第146話 ゾロ目⑤
「目が覚めたか?」
ダイス・ロコイサーの瞳には星空が映っている。
状況がすぐには飲み込めず呆然としていると、胸倉を掴まれてグイッと引き起こされた。
冷淡な視線の男が自分を見下ろしている。いまだに状況が飲み込めず戸惑う。
ロコイサーは辺りをキョロキョロと見まわして、ここがどこなのか、どうしてここにいるのか、現状の把握に努めた。
まず、ここは室外ではなかった。
ただ、完全な室内とも言えない。天井と壁の一部が吹き飛んだかのように消失しているが、それ以外は生活感をすくい取れるくらいには人の部屋の様相をなしていた。
そして、ここには四人の人間がいる。
まずはダイス・ロコイサー本人。
その正面に立ち、鋭い視線で刺してくるのはおそらくゲス・エスト。
それからベッドに横たわるのはキーラ・ヌアとマーリン・マーミン。
キーラは魂を抜かれて意識がなく、マーリンは意識はあるが体の自由を奪われている。二人とも自力でベッドから起き上がることはできない。
「あんた、ゲス・エストかい?」
「ああ、そうだよ」
圧の強い低い声に気圧されながら、ロコイサーは平静を装う。
「ちょうどあなたに会いに行こうと思っていたところです。手間が省けました」
そう言ったとき、彼の左頬に重い衝撃が加わった。
視線だけで殺されるのではないかという殺意の目が自分を睨んでいる。
「おまえが暁寮に侵入した時点で、俺はおまえの動きと声を追跡していた。おまえはマーリンと俺の盟約を解除したかったんだろ? だったら最初に俺の所に来いよ。マーリンやキーラに手を出す必要はなかっただろ」
これはこれでロコイサーに考えがあってのことだ。
ゲス・エストに最初にギャンブルを申し込んでも突っぱねられるかもしれないし、人質がいれば、いざというときの保険になる。
「あなたに確実に私の申し出を受けてもらうためですよ。ギャンブルを受けていただけますね?」
ゲス・エストの眉がピクリと動いた。一理あると感じたのかもしれない。
読みが深いと聞いていたが、感情的になって思考が鈍っているのかもしれない。
「受けてやる。だがその前に、キーラの魂を戻す方法を教えろ」
そんなの簡単に教えてやるわけがない。
だが、このままの調子だと殺されかねない。だから殺されないために教えることにした。
「分かりました、教えましょう。魂を元の体に戻すには、魂を封入した者が、『返還』と言ってから魂の持ち主の名前を言って箱を開ける必要があるのです。だから、私が死んだらキーラさんの魂は二度と戻りませんよ」
それを聞いたゲス・エストの様子が少し変わった。
彼が何を思うのかはロコイサーには量れないが、視線に込められた殺意が薄まったことだけは分かった。
心理戦は自分の十八番。悪名高いゲス・エストだって翻弄できる。
「じゃあギャンブルの前にキーラの魂を戻せ」
「それはお断りします。私はキーラさんとギャンブルをして勝利しました。その報酬としていただいたものです」
「認めん。おまえはキーラを騙した。ギャンブルはお互いが条件に納得した上でやるものだ。おまえはキーラに魂を奪うことを隠し、小物を差し出せば済むと意図的に勘違いさせていた」
「ではこうしましょう。先にキーラさんの魂をお返ししますが、それはあなたのギャンブルへの参加料です。もしあなたがギャンブルを放棄したら、私の魔法の効果によりあなたは死にます。賭け金はお互いの身の安全の保証と、相手の望みを一つ聞くことです」
「つまり、勝っても負けても互いに相手の命を奪ったり傷つけることはできない。負けたほうが勝ったほうの望みを何でも一つだけ叶える。そういうことか?」
「その理解で間違いありません」
「俺からも一つだけ条件がある。おまえには改めてルール説明をしてもらうが、そのルール説明で決して嘘をつかないということだ」
「分かりました。私とてギャンブラーの端くれですから、元よりルール説明で嘘をつくつもりはありません。それはお約束します」
「よし、受けてやる。キーラの魂を戻せ」
ゲス・エストはダイス・ロコイサーに奪っていた闇道具の箱を返した。
噂ではゲス・エストは用心深く抜け目がないと聞く。あっさり返すということは、魂を封入するためには相手の意識を奪う必要があるということを知っていて自分が魂を奪われないことを確信しているということ。どうやら彼が事の顛末を追跡していたというのは本当らしい。
「返還、キーラ・ヌア」
ロコイサーがそう言って箱を開けると、眩い光が飛び出し、ベッドに横たわるキーラの頭の頂点に向かって飛び込んだ。
「キーラさんの魂は確かに返しました。目を覚ますのは少し先になりますが」
「いいだろう。これからルール説明をしてもらう。おまえがキーラとやったギャンブルのルールは知っている。キーラとやったときと同じルールでいいか?」
「ええ。ただ、ルール自体の変更はしませんが、出目と効果の設定は変えさせてください。だって、あなたは私とキーラさんのギャンブルの経過も把握しているのでしょう? ただし、威力増加上限が二倍なのは据え置きにします」
ゲス・エストは少し考えた様子だったが、その条件を了承した。
そして、ここからはお互いの認識に差異がないよう質問タイムが始まった。
「確認するが、サイコロを破壊したり、ギャンブルを続行できない状況にすると負けになるのか?」
「なります。そのときはあなたの魔法が強制的に発動してゲームを妨害した者に対して制裁を加えます。例えばあなたが魔法で私の腕を止めてサイコロを振らせなかったりしても、あなたが制裁を受けることになります」
「俺の攻撃がおまえに命中する効果が少なくとも一つはあるか?」
「それはもちろんあります」
「ゾロ目の効果は変更するのか?」
ロコイサーは少し悩んだ。
出目の効果を隠すために、キーラ戦とは効果を変更するのだ。それはゲス・エストも知っているはず。だから教えるわけがない。なのになぜそんなことを聞いてきたのか。普通ならそんな質問は突っぱねればいいだけの話だ。
だが、ダイス・ロコイサーにとっては事情が違った。完全に想定外の、いちばんされたくない質問だった。
「……それはお教えできません。と言いたいところですが、特別に教えて差し上げますよ。ゾロ目の効果はキーラさんのときから変更しません」
「ルール説明は以上だな?」
「はい」
ゾロ目の効果についての答えを聞いて、ゲス・エストが満足したかのように質問を終えたことが不気味だった。それが何を意味するのか。言い知れぬ不安が、氾濫した川のように少しずつ流れ込んでくる。
ルール説明の制約上、嘘は言っていない。よくよく考えてみると、むしろいまの質問に答えたことで、自分がゲス・エストを誘導しやすくなったはずなのだ。それにもかかわらず悪寒が駆け巡る。
「では、始めましょうか」
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