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第129話 最後のマジックイーター

 キナイ組合長が監獄・ザメインからの脱出を目論(もくろ)んでいた一方で、現状の二大悪党と呼べるもう一人のほう、エース・フトゥーレは歩きながら思案していた。


 エース・フトゥーレ。

 ジーヌ共和国の大統領にして、マジックイーターの頭目(とうもく)である。


 彼の野望は魔術師をこの世界の最大勢力とすることだ。

 一般的には魔術師は魔導師に強く、魔導師はイーターに強く、イーターは魔術師に強いという三竦(さんすく)みの関係にある。

 しかし近年、魔導師やイーターの中に強力な個体が出現しはじめており、三竦みの関係も崩れかけている。このままでは社会に格差が生まれ、魔術師だけが劣った種族として(しいた)げられる、そんな未来が到来することは想像に(かた)くない。

 だからこそ、いまのうちに魔術師の地位を高め、ヒエラルキーのトップに立ち、世界の先導者とならなければならない。


 そのための活動の一つとして、彼はアークドラゴンの解放を目論んでいた。

 アークドラゴンが解放されれば、イーターを退治すべき種族である魔導師が多くかり出され、そしてほぼ全滅することになるだろう。

 そのアークドラゴンを封印しているE3(エラースリー)のダース・ホークを(さが)すため、エース・フトゥーレは魔導学院にスパイを送り込んだ。

 しかし収穫は得られず、この案件については停滞を余儀なくされていた。


 もう一つの活動として、世界の主要国の政権を握るための暗躍を推し進めていた。

 まずはジーヌ共和国を手中に納めた。

 シミアン王国は王政のため王族以外が政権に入り込むのが難しく、後回しにせざるを得なかった。

 リオン帝国は皇帝家が統治しているが、皇帝家の規模が大きく、しかも皇帝家には一夫多妻が許されていたため、シミアン王国よりも入り込む余地があった。

 五護臣で地盤を固めつつ、皇妃という形でマジックイーターの配下の者に食い込ませる策謀は存外うまく進行した。

 皇帝の座を奪い、リオン帝国を手中に納めるまでほんのあと一歩というところでゲス・エストに邪魔されたのだった。

 もしもリオン帝国を手中に納められれば、シミアン王国など軍事力に物を言わせて簡単に落とせたはずだ。


 思い返せば、彼の策謀はすべてゲス・エストの出現から狂いだした。

 エース・フトゥーレがまだ精霊だったころの契約者であるマーリンがゲス・エストに奪われるところから始まり、マジックイーター幹部が次々にやられ、帝国での暗躍を水泡に()され、そしてエース・フトゥーレ一人が残された。


 それどころか、ゲス・エストはジーヌ共和国に乗り込んできた。

 しかも、あろうことか大統領である彼自身の命を直接狙いにきたのだ。実際にゲス・エストと戦って自分が死ぬ未来まで視えた。

 最終手段として護神中立国へ亡命することで、ひとまず視えた死の未来は回避することに成功したが、護神中立国滞在中に再び自らの死を視たため、世界でいちばん安全な国からすら脱出する羽目になった。


「まさかE3(エラースリー)の中でも最強と(もく)されているゲン(じい)が負けるなど誰が予想するものか」


 それは独り言のようで独り言ではない。肩に乗っている小さな鼠に話しかけているのだ。

 彼は鼠を飼っている。べつに動物が好きというわけではない。ただ自分の未来を見るためのポータルが必要だったからだ。


 エース・フトゥーレの魔術は未来視だが、自分に対しては使用することができない。

 自分以外の誰かに対して使用し、その誰かの未来を視ることができるのだ。その未来の中に自分の姿が映っていれば、間接的に自分の未来を知ることができる。だから、自分の未来を視るために彼は鼠を飼っている。

 彼の魔術は人間以外にも使えるという点でも非常に稀少なものだった。たいていの魔術は人間以外には効かないのだ。


 エース・フトゥーレは何もかもを奪われ、さらには自分自身が追われる身となり果てて、なかば自暴自棄になっていた。

 ゲス・エストに命を狙われる身として、余命がいかほどかは現時点で不明だが、残りの人生をゲス・エストへの復讐にあてるのも悪くはないと考えた。

 しかし、結局は自分の野望を果たすことがゲス・エストへの最大の嫌がらせでもあるという結論に至り、従来の野望を果たすための最後のあがきに出ることにした。


 まずは元契約者のマーリンを取り戻す。

 元々、真実を知るという魔法は人魚型精霊だった自分がマーリンに与えたものだ。

 その力でダース・ホークの居場所を突きとめ、そしてアークドラゴンの封印を解く。


「おや?」


 エース・フトゥーレは定期的に、それも短い間隔で鼠を通して自分の未来を視ていたが、その中にダース・ホークの姿が映っていたのだ。どうやらマーリンを捜す必要はなさそうだ。

 エース・フトゥーレは予定を変更して直接封印の(ほこら)へと向かった。するとさっきよりもずっと早い段階でダース・ホークに遭遇するよう未来が変わった。


 順調。この未来視の能力があったからこそジーヌ共和国の大統領にもなれたのだ。

 断続的な未来視、その間隔をどんどん短くすることで、自分の取るべき行動の最善手が見えるようになる。未来視の魔術は最適化の魔術へと昇華される。

 この魔術があれば、たとえ相手がE3(エラースリー)の魔導師でも負けない。

 彼は腰に差した闇道具の細剣に手を置きながら微笑をたたえた。


 エース・フトゥーレははやる気持ちを抑え、体力を温存しつつ暗い森を歩きつづけた。

 明かりはないが、悪い未来が視えれば行動を変えるので不具合など発生しえない。

 そうしてついに封印の祠へと辿り着いた。


 なんの変哲もない石造りの祠だが、本来の祠の形が分からないくらいに、中から濃密な闇が噴き出しあふれていた。

 こんな小さな祠にアークドラゴンが収まっているとは思えない。地下に埋まっているわけでもないだろう。

 ということは、この闇がワープゲートの役割を果たすのか、あるいは空間を(ゆが)めて大きな体積を小さな容量へと変質させているのかもしれない。

 ようするに、この闇は完全には消さずに半分ほど無効化すれば、アークドラゴンの封印が解き放たれて飛び出してくる可能性が高い。


 エース・フトゥーレは未来を視てその結果を確かめた上で、腰の細剣の(つか)を握り、一気に引き抜いた。


 剣の名はムニキス。


 ただの剣ではない。

 闇道具の一つ。

 闇道具は極めて稀少な存在であり、その存在を知る者も極めて稀少である。

 闇道具の効果はさまざまだが、その効果は熟練の魔導師が放つ魔法よりも強力なものである場合が多い。


 エース・フトゥーレの愛剣にして闇道具たる細剣ムニキスの効果は、その刀身で触れた魔法を消すというものだ。

 正確には魔法のリンクを切る効果であるため、魔法のエレメント自体を消すことはできない。

 ゆえに魔法によって相性の良し悪しがあるが、概念種の魔法に対しての効果は申し分ない。


「さて、未来が変わらぬうちに、やるか!」


 エース・フトゥーレはカッターナイフで袋を(やぶ)くがごとく、闇に向かって細剣を豪快に振り下ろした。


 祠から噴き出す闇が大仰(おおぎょう)()け反るように霧散したが、干からびかけた魚に慌てて水をかけるかのように即座に闇が補充され、あっという間に祠に覆いかぶさった。


 アークドラゴンは出てこない。

 この未来は知っている。

 彼がいまこの場に引きずり出そうとしているのはアークドラゴンではない。


「以前は同じ事をしても奴が出てくる未来は見えなかった。タイミングが違えば結果は変わるものだな。ダース・ホーク。奴にも何か変化が訪れたか? 例えば、いや、おそらくは、ゲス・エストの接触」


 エース・フトゥーレは連続で細剣を振った。祠に封印の闇を補充するよりも早く、どんどん闇を払っていく。

 そして、ついに闇の動きが変わる。

 闇の一部がエース・フトゥーレの背後に回りこんで攻撃をしかけてきた。

 その未来を視ている彼は、当然ながら細剣でそれを斬り払った。


「ようやくお出ましか」


 分かっていたのだから、ようやくという表現はおかしいかもしれない。そんなことを考えつつ、エース・フトゥーレは木の影に視線を送った。

 舞台上に奈落からせり上がってくるようにヌーッと姿を現したのは、まぎれもなくダース・ホークであった。


「狙いは僕だったか。まんまとおびき寄せられたわけだ」


「いいや、狙いはアークドラゴンで合っている。その封印を解くために貴様を誘き出したというのも合っている。狙いがアークドラゴンだと分かっていてなぜ姿を現した? 封印を守るために魔導学院内では教員からも生徒からも貴様の存在の記憶を消すほどの徹底ぶりだったのに」


「このままだとゲス・エストがおまえと協力してアークドラゴンの封印を解いてしまうだろうから、おまえだけでも排除しようと思ってね。それにもう、記憶の操作はしていないよ。エストは隙がなくて記憶が消せなかったからね。へたにほかの生徒に手を出してもエストを敵に回しかねないし」


 ダース・ホークの口ぶりでは、ゲス・エストを彼自身より強いと認めているようだ。

 実際のところ、そうでなくては困る。ゲス・エストは何度も死の未来を視せられるような相手なのだ。これから倒そうというダース・ホークが同等の強者であっては困る。

 とはいえ、相手はE3(エラースリー)の一人。闇の概念種という最強の一角を担うのに不足のない魔導師だ。舐めていい相手ではない。


 だが、エース・フトゥーレには視えている。

 未来が。

 だから自信を持って戦いを挑めるのだ。

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