第111話 残された者たち3
健太は読経しているお坊様を見つめながら、ただ座っていた。目に隈が出来、肌は荒れている。髭は母が剃ってくれたが、髪はぼさぼさのままだった。
由美が死んだその日から3か月。その日から今日にいたるまで、彼は死んだように過ごしてきた。2か月前に精神科でうつ病という診断を受け、薬を飲むようになり、そのおかげか、1か月ほど前からある程度動くことが出来るようになった。そして今日になってやっと彼女の葬式を開くことが出来たのだ。
あの巨大な鳥の怪獣に連れ去られ、死体の見つからなかった彼女。今はその遺影を前にお経をあげてもらい、焼香をすることになっていた。参列者は家族と近しい親友だけ。こんな状況だし、自分もわざわざ多くの人を呼ぶ余裕がなかった。向こうからはお兄さんが2人、お母さん、こちらからは自分と隼人、両親だけでこじんまりと弔いをすることになった。
由美の家族が話しかけてくる。自分でもちゃんと返答はできていたと思うが、何を話していたかの記憶は定かではない。彼らが去った後、両親に促されて席を立ち、会館を後にする。父が運転する車に乗り、一路家まで向かった。
この2か月の記憶がほとんどない。ただただ毎日が過ぎていき、朝も昼もよくわからなかった。今はある程度自分の状況が分かってきたが、頭がはっきりとしてくるにつれて心の奥底から浮かび上がってくるのはすさまじい後悔だった。
あれだけ守ると誓った由美、あれだけ大切にすると誓った隼人。由美は守れず、隼人はこの数カ月ほったらかし。父も母も何も言わないが、自分のことを情けないと思っているはずだ。愛する人を守れないばかりか、生き残った息子を育てることもできない。情けない。
これも今まで何もかも適当にやってきたツケなのだろうか?小さいころから何でも、やっている内に伸び悩むと自分には才能がないと言ってあきらめてきた。でも今思うと、いや、昔でもわかっていたけど、そこを乗り越えるくらいの血のにじむ努力をするべきではなかっただろうか?伸び悩んだことを諦める理由にしてただけではないのか?だから、だからあの時、彼女の後ろから怪獣が迫っていたときに、彼女まで届かなかったのではないか?そう思ってしまう。冷静に考えればそんなことはなく、誰だってあの時彼女を救うことが出来なかったのはわかるのだが、そう考え始めると止まらなくなり、頭の中がぐちゃぐちゃになり、その内何も考えられなくなってしまう。
いなくなってしまいたい。そう思う事もあった。だが、そう思うと由美と隼人の顔が浮かび、そうすることもできなくなってしまう。苦しい。逃げることもできないし、でも進むこともできない。自分の頭の中に地獄があるみたいだ。
心を病み、今だにあの日のことを思い出し続ける健太は自分で作りだした地獄の中にいた。彼は外の世界で作られつつある地獄を忘れ、自分の思考にとらわれ自己を閉ざしていた。
だが、彼はまだここから本当の地獄が始まるということを知らなかったのだ。