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第15話 小さな幸せ

 日本は山が多く、国土の約6割は山岳となっている。また、縦長で、周囲を海に囲まれる島国である。多くの都市はその山岳、または海に接する形で存在しているのだが、それが現在起こっている騒動では仇となった。巨大化した生物、今は怪獣の多くが海と山岳地帯から出現しているため、日本のような自然豊かな国では襲撃被害が特に多くなっているのだ。全国各地で散発的に襲撃事件が発生し、そのいずれもが自衛隊の出動を必要とした。というよりも、日本では銃器が普及していていないため、自衛隊以外では対処が出来ないのだ。

 自衛隊の最高司令官は総理大臣が担うこととなっており、以前の法律では自衛隊の出動の決定、出動中の最終判断はすべて総理大臣が下すこととなっていた。しかし現在の状況では3日に1回は自衛隊出動の要請があり、そのたびに総理大臣は行っていた業務をすべて中断し、指揮を執る羽目になっていた。そのような状況下ではまともな政権運営ができるはずもなく、現在は防衛大臣がその任を負うように特別法案が可決され、運用されていた。しかし、元々自衛隊の人数も少なく、現場での即時の判断が容易ではない運用をなされていたせいか、襲撃で生じる被害は大きくなってしまう傾向があった。今では徴兵制度の復活や自衛隊の指令系統の見直し、つまり軍隊としての再編成を考慮するような世論さえ形成され始めていた。平和だった日本は今や過去のものとなりつつあった。


 このような状況の中、健太の日常も大きく変わろうとしていた。健太が住んでいる地方都市は山岳地帯からも海からも距離があり、今のところ襲撃を受けることなかった。住人達も怯えてはいたが、いつもと変わらぬ日常を営んでいた。また、彼の勤めている企業は中小企業とはいえど大きく、また扱っている商品の性質上必要なものであり、まだ大丈夫と言えたのだが、日本のみならず世界的に景気は悪くなる一方で倒産する企業も出始めていた。彼や彼の同僚も不安を抱えながら毎日を過ごしていたが、彼はしかし、毎日が楽しかった。


 だいぶ暑さは引いてきたが、まだ30度を超える中健太はバスを降り、歩いて自宅に帰ってくる。家に着くと、由美の暖かい笑顔が健太を迎えてくれた。すでにリビングからは味噌や米と思しき良いにおいが漂ってきており、食事の準備が済んでいることがわかる。また、風呂場の手前には部屋着が置いてあり、風呂も準備されていることもわかる。会社を出る前に連絡をしたとはいえど、準備がとてもよい。出会ったころから細やかでよくいろんなことに気が付く子ではあった。だがここまで細やかに心遣いをしてもらうと、自分がこの愛情に対してちゃんと応えられているか不安になってしまう。しかし、由美は見透かしていたかのように仕事の労をねぎらい、自分が持っていたカバンを手に取り、食事ができるまで汗を流すように伝えてきた。


 二人は今から4カ月前に入籍したのだ。式は親しい人たちだけを呼んだレストランウェディングではあったが、両親、友人、恩師たちから祝福してもらえた。また、当初は悩んだが、彼女が勤めていた会社の経営状態が怪しくなっていたこと、貯えがちゃんとあることを踏まえて当面は専業主婦になってもらうこととした。それに彼女のお腹はかなり大きく膨らんでおり、それも大きな理由であった。また、その姿は健太にとってかけがえのない幸せを象徴していた。彼らの間には言葉は不要だった。一瞥、一笑い、それだけで互いの心は通じ合う。


 夜、健太はベランダに立ち、星空を仰ぎ見た。由美との絆と、これから迎える新しい家族への愛が、健太の心を支えていた。星空の下で、彼は今の日本が先の見えない暗雲に包まれていることは認識しつつも、静かに未来への希望を抱いた。


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