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第259話 カケララ戦‐シミアン王国⑥

 若干ではあるが、カケララの表情に焦りの色が見えるのは確かだった。


「カケララさん、あなた、意外と優しいのね。私が悔いのないよう取り計らってくれた上に、願いを聞き入れてくれるですって?」


 ミューイがカケララにこういう軽口を叩くことで、(しゃく)(さわ)るからとカケララがミューイをあっさり殺す。苦しまずに済むためのミューイの作戦。そう思わせて、逆にミューイをいたぶり、なぶり殺そうと思わせようという逆張りだった。

 効果があるかどうかは分からないが、少しでも生存時間を延ばすことで、奇跡にも近い勝機を拾う機会を増やしたかった。


「挑発しても無駄。楽には死なせない」


 ミューイの意図はカケララの意思にはまったくの無関係だった。幸いといえるかどうか微妙だが、すぐに殺されはしないらしい。


 しかし、一つだけ確かに幸いなことがある。

 ミューイの口上は結果的に彼女の勝利の可能性をわずかに引き上げた。彼女がいまの決意をするのには、並々ならぬ覚悟を要したからだ。


「…………」


「…………」


 ミューイはカケララがいつ襲ってくるかと身構えていたが、意外にもカケララがすぐに手を出してこなかった。というよりは、手をこまねいている。

 そしてそこでミューイは初めて気づく。自分から白いオーラが出ていることに。


「あなた、もしかして……」


 カケララは無表情で(まゆ)一つ動かさない。いっさいの感情が読み取れない完璧なポーカーフェイス。

 だが、それゆえにミューイは確信した。

 感情豊かに人の狂気を煽り散らすカケララが、(がら)になくポーカーフェイスをしているという事実。それはカケララが自分の反応を隠さなければならない状況ということだ。


 一方で、いまの状況がカケララにとって危機的なものであるとはとうてい思えない。それなのにこの慎重な対応を見せているのはなぜか。


「なるほど。大失態ね、カケララ。これは絶対に持ち帰らせてもらう」


 カケララの弱点は、すなわちカケラの弱点でもある。少なくともその可能性はある。カケララはカケラの一部みたいなもので、どちらも同じ狂気という概念の申し子なのだから。


「よりにもよって音の操作型の魔導師に気づかれるとは。でも、発生型じゃなくて幸いだった」


 カケララの気配が変わった。

 彼女から放射される殺意は純粋な殺意だった。標的を(もてあそ)ぼうという狂気の成分があまり感じられない。音の魔法を使う暇を与えず殺そうというのだ。


「死ね!」


 カケララの鋭い爪が紅い残光を残しながらミューイに振り下ろされる。白いオーラをまとっていてもお構いなしだ。

 ミューイはとっさに上体を傾けてそれをかわそうとした。しかしカケララの動きは速く、ミューイの右肩から血が噴き出し、右腕が宙を舞った。


「あああああああああっ!」


 ミューイは思わず悲鳴をあげた。右肩が熱い。

 この状況になると、ミューイでも少しだけ未来が分かる。ほんの一瞬の未来では、激痛に襲われ、涙を散らしながら(もだ)え苦しむのだ。


 しかしミューイは刹那の思考で、冷静な判断をした。

 痛みが自分を支配してしまうその前に、自分の悲鳴をカケラの弱点を伝えるメッセージへと変換し、遠くゲス・エストのいる場所へと飛ばす。


「させない!」


 さっきは頭に血が昇って未来の声を聞く前に襲いかかったカケララだったが、今度は的確にミューイの魔法を察知した。

 ミューイの視線がカケララではなく、遠く魔導学院の方角に向けられていることを見逃さなかった。

 カケララが宙に向かって拳を振り抜く。


「――ッ!?」


 カケララの拳から発せられた音速以上の衝撃波が、ミューイが操作した音の波にぶつかり、そのまま飲み込んでかき消してしまった。

 カケララの視線はジッとミューイの顔に(そそ)がれていた。


「しまった……」


 カケララはミューイの表情でメッセージの位置を把握したのだ。未来のカケララがミューイの視線上のいろんな方向に衝撃波を放ち、ミューイの表情が暗くなる未来のカケララが声を届けたというわけだ。

 もしここでミューイがカケララのように完璧なポーカーフェイスを貫けていたら、ゲス・エストにカケラの弱点を届けられたかもしれない。


「うっ、うぐっ、ああ……」


 ミューイは遅れて襲ってきた失腕の痛みを(こら)えようとするが、若き少女に耐えられる代物ではなかった。純粋な痛みで涙が止まらない。


「もう油断はしない」


 カケララが再びミューイに向かって五指の鋭い爪を振りかざす。


「誰か……助けて……」


 ミューイがそうつぶやきながら思い浮かべたのはゲス・エストの顔だった。

 だが、首を振ってその思考を振り払った。


(そうじゃない。今度は自分が助けなきゃいけないんだ。彼はカケララの何倍も危ない相手と戦っている。カケララを倒して、早く自分も駆けつけなきゃ……)


 ミューイの体から白いオーラがあふれ出す。カケララが一瞬怯んだその隙に、音の魔法でメッセージを飛ばす。

 音速といえど遠方に飛ばすのはカケララに邪魔される。だから飛ばした先は近くにいる騎士団長だ。

 声を張れば聞こえる距離だが、ミューイにはもはや叫ぶ体力はないし、そうでなくても放心状態の彼には届かない。

 だから魔法で強く彼の鼓膜を揺さぶり、無理やりにでも意識を表にひっぱりだすのだ。


「使命をまっとうせよ、王立魔導騎士団長メルブラン・エンテルト!」


 体勢を建て直したカケララが再び紅い五爪を振り上げた。

 ミューイからは白いオーラが出ているが、少し嫌そうな顔をするだけで、狂気がもう止まることはない。


 ミューイは気丈にも顔を上げたまま動かない。肩の痛みで動けないが、動く気もない。

 そして彼女の信じたとおり、王立魔導騎士団長が飛び込んできた。


「女王陛下をお護りするのは、この私だ!」


 彼はカケララの爪を左腕で受けとめた。

 付与の魔法により騎士服に絶対非破壊と絶対軌道を付与することで、狂気の爪に切り裂かれず、力ずくで押し込まれもしない防御を得ている。


「忘れたの? どんなに防御しても恐怖は防げないのよ!」


 カケララが騎士団長に狂気を流し込むべく睨みつける。

 しかし、彼はカケララの瞳を真っ向から睨み返した。


「分かっていますよ。私はあなたがとても怖い。でも、私の感情が私の使命より優先されるわけないでしょうが!」


 ミューイだけではない。メルブラン・エンテルトからも白いオーラがあふれ出している。

 自分が守護すべき(あるじ)が一人で戦っているのを見て、王立魔導騎士団としての自分の不甲斐なさを(かえり)みた。

 どんな(いまし)めでも――それが狂気だとしても――受けとめる覚悟をした。

 もちろん、それはとても勇気のいることで、その勇気の大きさが彼の白いオーラの量となって現われている。


 カケララは二人の白いオーラに気圧(けお)され、思わず後ずさった。


「だったら生き埋めにでもなりなさい!」


 カケララは振り上げていた手を握り絞め、それを地面に強く打ちつけた。

 すると聞いたこともないようなすさまじい轟音が空間を震わせ、地面を揺らした。


「え、うそ……」


 地面が割れている。裂け目は底の見えない深さ。その亀裂は亀甲(きっこう)模様状にいくつもの分岐をしていくつかの離れ小島を作った。

 それからミューイとメルブランが乗った島が崩れ落ち、ミューイと騎士団長は真っ逆さまに落下する。


「服に自在飛行を付与する!」


 メルブランは自身の騎士服に飛行能力を付与し、ミューイを抱えて上昇を試みた。

 それを予知していたカケララはすでに次の一手を打っていた。


 崖となった地面の端を殴り、二人の頭上に大量の岩石を振らせる。騎士団長がそれを一生懸命にかわしている隙に、カケララが二つの島の地面に手を突き刺し、それらを腕力で引き寄せる。


「これは……無理だ……」


 左右から迫り来る絶壁。

 地上はまだだいぶ高い位置にある。このままでは三秒もしないうちに潰される。

 だが騎士団長は動けなかった。いくつかある行動の選択肢から適切なものと思える一つを選びきれなかった。


 壁は迫る。

 三、二、一……。

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