが捕まえるのよ。ポワロみたいに。安楽椅子に座って人を動かして犯人を捕まえる。でもそれは探偵の手柄よ。」
「ポワロは自分でもよく動くよ。純粋なイギリス人なのに読んだことがないんだね?まあ、君が好きそうなジャンルではないけど。」アミットは先ほどまでの緊張を緩め、にっこりとほほ笑んだ。
「もう、今はそんな風に茶化している場合じゃないでしょ。」メリーアンはそういうと少し恥ずかしそうに横を向いた。ただ、先ほどまで二人の間に張りつめていた緊張がほぐれ、彼女も自然と口角が上がり笑みの表情を作っていた。
「では、これから僕の仮説を話そう。少し長くなる。メモが必要ならそこにあるから使ってくれ。とりあえず一通り聞いて、そこから質問。いいね?まあ、今まで通りだ。お互いが納得するまでディスカッションを行い、君は眠ってから検証に、僕は眠ってからリハビリに行く。」そう彼はベッドを少し倒し、楽な姿勢に戻った。
「いいわ、初めてちょうだい。」
そういうと、アミットは15分ほど自分が考えていることを話し始めた。最初はアミットと同じく楽な姿勢で聞いていたメリーアンも、話を聞くうちに体を前に乗り出していた。
その様子は、状況もなにもかも違っていたが、彼らにとっては初めて出会った講義の再現の様であったし、実際にそれはアミットからメリーアンに送る最後の講義でもあった。
アミットが話し終わるとソファーで2人の会話を静かに聞いていたプリヤが無言で温かい紅茶を二人に差し出した。それを二人とも一口飲み、そして質疑応答に移った。
彼女が質問し、彼がそれに答える。彼女が新しい仮説を話し、それに対し彼が評価と疑問を伝える。いくらかそのやり取りを繰り返し、最終的にお互いが同じ結論に至った。
彼女は紅茶の最後の一口を飲み干してから、彼のほほに口づけをし、プリヤの手を握ってから足早に病室を去っていった。プリヤも彼の望みを叶えてくれた彼女に感謝するように手を握り返し、そして出ていく彼女を見送るため共に部屋を後にした。
彼は額に球粒の汗をにじませながら、ベッドを倒し、眠りについた。すべてをやり切った彼の顔には刻まれたような深い疲労と、やるべきことをやり切れたことに対する満足感が浮かんでいた。
そして戻ってきたプリヤは愛する夫の横に腰かけ、静かになった部屋の中で一言も発することもなく、ハンカチで彼の額を拭ってから彼が先ほど尽くした努力をほめたたえるかのように、優しくほほを撫でていた。




