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第106話 愛を知った女の最後

 藤崎由美は嘘つきな女だった。自分でやりたいこともないのに、親に押し付けられたことを理由に自分は自由を奪われた人間だと思い込み、自発性のなさを他人のせいにしてきた。激怒する父親を見て冷めてしまったのも嘘だ。ただただ怒る父親と庇ってくれない母親が恐ろしく、心を殺しただけだった。ただそんな自分が情けなくて、適当な理由を後ででっち上げただけだ。


 藤崎由美は卑怯な女だった。男に寄生し、猫なで声で媚びるしかない母を嫌っていたが、彼女自身も同じことをしていた。健太に寄生し、優しくすることで彼の行動をコントロールして、自分が幸せになれるように動かそうとしていた。


 藤崎由美は哀れな女だった。父には失望され、母には無視され、兄たちは彼女を気に掛ける余裕がなく、ただただ他人に期待されることなく生きてきた。そうして出来上がった彼女の心の真ん中には穴が開き、そこに自分の感情が流れ込んでいってしまう。何もかもが楽しく感じられなくて、人生そのものが無味無臭に感じて、やる気がでない。彼女の人生そのものが無限の穴に落下していく途中のようなものであった。


 だが、今ここにいる大杉由美は全くの別人であった。愛する人をいつくしみ、その人のことを心から気にかけ、自分の命を投げ出すこともいとわなくなっていた。彼女は空虚な自分の心の穴からこれほどの愛情があふれてくることに驚いていた。たった半日前に、揺れるビルの上であの子の笑顔を見た時から、そして自分たちを助けに来てくれた健太を見た時から、彼女は生まれ変わったのだ。今までの人生は本当につらくてつまらなかったけど、2人に出会えたことで帳消しどころかおつりが付いてくるくらいだと思えた。

 本当に、2人に出会えてよかった。そう彼女は心の底から思っていた。


 そして、今死にかけている彼女は、自分の胸から生えている血まみれの巨大な突起と、数m下で隼人を抱えている健太を見つめていた。大きく目を見開き、とめどなく涙を流しているのが見える。もう痛みは感じないし、とても眠い。だが、最後に、愛する彼に感謝を伝えなければいけない。ピクリとも動かない四肢はどうでもいい。鉛のように思い顔を上げ、彼の眼を見つめ、出来るだけ優しい微笑みを作り、彼女は口を頑張って動かす。声なんて出せないけど、口だけはなんとか動かせた。


 そうして、彼女は彼に最後の言葉を伝えた。


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