第25話 死にゆく者の今2
彼は自分の体が日に日に弱っていくのを感じてはいたが、今日ほど自分が死に近づいているのを実感した日はなかった。まるで体の骨が鉛に変化してしまったかのようで、手のひらをベッドから持ち上げるのですら努力が必要なくらいだ。まだ麻酔が効いているせいか脚は動かないが、実際麻酔が切れた後に脚を動かせる自信がなかった。
少しずつ、だが確実に近づいている死の感覚を実感しながら、彼の頭に浮かぶのはプリヤのことであった。かわいいプリヤ。もう出会って40年以上の時間が経つが、いつ思い出してもであった頃が思い浮かび、その思い出の中の彼女を今の彼女の中に見出す。もちろん、彼女も自分も年老いて、しわも増えた。でも、結局彼女は昔の彼女のままで、今でもかわいらしく、愛らしく、そして誰よりも自分にとって大切なのだ。すまない、自分が先に旅立ってしまうことを許してほしい。そう思うと、瞼から一筋の涙が自然と零れ落ちた。
そして、プリヤの後には研究室にいたメンバーたちが頭に思い浮かんできた。自分に子供がいたら同じくらいの年齢であったろう大学院生たち。彼らと接している時、自分は満たされたような気持になっていた。彼らを指導しているとき、自分は得られなかった何かを手にしていたような気がしていた。そして彼らが各々道を見つけれるように手助けし、自分の元を去っていく時、自分は人を育てることのすばらしさとともに、手に入れていたものが自分のもとを去っていくことの寂寥感、そしてその喜びを感じていた。
次に頭に思い浮かんだのは来年か再来年には講師に昇進してもよさそうなスージーのことだった。彼女は非常に優秀だ。洞察力もあり、粘り強さもある。そして何よりも気持ちの素早い切り換えが得意だ。研究者として大成するだろう。願わくば、彼女をもっと指導し、自分の元を離れるまで育て上げたかったのだが。
そして最後に思い浮かんだのは兄の娘と同い年のメリーアンのことだった。彼女にオファーを出したのは正解だった。非常に優秀。融通が利かない部分があるし、天才であるが故他人が理解できない理由が理解できないため、指導能力はまだ足りないところもある。だが、それを補って余りある能力の高さだ。彼女の通っていた大学に講義に呼ばれたとき、だれよりも鋭い質問をしたのは彼女だった。数年後、学会であった時にはすでに助教になっていて、素晴らしい発表をしていた。その時から彼女には目をつけていた。前の講師が辞める際に、公募をする前に内々にオファーをしたのだが、やはりあの時の自分の目に狂いはなかったのだ。
ただ、後悔することがあるとしたら、それは今大変な思いをしている彼女達の横に立ち、サポートができないことだった。優秀ではあるが、まだまだ経験が足りない彼女達。今こそ自分が助けてあげるべきなのに。彼はそこまで考えると、思考を止め、眠りにつこうとした。消耗した体力をこれ以上使うのは得策ではないと考え、休息をとり明日からのリハビリに備えることとしたのだ。まだ自分は生きなければならない。彼らのもとに戻り、最後まで彼らを助けなければならないのだから。




