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第215話 機工巨人

 部屋のサイズが二倍になって超大部屋になり、立方体だった部屋が直方体になった。

 大部屋の奥には巨大な鎧が直立している。丈は三階建てのビルくらいあるだろう。

 その鎧は全体的に丸みを帯びたフォルムで、藍色に金縁のパーツが連なって装甲をなしている。

 目の部分は横一文字に穴が開いていて、そこから見える鎧の中身は空っぽだった。しかし、そこに赤い発光体が二つ現れて兜の目になった。


 これが第一の試練、機工巨人。


 俺は制裁モードを発動した。柔剛を兼ね備えた空気鎧をまとう執行モードの上から、第二層目の巨大な空気の鎧をまとう。

 目には見えないが、俺は機工巨人と同等の大きさの巨人と化している。


「来るよ、気をつけて!」


 機工巨人はまっすぐこちらへ走ってくる。一歩が大きく、あっという間に距離を詰められるが、その動作自体はそんなに速いわけではない。

 得物はなく、攻撃方法は拳による殴打だ。


 俺も空気巨鎧の拳を敵の拳に合わせるようにしてぶつける。

 いまの俺なら空気で鉄板に穴を開けられるくらいの操作力がある。相手が鋼鉄の巨人だろうと負けはしない。


「え?」


 空気の巨大鎧が弾けた。魔法を消すとかリンクを切るとか、そういう(たぐい)の現象ではない。一方的に鉄の塊が突撃してくる。そこに何があっても関係なく突き進む掘削マシンみたいに、純粋に圧倒的なパワーで俺の空気鎧を破壊して、機工巨人の巨大な拳による右ストレートがそのまま俺へと向かってくる。


「うわぁああっ!」


 かわせない。機工巨人が速くないといっても、繰り出される拳は子供のパンチくらいには速い。

 俺の体は第二層の空気が弾け飛んでも第一層の空気鎧に包まれているが、機工巨人の拳を正面から受けて、後方へ押し込まれるように壁へと向かう。

 このまま壁に挟まれたら圧死する。


「エア!」


 いよいよ壁が迫ったところで、壁にできた影の黒が濃く染まってワープホールへと変わった。

 ワープホールはちょうど俺の体が入る大きさなので俺だけがワープして機工巨人の拳は壁を叩いた。


「悪い。助かっ……」


「エスト!」


 別の位置の壁に出現したワープホールから出た俺は、慣性で後ろ向きに飛ばされているが、その勢いを殺そうと減速しているところで横から巨大な影が迫ってきた。

 機工巨人の左の裏拳が飛んできたのだ。俺はその直撃を受け、壁まで飛ばされて背中を強く打った。

 執行モードの空気鎧があったから致命傷には至らなかったが、衝撃で執行モードも弾け飛んで大ダメージを受けた。

 空気の鎧の中身は生身の人間なのだ。どんなに頑強な鎧を着ていたとしても、高速で飛ばされたり、何かにぶつかったりしたら衝撃は受ける。


「くっそ……」


 体が動かない。痛みが体を動かしたがらないのかと思ったが、無理やりに体を動かそうとしても動かなかった。


「エスト、大丈夫?」


「ヤバイ。これ、ガチでヤバイやつ」


「私が引きつける」


 エアが機工巨人に近づいていく。


「よせ、近づくな!」


「段階的自己強化を使っている。いまは8くらいまでギアが上がっているから」


 自己強化……、ジム・アクティの魔法か。

 種類でいえばあれも概念種。応用力さえあればいくらでも化ける魔法だ。

 いまのエアは強化に時間をかける代わりに際限なく強くなれる技を使っている。体の丈夫さだけでなく、腕力やスピード、動体視力、魔法の力と何でも強くなる。


 エアは機工巨人の右ストレートをかわし、左のアッパーも避けたが、そこに機工巨人の両目から極太の赤い光線が放たれた。

 エアは自分の体に投影した影を伸ばして前面に展開したが、不意の攻撃にワープホール化が間に合わなかったらしく、ただの黒い板で光線を受けることになった。

 半端な魔法で貫かれなかったのは上等だが、黒い板ごとすごいスピードで飛ばされて背中から床に激突した。

 機工巨人は左足を上げ、容赦なく追撃の踏みつけを繰り出す。


「エア!」


 俺は意識を失っているエアを空気で包み込み、高速で床上を走らせた。

 ギリギリ機工巨人の足をかわしたが、俺にできるのはそこまでだった。

 俺のほうも背中の激痛で視界が白く(かす)んでいた。空間把握モードを展開できる精神状態ではないし、視覚がまともに機能しなければ魔法も使えない。


「くそっ、出し惜しみしている場合じゃないな」


 俺は神器・天使のミトンを右手にはめた。

 このミトンでさすった回数に応じて怪我や疲労は回復し、五さすりで全快する。ただし、一日に効果があるのは五さすり分までだ。さする場所は関係なく、服越しだろうが、どこかしらをさすりさえすれば体の傷は()える。

 ひとまず全快すべきと考え、俺はミトンで腹を三回さすった。しかし全快には至らないと判断してもう一回さすった。


「あー、もう!」


 いきなり四さすり分も使ってしまった。残りは一さすり分だけだし、それを使ったとしても、瀕死から全快になるまでの五分の一程度しか回復しない。


 俺はとにかく空間把握モードを展開してぐったりしたエアを空気で包みなおした。

 機工巨人から遠ざけると、機工巨人は俺の方を向いた。どうやら距離の近い者を優先して狙うらしい。


 さて、どうやって倒すか。

 さっきの土人形みたいにムニキスで斬りつけたら倒せるだろうか。というより、それしか思いつかない。

 ただ、もしムニキスで勝てるとしても、機工巨人に近づくのはかなり危険だ。ムニキスは直接持っていなければ効果が出ないので、空気で飛ばしても意味がない。


 さて、どうやって近づいたものか。

 さっき攻撃を受けた感覚からして、機工巨人の動作はいかなる抵抗も受けつけない。特定の位置に移動しようとすれば、必ずそこへ到達し、途中にある障害物は無理やりに排除される。

 もしも鋼鉄の塊を踏ませたら、おそらく鉄は極限まで押し潰されて極薄の板になるだろう。いや、ゲルみたいにぜんぶ足の横側から出てくるかもしれない。

 よって、いちばん気をつけなければならない攻撃は掴み攻撃だ。(あらが)いようがなく潰されて即死する。

 もちろん、拳と壁に挟まれても駄目だ。この部屋の壁は機工巨人と同等の硬さを有している。

 機工巨人は完全圧殺マシンだ。


「執行モード!」


 俺は柔剛の空気で自分を包み込み、宙へ浮いた。

 さっきの土人形と同じなら、体のどこかにムニキスの刃を当てれば勝ちだ。拳で攻撃してきたところをかわして斬りつけるのが最善手。

 俺は機工巨人の初手を体勢を崩さずに避けるべく集中した。


「行くぞ!」


 俺は機工巨人に向かってまっすぐ高速で飛んだ。

 並々ならぬ反射神経と集中力が求められるが、スピードを出していたほうが攻撃をかわしやすい。


 機工巨人は左手で拳を打ってきた。

 動きは直線的だから、俺は拳の軌道から逃れてムニキスの(つか)に手を伸ばし、拳とすれ違いざまにムニキスを振り抜いた。


 カンッ――。


 甲高い音とともにムニキスは弾かれた。

 手の(しび)れを感じる間もなく、右手が伸びてくる。


「こいつ! 効いてな――」


 機工巨人の右手は開かれていた。掴み攻撃だ。

 絶対に捕まってはいけないので無理やりにでも避けた。

 しかし中指にぶつかって壁まで飛ばされた。


「ぐああっ……」


 壁に背中から激突した俺はまたしても執行モードが弾け飛んだ。壁から床へとずり落ちる。

 再び視界が霞む。ボヤけた視界に藍色の塊が迫ってくるのが見えたが、体は痛くて動かないし、空気にもうまくリンクが張れない。


「くそ。今度こそ終わりか……」


 そう思うと俺は急に恐ろしくなった。

 死ぬのが怖い。痛いのが怖い。潰されるって、さぞかし痛いだろうなぁ。痛いのが恐ろしい。死ぬのが恐ろしい。


「俺は……死にたくない……」


 俺はずっと死ぬことなんか怖くないと思っていたが、いざ死を前にすると急に恐怖が襲ってきた。

 ここにきて俺は自分が生きていることを実感した。

 自分が作られたとか、本物か偽物かとか、そういうことはぜんぜん関係ない。

 俺は一人の人間で、感情があり、欲求があり、知性がある。


 俺は、生きている。


 しかし、もうじき死ぬ。


 俺は目蓋(まぶた)を閉じた。


 真っ暗闇の中、体が沈む感覚に襲われ、ついに地獄へ落ちていっているのだと思った。

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