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第232話 追う風

 リーズ・リッヒは、キーラ・ヌアがエストに負け、寮に向かって走っていった後、しばらく迷ってから腹を決めて彼女を追いかけた。


 (あかつき)寮、キーラの部屋の前まできて扉をノックしようとしたとき、中から大きな泣き声が聞こえて手を止めた。

 キーラが落ち着くのを待ったが、いつまで立っても泣きつづけるので、リーズは(あきら)めて自室へ戻ることにした。


 リーズはシャワーを浴び、食事を済ませると、ベッドに横になり布団を抱きしめて顔を(うず)めた。

 キーラが告白をしたことは知っている。その答えがどうだったかは聞くまでもない。

 それはリーズにとっても他人事ではなかった。


「はあ……」


 リーズは自己嫌悪に(おちい)っていた。

 もしもキーラが告白に成功していたら自分が失恋したことになる。だからキーラがフラれてホッとしている自分がいた。

 しかし大切な友人が泣いて安心するなんて最低ではないか。


「大切な、友人か……」


 思えばエストと出会う前のころは、リーズとキーラは仲がいいとは言えなかった。むしろ仲は悪かった。

 当然ながら友人などではなかった。

 リーズとシャイルが犬猿の仲で、シャイルの親友であるキーラは必然的にリーズを敵視していた。シャイルよりもズバズバとはっきり言うキーラは、リーズにとってシャイル以上の厄介者だった。


 しかし、ゲス・エストと関わる中でそれは(やわ)らいでいき、いまとなってはキーラはいちばん身近な仲間となった。

 きっとゲス・エストがキーラとは比べ物にならないほど無粋だったからだ。リーズの嫌いな人物ランキングをダントツで更新、かと思えば人生最大の危機から助けてくれたりと、ゲス・エストという男はリーズの心を嵐のようにかき乱した。

 リーズのエストに対して抱く感情は、嫌いと好きの振れ幅が大きかった。きっとそのせいだと思うのだが、最終的に好きの方向へと大きく振りきってしまった。


「駄目……ですわよね……」


 リーズがナイーブになっているのは、自己嫌悪のせいだけではない。

 たとえキーラのことが大嫌いだったとしても、彼女がフラれたことは純粋に安心はできない。なぜなら、リーズは心のどこかでキーラに負けているということを自覚していたからだ。

 つまり、キーラがフラれるならば、自分もフラれる可能性が高い。


「ああ、もう。どうすればいいんですの……」


 結局、自分に勝ち目はなかった。

 リーズにとってキーラはライバルだが、キーラが白いオーラを頻繁に出すようになって、想いの強さで負けていることを思い知らされた。

 魔法の実力においても少しずつ差が開いてきて、最終的に四天魔の第二位と第四位という(へだ)たりができた。

 恋のライバルでない人間が間に一人いるというのはかなり大きい。



 リーズは気づくと生徒会室にいた。

 普段なら気づかないことだが、今回はこれが夢の中だと気づいた。

 応接用のソファーで姉のルーレ・リッヒと向かい合って座っている。


「強くなったわね。あなたに負ける日が来るんて」


「でもギリギリでしたわ。もし三回勝負だったら、お姉さまにはきっと勝てませんわ」


 リーズは姉のルーレを尊敬している。それは魔法勝負で勝ったいまも変わらない。

 凛とした騎士のような(たたず)まいは永遠にリーズの憧れだ。


「それでいいのです。イーターとの戦いや他国との戦争では常に本番の一回勝負しかないのですから。それにしても、ここまで強くなるなんて、あなたは何を目標にして修練しているの?」


「エアさん……、いえ、エストさんですわ」


「ゲス・エスト、ね……。私も一度だけ彼と戦ったことがあるけれど、はっきりいって彼はバケモノだわ。私は彼には絶対に勝てない」


「お姉様がそこまで言うところは初めて聞きましたわ」


「ええ。だって、彼はとんでもないスピードで成長していくんだもの。戦いはじめたとき、私は彼を脅威には感じなかったし、いつもどおりに自分の任務をこなすだけだと思っていたわ。けれど、時間をかければかけるほど私に残された有効な選択肢がなくなっていくの。最後には手も足も出なくなっていた」


 それはエストの近くで彼の戦いを何度も見たリーズにも理解できることだった。

 ゲス・エストは最初は互角の戦いをしたりするのだが、ごく短時間のうちに相手を圧倒するまでに強くなる。

 その成長スピードはずっと維持されていて、その結果がいまの状態を作っている。

 魔導学院の四天魔を倒し、リオン帝国の五護臣を倒し、魔導師の世界最強の三人と呼ばれるE3(エラースリー)をも倒し、伝説のイーターであるアークドラゴンや、最強のイーターとなったドクター・シータも倒し、マジックイーター頭目のエース大統領や、最強の魔術師エアにも勝った。

 もはや敵なし。魔導師、イーター、魔術師、いずれも彼に勝てる存在はない。真なる最強となった。


 ただ、そんな彼が脅威と見なして世界を巻き込み準備している相手がいる。


 紅い狂気。


 彼にそこまでの畏怖を抱かせる存在。

 この世界の(ことわり)から完全に外れた存在。

 神の世界から落ちてきた残渣(ざんさ)


「お姉様、わたくしたちは決戦でお役に立てるのでしょうか?」


「あら、あなたの目標はゲス・エストではなかったの? だったら、自分が戦いを勝利に導くくらいの気概でなければとうてい届かないのではなくて?」


「そう……ですわね……」


 たしかにそうだ。それくらいでなければ、彼が振り向いてくれることなんて決してないだろう。

 キーラに対してもそうだ。諦めたら差が開くだけ。差を縮める? 否、彼女を追い抜いて、その先にいる目標に手を伸ばすのだ。



 リーズは気づくとキーラの部屋の前にいた。一つの夢が終わって、次の夢に移ったらしい。

 時はキーラがエストに負けた後。たしかノックをしようとしたらキーラの泣く声が聞こえて引き返したのだったが、今度は部屋の中から声がしない。

 リーズは今度こそ扉をノックした。


「誰?」


「リーズですわ」


 ガチャリと扉が開かれ、リーズはキーラの部屋に招き入れられた。

 リーズが小卓の前に腰を下ろすと、キーラはベッドに腰掛けて両手で上体を支えた。


「キーラさん、その……心中お察ししますわ。残念でしたわね」


 キーラはあっけらかんとしていた。もっと落ち込んでいると思っていたので、肩透かしをくらった気分だ。

 もっとも、このキーラはあくまでリーズの夢の中のキーラではあるが。


「エストったら、意外と一途で笑っちゃうわよね。世界王なんだから、一夫多妻みたいなこともできるはずなのに」


「でも、その条件下で断られたら目も当てられませんわね」


「たしかに」


 キーラは笑った。リーズも笑う。

 もしかしたら、そんな残酷な線引きをしないために一途に見せているのかもしれない。

 そんなことを考えたが、さすがにそれは考えすぎだろう。もはや妄想の域だ。


「いつまでもウジウジしていられないわ。シャイルを取り戻さなきゃいけないんだから」


 キーラはもう前を向いていた。

 決戦の時は近い。いつまでも感傷に浸っているわけにはいかない。

 本当はゲス・エストに認めてもらうために修練を重ねて強くなったのだが、決戦で戦力となり彼の役に立てるのなら本望だ。というか、その活躍いかんによっては彼の気持ちも移ろう可能性だってなくはない。

 なんにせよ、決戦で勝たなければ地獄しかない。


「ええ、必ず勝ちましょう」


 夢の中ながら、リーズもようやく覚悟が決まったのだった。

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