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第48話 サキーユ・クイン②

「くるしい……。重力はわたくしの魔法なのに、どうやって……」


「おまえは重力に逆らわずに空を飛んできたんだろうが、俺は重力に逆らって空を飛んできた。それが答えだ」


 空気でサキーユを地面に押さえつけているのだ。

 このまま押し潰してしまうことはできるが、そんなことはしない。


「……わたくしの負けですわ。殺しなさい。殺したければ殺せばいいわ」


「おいおい、俺の言ったことをもう忘れたのか? 絶望してそんなことを言っているのなら勘違いがすぎるぜ。おまえが絶望するのはこれからだ。おまえは簡単には死ねないぜ。キーラのやられた分をやり返されて、マーリンをさらった罪を相応の苦痛で(つぐな)って、さらには魔導師のくせにマジックイーターに加担した理由を吐くまで拷問されるんだ」


 死ぬのはよくても苦しむのは嫌らしい。身動きひとつできないながらに必死でもがきはじめた。飢えた野生が血眼(ちまなこ)で得物を追いまわすような形相で、その熱意を逃亡へとすべてつぎ込んでいるようだ。

 だが空気の毛布は重すぎて指を持ち上げることすら叶わない。


「そんなに空が恋しいか?」


 俺はククッと笑ってみせて、サキーユを開放した。直後、サキーユを空気の薄膜で包み込み、天高くへと飛ばした。

 それを俺自身も追いかけ、周りこみ、上昇してくる彼女の腹に右(ひじ)を打ち下ろした。


「うぐぅ!」


 サキーユは落下を始める。

 自由落下というのは空気抵抗の影響を受けるため、ある程度の速度に到達すると加速しなくなる。雨に撃たれてもそれほど痛くないのはそういうことだ。

 しかし俺は物理法則による甘えを許さない。再び空気の膜で彼女を覆い、落下速度を速める。


「ひぃいいいいっ!」


 サキーユを仰向けからうつ伏せになるようひっくり返し、急減速させて地面すれすれで止める。

 ハーティにもやったが、やはり効果テキメンだ。重力という自然の摂理に反した動きを強要され、同時に死の恐怖を与えられるというのはたまらなく恐ろしいらしい。


「さて、次の一周」


「待って! 話す。話すから!」


「話す? 何を?」


「わたくしがマジックイーターに加担している理由。だから……」


「そうだな。それを吐くなら拷問の分は不要になるわけだ。聞いてやろう」


 サキーユは一度喉を鳴らし、息を整えてから語りはじめた。


「わたくしがマジックイーターの一味に加担しているのは、世界がいずれマジックイーターに支配されるからですわ。第三皇妃であるわたくしや大臣がマジックイーターであることからも分かるように、帝国がマジックイーターに完全に乗っ取られるのも時間の問題。帝国を乗っ取ってしまえば、世界に戦争をしかけても対等以上に渡り合えるでしょう。いちばん障害になるのは魔導学院の精鋭魔導師ですけれど、それについても対策を講じているようですわ。それがいかなるものかは、わたくしには知らされていませんけれど」


「組織の規模はどれくらいだ?」


「それは計り知れませんわ。マジックイーターたちは世界中に暗躍しておりますの。でも幹部はあなたが殺したミスター・ローグとわたくしを除けば残り三人ですわ」


 ミスター・ローグというのはローグ学園の理事長のことだろう。


「残り三人の幹部について、詳細に教えろ」


「ナンバースリーは帝国の大臣ですわ。マーリンを連れ去った男。ナンバーツーとボスについてはわたくしも知りませんわ。幹部といえどもわたくしは魔導師ですから、完全には信用されておりませんの。本当ですわよ」


 サキーユが恐怖に満ちた瞳で見上げてくる。

 ペラペラとマジックイーターについて語っている間はあの恐怖を味わわずに済んだ。しかし話すことがなくなったいま、彼女を守るものは何もない。

 生を(あきら)めることが絶望だなんて、それがいかに生ぬるい感覚であるかを思い知らせることができただろう。


「まあまあの情報だった。真偽のほどはマーリンを取り返して確かめるとしよう。おい、行っていいぞ」


 半分は期待していたのだろう。嬉しそうにしてすぐに俺に背を向けた。

 四つん這いで少し前進した後にフラフラと立ち上がり、数歩あるいて浮き上がった。

 重力を制御して空をゆらゆらと飛んでいく。


 そして俺も飛び、再びサキーユの正面へ陣取って並飛行する。


「安心したか?」


「――ッ⁉」


「行っていいとは言ったが、追いかけないとは言ってないぜ」


「そんな……」


 驚愕に目を見開いていたサキーユは、(よみがえ)る絶望に涙し、その瞳のかすかな光を失った。


「たしかに拷問は不要になったが、キーラの分の仕返しと、マーリンをさらった分の裁きと、俺を殺そうとしたことへの報復が残っているからな」


「増えていますわ!」


「増やしたのはおまえだろう?」


「…………」


 サキーユを空気で捕まえて再び地面スレスレまで急降下させ、静止させる。

 拘束から解き放つと、うつ伏せに倒れたまま、嗚咽(おえつ)と涙をこぼす。そんなサキーユの隣に立ち、俺は彼女を見下ろした。


「次は……次は何をする気?」


「そういや、キーラは髪の毛を切られていたっけなぁ。顔もボコボコにされていたよなぁ」


「切りたいなら切りなさい。殴りたければ殴ればいいわよ!」


「いいや、そんなことはしないさ。別の方法で等価になるくらいの仕打ちをするからな。ああ、でもどれくらいで等価になるか分からないから、やりすぎるかもなぁ」


 サキーユは這うように浮き上がり、飛んで逃げはじめる。


「た、助けて……。何でも、するから……」


 彼女の飛行は遅い。高度も低い。魔法を使う気力もほとんど残っていない。歩いてでも追いつける。

 宙を(ただよ)う彼女の隣に、俺は寄り添うように歩いた。


「何でも? 本当に何でもするのか? でもなぁ、おまえが何でもしなくても、俺が何でもできるからなぁ。だからさぁ、言われて何でもするんじゃなくてさ、おまえが俺のためにできることを考えて、自発的に何でも行動してくれよ。そうするなら、おまえの罪を一つ許してやる」


「分かった。分かりましたわ。そうします」


 サキーユの顔は涙でぐちゃぐちゃだった。この世のすべての恐怖が自分に降りかかっているとでも思っていそうな顔だ。


「じゃあ選べ。キーラをボコボコにしたこと、マーリンを連れ去ったこと、俺を殺そうとしたこと、その三つのうちどれを許してほしい?」


「キーラさんのこと」


 サキーユは迷わずそう言った。さっきの脅しが効いているのだろう。


「いいだろう。キーラのことは許してやる。だが残念だなぁ。三つのうちでいちばん軽いやつを選んじまったなぁ」


 サキーユの顔がひきつり、再び目に涙を浮かべた。


「ゲスが!」


「ああ、それ正解。俺の名前、ゲス・エストっていうんだ。ま、悪辣(あくらつ)って意味でも正解だけどな」


 サキーユの飛行速度がわずかに上がった。高度もしだいに上がっていく。俺も合わせて空へ上がる。


「おいおい。さっき、俺のために自発的に何でもするって言っていたじゃないか。逃亡は俺の手間を取らせることになるわけだが、キーラの仕返しをチャラにした分は返上するんだな?」


 サキーユの前進が止まった。ゆっくりと地上に降りていく。

 一瞬、悔しそうな顔をしたが、もはやすべてを諦めた様子で、地べたに膝を着いて目を閉じた。


「何なりと……処罰してください……」


「そう、そうでなくっちゃね。ああ、でも俺はさ、人に(あだ)をなしておいて報復を受ける人間を見るのが大好きなんだよ。身から出た(さび)。自業自得ってやつ。滅茶苦茶ひどい目に遭うけれど、全部自分のせいってやつ。だからさ、やっぱり逃げてくれる? 追いかけるから」


 サキーユにもはや感情はないように思えた。

 しかし知っている。表に出てこないだけで、体の内側に悔恨(かいこん)怨嗟(えんさ)と恐怖と絶望が無尽蔵(むじんぞう)に生み出されつづけている。


 サキーユがゆらゆらと宙に浮く。俺が逃げろと言ったのだ。やる気のない逃走姿勢では許されない。だからサキーユも必死に飛ぶ。逃げるためではなく、許されるために。


 俺はサキーユの背に乗った。降下しかけたが、もち直して飛んでいる。

 空気で上から圧をかけ、地面に落とす。前進が止まるが、空気を操作して無理矢理前進させた。サキーユを地面に押しつけたまま滑らせる。オフロードバイクみたいに土煙を上げながら数メートル前進した。


「これくらいでいいかな。ほら、もう行っていいぞ」


 何度目になるだろう。うんざりするほどの繰り返しだ。サキーユはふらつく足取りで走る。歩くよりも遅く走り、ゆっくりと宙へ浮き上がる。ゆっくり加速し、加速するからゆっくりじゃない速度になる。

 そういう段階的な挙動で、ようやくサキーユの飛行は帝国へ向けての平常な運行へと到達した。


「よお」


 俺は一瞬にして、またしてもサキーユの正面に陣取った。


「さっき、これくらいでいいかなって言ったじゃない!」


「それはヘッドスライディングの距離の話だ。さて、あと何回追いかけようかなぁ」


 サキーユの(ひたい)を指で弾く。サキーユが飛んできた方向へ戻されるように飛ばされる。

 必死に帝国領への距離を縮めていたのに、あっけなく離されてしまう。

 その絶望はいかほどか。きっと俺の想像を絶するものだろう。

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