第158話 神隠し
エアは魔導師たちと対峙している間、別の場所で空気の操作と炎の操作によって小太陽を製作していた。薬の調合のように繊細な魔法操作だった。
レイジーの光線砲、リーンの五倍強化斬撃、そしてエストの二連空気爆破撃、それらすべての直撃を受けたときには、危うく苦労して作った小太陽が消失してしまうところだった。
エアが魔導師たちの猛攻に耐えられたのは、限界突破が可能な大器晩成強化が、限界を超えて青天井に体の耐久力を高めた結果だった。
もしも先ほどの攻撃を一度にぶつけられたら、エアは耐えられなかっただろう。
エアは小太陽を闇のワープホールでひっぱりだして学院校舎へ向けて飛ばした。
とにかく第一目標はエストだった。そして第三目標のキーラ、シャイル、リーズの三人。ちなみに第二目標はマーリンである。
これらの目標順位はエアにとって近しく親しい順番であった。
エストはエアの暴走を、まずい感情を食わせた復讐ではないかと考えているようだが、実際のところその理由はまったくなかった。
なぜ親密な者から殺そうとしているかというと、エアが死こそが救いであると本気で思っているからだ。気が触れたわけではない。哲学的な話でもない。
すべては未来の恐るべき究極の脅威からエストたちを救おうとしたための行為だ。
小太陽が校舎を焼いて崩壊させたときには、すでに学院生たちもエストたちもダースの闇でワープ退避していた。
だから、エアは小太陽をそのまま直進させた。このまま星の核に小太陽をぶつけて星そのものを破壊してしまおうと考えた。
そうすれば第三目標どころか、全人類が死ぬ。つまり、救われる。
しかし、小太陽が二つ分くらい地中に進んだところで白い雷が小太陽をめがけて天から降ってきた。小太陽は圧倒的出力の雷によって、蒸発するように消滅した。
「神様……」
星の破壊は神が許さなかったのだ。
神が直接手を下すというのはよっぽどのことだ。そしてそのよっぽどのことをしでかした大罪人もまた裁かれる運命を辿るのが常だ。
だがエアは無事である。それは、エアの人を救おうとする行為自体は神に否定されなかったということにほかならない。
手段を変えろとの思し召しだとエアは理解した。
「まったく、厳しい人ですね、神様は……」
エストたちはどこへ行ったのだろう?
どこかの国だろうか。未開の大陸は危険すぎるため候補から外してもいいだろう。
ではどこだ。天空遺跡か? まさかダースの異次元内? さすがにそれはなさそう。
ならばどこだろう。絶対安全といえば護神中立国だが、エストならどうする?
エアなら盲目のゲンにも勝てる。だが、彼を踏み越えたところで、護神中立国内での暴挙が御法度であることに変わりはない。盲目のゲンを退けたとしても、禁忌に触れれば神の逆鱗に触れる。それこそ、さっきの白い雷がエアを直撃することになる。
もし彼らが護神中立国に入国していないのならば、まだエアにもチャンスはある。今後エストたちが護神中立国に避難しにくる可能性は十分に高く、それを阻止することは可能だ。
だからまずは護神中立国内に彼らがいるかどうかを確かめる必要がある。
エアは正式な入国手続きをすべくザハートを訪れた。
赤い鳥居の前には二人の幼い巫女が立ちはだかる。その二人のおめがねに叶うには、護神中立国内では攻撃的意思を持たないという強い意思を持っていなければならない。
そして二人に認められたとしても、今度は盲目のゲンが魔法のリンクを張った水を飲まなければならない。万が一にも護神中立国内で暴れようものなら、盲目のゲンによって体の内側から八つ裂きにされてしまう。
エアは巫女の記憶から魔導師の姿を探す。リーン・リッヒと盲目のゲンの記憶を見つけることができたため、巫女から差し出された水を受け取った。
もちろん、エアはそれをそのまま飲みはしなかった。
振動の発生魔法によって水を強制的に動かして張られたリンクを断ち切り、自分がその水に対してリンクを張りなおした。そうすることで、盲目のゲンにリンクを張りなおされることもない。
エアは水をひと飲みして、二人の巫女の間を抜けた。そして鳥居を潜ろうとした。
だがそのとき、エアは足を止めた。二人の巫女によって、両サイドから腕を掴まれたのだ。
「なに? 水が駄目だった?」
「いいえ、あなたに悪意が付着した。それを取り除かなければ入国を認められない」
エアは即座に自分の体を空間把握モードで走査し、異物の場所を見つけた。
右肩に白い粘土のようなものが付着していたので、それを指でつまみあげた。
「鳥の糞?」
その白い何かは、つまみ上げたエアの指にくっついてなかなか離れなかった。
「おいおい、巫女さんたちや。入国審査が甘すぎやしませんかねぇ」
白い鳥が舞い降りてきて巫女の肩にとまった。
それは生き物というよりは粘度細工で、エアの肩に付いたものと同じ物質でできているようだった。
「あなた、何者? あなたの入国は認められない」
肩に鳥がとまった方の巫女がそう言うと、別の鳥が降りてきてもう片方の巫女の頭にとまった。
そしてさっきの鳥と同じ声で言う。
「それはいいんだけどよ、この嬢ちゃんの入国を認めちゃっていいわけかい? だってこの嬢ちゃん、この星を破壊しかけたんだぜ。護神中立国も星もろとも崩壊の危機だったんだぜ」
エアは鳥を睨んだ。指先の白い粘土を空気操作で引き剥がし、巫女の頭に乗った鳥にぶつけた。
鳥はその衝撃に体を傾けたが、すぐに体勢を戻した。先ほどの白い粘土は鳥の羽に溶け込んで消えてしまった。
「あなた、ウィッヒッヒの人でしょ?」
「ウィッヒッヒ。おい、覚え方! 私の名前はシータ・イユンだよ。ドクター・シータと言えば聞き覚えがあるかね? それと、いまの私はもはや人ではない」
「元々、人でなしだったでしょう?」
「元々、人でなかったおまえに言われたくはないのだよ」
言葉を一つ交わすごとに空気が張り詰めていき、伸びきった弦が切れるかのように二者の殺気が爆発した。
二羽の粘土鳥が同時に緑色の液体を口から吐き、それとほぼ同時に空気の弾丸が粘土鳥を射抜いた。
緑色の液体は空気の壁に阻まれてエアに届くことはなかったが、粘土鳥は支えを失ったように巫女たちの肩から落ちて地面に崩れた。
だが決着はついていない。
エアの背後で地面がうごめいた。
白い芽が出て伸びて葉を広げ、グングン伸びて幹となり、枝を伸ばす。そこまでほんの三秒ほどのこと。さらに鋭い枝がエアを突き刺そうと目にも留まらぬ速さで伸びる。
白い枝はエアの空気の壁に阻まれたが、跳ね返されることなく粘土のように空気の壁に張りついた。枝が次々に張りついていき、エアを完全に覆ってしまった。
「ウィッヒッヒ。エアさん、なかなか硬いバリアですね。私はバリア内に侵入できませんが、あなたもそこから脱出できないでしょう? あなたが空気にリンクを張っているのは私が閉じ込めた範囲内のみですよね? もし攻撃しようとバリアの空気を使えば、そこに私の白肉が入り込んでしまいますからねぇ。それに、外の状況が分からないということは、あなたを覆うバリアの位置も固定できないでしょう? つまり、こういうことになるわけですよ」
エアをバリアごと覆った白い塊は、木の成長が逆行するように地面へと潜ってしまった。
地中には空気がない。そもそも完全に白い肉塊に覆われてしまっては外の空気へリンクを張れない。エアが操作可能な空気は自分の周囲のわずかな範囲だけだ。
もしもエアがバリアを解いてしまったら、もう一度空気を操作するには魔導師の記憶が必要になる。だがいまは完全に孤立している。
「魔術師というのはイーターに弱いものです。あなたは魔導師相手なら最強の存在でしょうが、イーターに対してはめっぽう弱い。対する私は魔術師は当然として魔導師が相手でも負ける気がしません」
「あなたではエストには敵わないわよ」
「まだ私の強さがお分かりでないようですね。私がゲス・エストをはじめとして魔導師を全部喰ってやりますよ。その前に、ひとつ面白い余興を見せてもらいましょう。あなたが私に囚われていると知ったら、皆さんどんな反応を示すでしょうねぇ」
「まあ、助けてはくれないでしょうね」
「いいえ、それどころか、そのままあなたを殺してくれって私に懇願してくるかもしれませんよ。そのときのあなたの顔をぜひ見てみたいですねぇ。さぞかし哀れでしょうねぇ。同時にゲス・エストが他力本願にあなたを殺してもらおうとする姿も見られるでしょうけれど、さぞかし無様でしょうねぇ。彼はきっと『効率的』とか言って自分の力不足に言い訳をして小さなプライドを守るのですよ。でも、彼は私に喰われるのだから、それがただの言い訳だと露見するのです。ああ、なんと無様なことでしょうね。ウィッヒッヒッヒ!」
「エストを殺すの?」
「いいえ、喰うのですよ。思念を残す形でね。ウィッヒヒ。私への敗北を永遠に味わいつづけることになるでしょう。……おや、怒ってます?」
「ここから出しなさい! 私はエストを殺さなければならないの。邪魔をしないで」
「ウィッヒヒヒ。なぜ殺したいのです?」
「……それは言わない」
「なぜあなたがそんなに彼を殺したがっているのか分かりませんが、私があなたの命令を聞くわけがないでしょう? 特にゲス・エストには辱めを受けてもらわないといけませんからね、簡単には殺しませんよ」
エアは乱暴にひっぱられ、空気の位置把握が乱されてリンクを切られた。すかさず白い肉塊がなだれ込んできて、エアを完全に包んでしまう。
「ご安心を。あなたはまだ喰いませんよ。あなたの魔術は絶対に私がいただきます。しかしまだ魔術師から魔術を奪うすべを持っていないので、魔術師の能力を吸収できる能力のイーターを見つけて捕食する必要があるのです。それまでは飼い殺しにさせていただきますよ。ウィッヒ、ウィーッヒッヒッヒッヒ!」
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