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第196話 感覚共鳴

 僕は全身の痛みに起こされた。どうやら気絶していたようだ。

 目を開くと垣根の壁がそびえ立っていた。その一部が壊れており、折れた枝が露出して見える。

 あれが僕の体を受けとめてくれたのだ。芝と土は僕の体を(ねぎら)ってくれているように柔らかかった。


(やってくれたな……)


 この世界の医療水準はどれほどのものだろうか。あまり大怪我をすると治せないかもしれない。魔法にしても治癒系統の魔法なんて聞いたことがない。


 僕は立ち上がり、辺りを見渡した。

 ミューイはまだいた。どうやら気絶していたのはほんの一瞬のようだった。


(あれは、誰だ?)


 ミューイの(そば)には知らない女性が立っていた。全身真っ黒なナリで、魔女のようにもシスターのようにも見える。

 ただ、どことなく雰囲気に面影がある。九官鳥、ミューイの契約精霊だ。たしか名前は、キューカと言っていたはず。


(そうか、人成したのか……)


 これでミューイの魔法は強くなり、キューカは魔術師となった。彼女たちは格段に強くなっただろう。だが、おかげで僕の勝ち筋は定まった。


「君の相棒は人成したんだね。だったら、もう君の相棒は飛べないよね」


「コータ!?」


 僕の焦点はすでにミューイに合っている。あとは空に転移させるだけ。それだけで勝利だ。

 だが、僕が魔法を発動する前にキューカが間に入った。無駄だ。だったら先にキューカを空に飛ばすまでのこと……。


(ん、なんだ!?)


 何かが起こっている。

 僕の眼前に広がる景色は何も変わらない。ただ、なんかこう、心に異物が入ったような感覚がするのだ。


「それはあたくしの魔術なのよ。感覚共鳴。相手を攻撃できる(たぐい)のものではないけれど、あたくしにはこれしかできないから使わせてもらったのよね。もしもあなたに善人の心があるのなら、これで終わりにしてほしいのよ」


 僕の中にミューイの想いが入り込んでくる。

 最初は死の恐怖だった。だがその冷たい垂れ幕の向こう側には温かい想いがあふれていた。

 庭師を(いたわ)る気持ち、草花を(いつく)しみ庭を()でる気持ち、シミアン王国に暮らす人々を大切に想う気持ち。


 僕は気づいてしまった。自分がとんでもない間違いを犯していることに。

 ミューイの想い、なんて綺麗なんだ。僕は愚かにもそれに爪を立てていた。

 申し訳なさと恥ずかしさとで、彼女の顔をまともに見ることができない。


「そうか……ごめん。僕は軽薄だったよ……」


 ミューイはキューカの陰から出てきた。二つの垣根とその間の通路を挟んで、僕とミューイは改めて対面した。

 キューカはもう魔術を切っているようで、ミューイの感情や思考はもう勝手に流れ込んではこない。


「理解してもらえてよかった。じっくりと罪を(つぐな)って、まっとうに社会復帰することを願うわ」


「え、ちょっと待って! 感情や思考を共有したなら、僕のことも理解してくれただろう? 僕は僕の正義や信念にもとづいて行動していたんだ。僕だけが責められるいわれはないよ。あくまでも君たちが僕を犯罪者扱いするっていうのなら、僕は逃亡するか、やっぱり君たちと戦うしかないじゃないか!」


 さっきの感覚共鳴で完全に分かり合えたものだと思ったのに、ほんの一瞬でこの有様だ。

 お互いに驚きと呆れをないまぜにした微妙な表情をたたえていた。


「私はあなたの思想も知った上で言っているのよ。あなたの思想は私が予想したとおりだったわ。軽薄な正義感の暴走。あなただってそれが間違いだったと認めたじゃない。罪は償わなければならないわ」


「そうかよ。ひどい裏切りに合った気分だ。最悪の気分だよ。やっぱり君は敵だ。もう容赦はしない!」


 僕がミューイを(にら)みつけ、魔法を使うべく彼女に焦点を合わせた。

 その瞬間、まったく想定外の出来事が起きた。


「そこまでだ!」


 その声が聞こえた後、まるで飛行機のようなゴーッという轟音(ごうおん)とともに、一人の男が空から降ってきた。

 彼の着地は強烈な風を巻き起こし、風圧が砂塵とともに一帯を駆け抜けた。


「お、おまえは!」


 それは僕の知っている顔だった。そして彼こそが、いまの僕の行動原理、その根幹を成す存在だった。


「おまえ、どうしようもないクズだな」


 こいつだけには言われたくない。あのダースさんに言いがかりをつけて乱暴な振る舞いをしていた男だ。

 いまはカッターシャツを着ているから、チンピラというよりヤクザみたいに見える。

 僕はこいつを()らしめるために修行していたのだ。義賊活動はその一環でもあった。いわば元凶。

 いまだにこいつが何の魔法を使っているのか分からないが、強力な魔法であることは間違いない。


「アラト・コータ。おまえは自分にとことん甘い。俺はおまえの自己正当化を断じて認めない」


 僕の名前を知っている? なぜ……いや、当然だ。いまや義賊コータの名前を知らない奴なんていない。

 それよりも、こいつが僕に敵意を向けていることは明白だ。得体の知れない魔法で先に攻撃されたら、また僕の魔法を封じられてしまう。

 だから先手必勝!


(あれ?)


 すでに前回と同じ展開になりつつある。

 こいつの位置を変えようとしても変えられない。こいつのことは選択できるのだが、移動先を選択できない。

 見る限り何もないのに、移動先が何かで埋まっている。まるで空気がすべてガラスでできているような感覚だ。


 だったら方針転換だ。

 転移させるのではなく、いまの場所から一定速度で強制的に移動させることならできそうだ。このまま壁に叩きつけてやる!


「ごはっ!」


 敵は動いていない。ダメージを受けたのは僕だ。胸にズキンという強烈な痛みが迸り、そのまま締めつけられるような感覚が僕を襲う。

 苦しい。滅茶苦茶苦しい。

 僕は胸を押さえたまま膝を着いた。


「いきなり攻撃してくるとは、とんだ外道だな。警戒はしていたが、まさか本当にやるとは思っていなかった」


 余裕の表情で僕を見下ろしてくる。僕のことを心底軽蔑し、見下している目だ。吐き気がするほど冷たい視線だ。

 僕の胸の痛みはまだ続いており、その視線に殺傷能力があるのではないかとさえ感じてしまう。


「何だこれは……おまえがやっているのか? 誰なんだ、おまえは……」


 僕の頭上に深い溜息が降りかかる。この呆れ顔は愛想を尽かした人の顔だ。


「俺はこの世界で最強の存在にして世界の王、ゲス・エストだ。特別におまえに俺の魔法を教えてやろう。俺の魔法は空気の操作型だ。おまえの肺の中の空気も俺の魔法リンクが張ってある。いつでもおまえの肺を切り裂けるし、破裂させることもできる。俺に逆らうのは(あきら)めろ」


 空気の操作型魔導師?

 空気なんてそこら中にあるし、生物にとって必須の物質だ。その操作型なんて強すぎる。僕はこいつに勝てるのか?

 まずは体内の空気を無害なものに取り替えなければならない。空気は目で見えないから僕には移動の対象として選択できない。だったら、肺の中の空気を置いたまま瞬間移動するか?

 いや、そんなことはできない。肺の構造や形と正確な位置が分からないから無理だ。そもそもこいつを移動させられないということは、僕自身の体も移動させられない。打つ手はない。


「分かった。降参だ」


 ここはひとまずやり過ごそう。不意打ちなら、なんとかなるかもしれない。じっくりと機をうかがおうじゃないか。


「言っておくが次はないぞ。いちばん甘くしても即死刑だ。覚えておけ」


 見透かされている? そんなわけはないか。

 でもまあ、やっぱりやめておこうかな。なんかもう、どうでもよくなってきた気がする。うん、やめておこう。

 決してビビッてヒヨッたわけじゃないからな!

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