第17話 彼女の過去2
メリーアンの兄は生まれた時から家族の誇り、跡継ぎとしての重責を担っていた。彼は見た目が父そっくりで、いつも学業、スポーツで期待以上の成果を示し、父の信頼も厚かった。父に似て堅物なところはあるが、責任感も強く、自分や妹にもいつもやさしかった。ただ、小さい頃はともに遊んでもいたが、学校に通うようになってから兄は勉学、スポーツに忙しくあまり交流することはなかった。でも、今も兄のことは好きだし、尊敬している。時々兄の家族と食事をとることがあるが、兄の家族に向ける態度、自分に向ける態度から兄が昔と何一つ変わっていないことを感じ、うれしくなる。
そして自分はというと、兄以上に優れていたのか、学業においてきわめて優秀な成績を残し、幼いころから兄を超えるほどの才能を示した。小学校ではかなり聡明で、正直同年代の子達とは話が合わず、教員でしか相手が出来ないくらいだった。その優秀さゆえ、通常の学校では対応が難しいと判断され、教育は特別なプログラムを実施している大学の関連機関、そして父が雇った家庭教師で教育を行うこととなった。教育機関では同じような才能を持った学生たちに交じって教育を受けた。全員確かに賢く、彼らと話すことは知的欲求を満たす助けになったし、今まで生きてきて初めて対等な会話が出来たと感じた。ただ、彼らと話をして、同じ教室で行動をしていてもどこか満たされていないと感じた。
家庭教師を務めてくれたのはエリザベス・バンクロフトという40代の女性だった。確かアメリカに留学し、そこで生物学の博士号を取得、その後結婚したが旦那さんが事故でなくなり、本国に戻ってきてから教員として働いていたと聞いた。彼女は大柄な女性で、髪を頭の上にいつも結い上げていた。今になって思いだすとアメリカに行っていた割にはイギリス風な佇まいをしていたと思う。ミズ・バンクロフトとの数年間は私にとってとても大きな数年間で、この道に進んだきっかけそのものだった。彼女は博学で、頭の回転も速く私の聞いてきたことにはほとんど答えを用意してくれたし、応えられない質問には私と肩を並べていつまでも一緒に考えてくれた。冷静で、決して声を荒げることはなかったし、自分がよい質問をしたときはとても嬉しそうな笑顔で大げさにほめてくれた。大げさすぎたけれど、でも褒められるのは嬉しかった。いや、父や母はそんな風にほめてくれなかったので、正直なことを言うととても嬉しかった。私が高校に進学したときに契約を終了したけど、今でもクリスマスカードのやりとりがある。多分両親や兄弟の次に好きな人だ。
家を継ぐ、ということに関しては中学生くらいの時は自分にも可能性があると思っていた。今思うととんでもないことだけれど、その時までは自分は兄よりも優秀だと思っていたし、実際優秀だった。でも父の興味は常に兄に対して向いており、家を継ぐ判断も結局兄が選ばれることとなった。実際それで生物学の道に進む決心が出来たともいえるけど、兄の15歳の誕生日にそのことが発表されて、その日は一人部屋の中で泣いた記憶がある。
多分、元々長子が家を継ぐ伝統があるこの国で、女である私にはその道は最初から閉ざされていたのだろう。もちろん、現在も家業が順調であることと、自分もこの若さで准教授という地位が得られていることを考えると、父の判断は正しかったし、自分もそれで満足している。今こうやって大学の運営の一部をアミットの代わりに勤めているが、正直倒れてしまいそうだ。まったく同じではないが、兄がこのような類の仕事をしていると考えると、兄が行っていることの凄まじさに頭が下がる思いがするし、父には先見の明があったとしか思えない。でも、今でも時折、父に選ばれたのが私ではなくて、私よりも優秀でなかった兄だという事実が小さな刺となって自分の心に突き刺さるのを感じるのだ。