第18話 彼女の過去3
メリーアンの妹は…彼女は家族の中で少し異彩を放っていた。奔放で自由な魂の持ち主。母に似てとても美人で、そして母と違い開放的な性格。父や母が好まないような服装を好んでいて、そしてそれがとても似合っていた。また、決して頭が悪いわけではないが、常に兄や自分と比べられ、自分にできること以上の成果を求められてきていた。
小さい頃は従順であった彼女も、思春期に入るころには家族に反発していた。父もある段階で無駄だと思ったのか、家庭教師を解雇してしまい彼女を自由にさせていた。彼女は父や母の言いつけを守らず門限を守らず外を遊び歩くようなこともあったし、そのころつるんでいた友人たちはお世辞にも柄がよいとはいえなかった。兄とはそれなりに年が離れていたため表立って喧嘩をすることはなかったが、自分とはだいぶ性格が合わなかったのか、小さいころからあまり話すこともなかった。
一度、彼女の母親に対する態度を注意したときに言い返され、かなり激しい口論になったこともあった。何を言われたのかは覚えてないし、思い出したくもないが、とても傷ついた覚えがあるし、それ以降口を利くことがほとんどなくなってしまった。そして、高校を出た彼女は実家を出奔し、自分のつてで職場を探し働き始めた。もしかしたら父が裏で手をまわしたかもしれないが、父は特に家で妹のことを話題に挙げることもないし、私たちも妹から何かを聞いたことはない。
自分はこの時期大学院で忙しく、妹のことを気にしている暇はなかった。だけど兄は継続的に妹と連絡を取っていたようで、諸々の忙しさが落ち着いたころに妹と再会し、妹からの謝罪と現在に至るまでの経緯を聞いた。正直な話、幼い時は理解できていなかったが、彼女は家にいる頃は常に私たちと比べられていたわけで、ああいう態度をとることになったのはしょうがないと思っていたし、謝罪されるほど迷惑をかけられていなかった。今では彼女は彼女なりに道を見つけ、子供も生まれて幸せな家庭を築いている。実家に戻ってくることはないが、定期的に兄弟3人で会うようにしている。この前はロンドンで集まり食事をした。そこで初めて旦那さんと会ったが、IT関連企業に勤める感じの良い好青年であった。
兄や自分と違う選択を取り続けた妹、父や母の言うことに反発し続けた妹、そしてその結果幸せを手に入れた妹。そんな彼女を羨ましいとは思っていないものの、幸せそうな表情をしている彼女のことを考えると何か言葉にできない、いや言葉にしたらいけないような感情が自分の心の奥から湧き上がってくるのを感じ、考えるのをそれ以上やめるようにしている。
今、兄は家族、従業員のために常に責任を背負い、みんなの期待に応え、家業を順調に回している。妹は子供を育て、夫を愛し、自分も家計を助けながら幸せな家庭を築いている。では、自分は?自分のためにキャリアを築き上げ、自分のためにお金を稼ぎ、自分のためそれを使う。兄や妹が休日に家族と共に過ごしている間、自分は研究室でシャーレと顕微鏡、パソコンを覗いて過ごす。一体何のために自分は働いているのだろう。今自分が寝る間を惜しんで研究していることが誰かのためになっているのだろうか?それとも、このままおかしくなっていく世界をどうすることもできず、結局何の成果もだせないのではないか?そう自問自答しながら、窓の方から聞こえる雨音を子守歌に、彼女は深い眠りに落ちていった。