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第13話 スージーの過去

 スージーはいつもと違って少し前に肩を落とし歩いていくメリーアンを見ながら自分のこれまで、そして大学院進学を決めた時のことを思い出していた。


 彼女は比較的裕福な中流階級の家庭で育った。母親はアフリカ系の黒人で、父親は白人だった。母親は高校で化学の教員をしており、父親は同じ高校で歴史の教員をしていた。また、母方の祖父母と母親の仲は良好に見えたが、会うことは年に1回あるかどうかで、あまり交流がなく、母も自分も黒人のコミュニティーとのつながりがあまりなかった。一度両親にそのことを聞いてみたことがあるのだが、二人とも口数すくなく、いずれ教えるといったきり黙り込んでしまった。二人にとってあまりよくない思い出だったのであろう。今でも理由は聞いていない。

 

 父はというと、高校進学後に両親を事故でなくしており、独身の叔母の家に身を寄せて高校を卒業したらしい。叔母との関係はあまりよくなく、高校を卒業後は親の遺産を使って大学に入学、バイトをしながらなんとか大学を卒業したらしい。他に兄弟もなく、叔母は現在疎遠で私は会ったことがなかった。父は博学で、説教臭くって少し気取ったところもあったが、家族に対し誠実でやさしかった。自分にも優しく、説明上手で興味があることは何でも教えてくれた。常に冷静で怒鳴ったりすることは見たことがなかったが、時に母の気持ちを逆なでするような発言をして言い合いになり、いつも最終的に彼女に言い負かされるというか、一方的に怒鳴られていた。

 母は活発で快活、子供には厳しいところもあったが私たち目線でいろんなことを理解するのがうまいのか、わがままを言っても彼女に説得されるとなぜか納得してしまっていた。また、スポーツが得意だったのか体格がよく、父と一度大ゲンカしたときは父が部屋を舞っているのを見て子供心に彼女に逆らうことの恐ろしさを実感した。性格の違う二人だが、とても仲良く過ごしており、彼らの生活はいつも明るいものだった。今私が前向きなに過ごせているのは間違いなくこの二人のおかげだろう。今でも時々帰省するが、昔と変わらずやさしいし、二人とも仲良くやっているようで家の中はいつも明るい雰囲気に満ちている。いつ思い出しても家庭での思い出は暖かく、自然と微笑みがこぼれてしまうようなものだった。

 

 彼女自身は中学、高校では陸上短距離走をしつつ勉学にはげみ、奨学金を得て大学に進学した。中学、高校ではスポーツ、勉学ともに得意で教員からの覚えは比較的悪くなかった。明るい性格で、責任感も強く、友達に勉強を教えることや後輩への技術の指導もうまかったため友達が自然とでき、スポーツ、クラスでの関係を問わず常にみんなの中心にいた。そのため、学校では比較的楽しく過ごすことができた。大学に入るまでは時には肌の色で差別されることもあったが、友人たちもかばってくれていたし、多くはばかばかしい当てつけだったので笑い飛ばしていた。それに、本当にむかついたら本人を直接蹴り飛ばしていた。

 大学に入った後に表立ってそのような態度をとられることはなくなっていたし、もし仮にそのようなことがあればすぐに相手はなんらかの処分を受けていただろう。また、大学でも友人は多く、ボクシングを始めたこともあって女性ながらかなり威圧感もあった。また、大学では2学年上のスミス・サザーランドがチューターをしてくれた際に意気投合し、恋愛関係となった。すこし頼りないところもあったが、冷静沈着で知的な彼はスージーのタイプそのものであり、彼との関係で学生生活はとても明るいものとなった。今もその関係は続いているし、いずれ結婚することになると思っている。


 そして彼女にとっての人生の転機は大学院進学か就職かを迷っている時だった。元々生物学に興味があり、複数の教室の教授に話を聞きに行っていたのだが、アミットの教室に行ったときにはじめてメリーアンと出会った。メリーアンはその時講師としてアミットの教室で働き始め、アミットと共に深海の極限環境下で見つかった細菌のエネルギー代謝の研究を進めていた。自分が訪室したときに偶然メリーアンもいたので、三人で話をしたのだが、アミットは気さくで心優しく、メリーアンは生真面目だと感じた。他の研究室もいくつか回った末に、興味のある分野であることと、そして上司となる人間の人柄がよいことを理由にこの研究室に進学を決め、彼女は大学院を受験した。

 その後スージーはメリーアンの指導のもと、研究者としての自分を磨いていった。メリーアンの間違いなく天才肌だったため、直感的なものや説明が足りないところも多く苦労したところもあるが、それでも自分のためにしっかりと時間を割いてくれた。また、二人は年齢が近かったこともあり、だんだんと親しくなり、一緒に出かけたり、食事をするようになった。

 メリーアンは仕事をしているときは完璧な女性であったが、私生活では飾りっ気がなく、常識を知らないところもあった。プライドが高いように見えていたし、実際高いのだが以外と素直で、冗談も通じる性格だった。ただ彼女の言う冗談はとんでもなくつまらなかった。また、アミット教授の存在も大きかった。彼は気さくで、教室のメンバーひとりひとりと親しく交流し、スージーにとっても尊敬する存在だった。忙しく、直接の指導を受けたことは少ないが、自分がわからずに唸っているといつの間にか横にいて、丁寧に指導をしてくれたし、それはとてもわかりやすかった。その後、順調に修士、博士を取得することもでき、そのまま研究室に雇用されメリーアンと共に共同研究を行っていた。


 しかし、今や状況が大きく変わってしまった。アミットは体調の問題を抱え、世界は不穏な変化をまさに遂げている状況。1年前に昇進したばかりのメリーアンが教授代行として仕事をしているが、いくら優秀な彼女といえども経験が不足している。いつもは自信たっぷりな彼女も色んな会議から帰ってくるとぐったりとしている。それに、この度の騒動で二人とも、というよりもラボメンバーが全員自分の研究を進めることが出来なくなってしまっている。世界の状況を考えればそれもやむないことだし、実際現在行っているサンプルの調査だけでも自分がしていた研究よりももっと重大で、驚くべきことばかり見つかるのでよいといえばよいのかもしれない。

 ただ、今までの常識を破るような大きな変化、それらが一つ一つ発見され、公表されるにつれて彼女の中では不安がどんどん育っていった。いや、自分だけではないのであろう。初めのころはみな、新しい事実が発見されるにつれ興奮していたものだが、その内それは不安へと変化していった。一体何が世界に起きているのか、それが誰にも分らず、自分たちの行く末がどんどん不透明になっていくのを見ているようで辛かったのだ。今は新しい事実が発表されても誰も喜ぶようなことはなく、驚きと共にすぐ議論に入るのみとなってしまった。世界は一体どうなるのだろうか?


 彼女は冷めてしまったコーヒーの残りを飲み干し、タブレットに向かい、メールを処理するのだった。

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