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第117話 守護四師の真打②

「アオ、貴様を強者として認める。だが貴様は俺には勝てない。一度だけチャンスをやる。死にたくなければ降伏しろ」


 彼を殺すのは惜しい。だが、殺さずに勝てる自信がない。

 手加減するには概念種は厄介すぎる。

 俺の心の中で、(よど)んだ池をかき混ぜたみたいに泥が渦巻いている。


「ゲス・エスト。あなたのことはとんだゲス野郎だと聞いていましたよ。しかし、あなた、本当にゲスですね。守護四師のうち三人も殺しておいて、僕にだけ命乞いを許すのですか?」


 アオの背後では国政議会所がモクモクと黒煙を上げていた。蛇がチロチロと舌を出すように、窓から炎の赤色が見え隠れしている。

 国政議会所の前に一人の少女が立っている。

 降りかかった灰で(まだら)模様を作ったブラウスの少女。後ろで束ねた髪が風になびいている。

 それは、シャイル・マーンであった。


「たしかに俺にはゲスの自覚があるが、おまえの言っていることはよく分からない。俺がおまえに命乞いを許すことがゲスなのか?」


「おそらくあなたはお察しでしょうが、僕は守護四師の中では飛び抜けて強い。共和国最強の魔導師と言っていいでしょう。それがなぜ彼女たちと同格の一人として守護四師の一角に収まっていたか。なんなら尻に敷かれる感じで僕はナリを(ひそ)めていたのか。それは、僕が彼女たちを愛していたからです。それは恋慕というよりも慈愛に近いかもしれません。フェミニストというわけではありませんが、強く(たくま)しい女性というものを僕は愛しく感じるのです。僕は彼女たちを陰から守りたかった。共和国を、その首脳陣を守りたいという気持ち以上に、彼女たちを守りたかった。でも守れなかった。そんな僕にだけ彼女たちの(かたき)に命乞いして生きろとおっしゃるのですか? これはとんだゲスではないですか」


 俺の中にあった淀んだ池は瞬く間に姿を変えた。池の底から水が抜け、池は窪地(くぼち)となった。

 もはや惜しいという気持ちはない。むしろスッキリしていた。


「そんなこと知るか! おまえの話を聞いても、俺にはおまえがただの女たらしにしか思えない。とにかく貴様の答えは分かった。覚悟しろ」


「あなたは僕の答えが本当には分かってはいない。命乞いではなく潔い死を選んだと思っているでしょうが、それは違いますよ。僕が彼女たちの仇を討つ! 覚悟するのはあなただ!」


 俺はアオへ急接近する。

 アオは手に持った石を前方へ放り投げた。投球フォームを見せると腕を固定されるからだ。少しでも石が前進すれば、それを超加速させられる。アオの学習能力は高い。


 俺は石の軌道から外れる。

 石は加速しなかった。俺の身体が加速した。

 横方向へ大きく吹っ飛ばされたが、どうにか静止した。


 俺の服は(すそ)がほつれていた。

 それをひっぱると、長い糸が引き出されて服の裾がちぢれた。


 再びアオが少ない動作で石を放ってくる。

 おそらく次は石を加速してくる。だから俺はそれを避ける。


 石は加速されなかった。

 だが石の軌道から逃れる俺の体も加速されない。保険をかけて空気の壁を作っていたのだ。それは密度を調節して光が屈折するように作った壁。

 アオが俺の位置を正しく認識できなければ、俺の服の移動する速さを変えることはできない。


 俺は空気の拳でアオの頭部を殴った。正確にはアオの頭部を巻き込むように、何もない空間を殴った。

 アオの顔の向きが俺から逸れているうちに、俺は何度目かのアオへの接近を敢行した。これで決着をつけると決め、アオへ肉薄する。


 俺は拳を振り上げる。

 しかしそれが振り下ろされることはない。アオが俺の服のスピードをゼロにしている。

 そうなることは分かっていた。空気の塊をアオの頭部、腹、脚へと同時に何発も打ち込む。威力はそう高くない。


 アオが状況を打開するために地面を強く蹴った。わずかに跳ねた土を加速させ、俺を攻撃する。

 俺はとっさに後方へ飛び退いた。


 瞬間、アオの顔が勝利を確信し、ほくそ笑む。

 しかしそれは本当に一瞬のこと。刹那のうちに、「しまった」という絶望直前の顔へと変貌した。


 俺の体は着ている服に押される形で急加速される。

 俺は歯を食いしばっていた。慣性で頭部が取り残されそうになり、首が折れるかと思った。

 だが、俺は耐えた。空気で頭を加速させて胴体についていかせたのだ。

 そして、勝利を確信する。


「決着!」


 アオの胴体が上下真っ二つにすっぱり割れていた。

 上から下へ、下から上へ、大量の血飛沫がぶつかり合って、そこにあるものすべてを赤く染め上げた。


「あああああ! いたいッ、いたいぃいいいッ! うぐぅっ、うぐぅあぁっ……」


 俺が何をしたかというと、服のホツレからひっぱった糸を、秘かにアオの後ろへグルリと回したのだ。

 アオが俺の後退に合わせて俺の服を加速させると読んでのこと。

 アオが俺の服を急加速させたので、アオの背後に回した糸も服の一部として一緒に加速された。

 普通なら糸のほうが切れるが、アオの魔法で強制的に速さを与えられた糸は、糸自体よりも強靭な物質でさえ切断して絶対に移動する。


「楽にしてやる」


 俺は二酸化炭素濃度を上げた空気をアオの口に詰め込んだ。

 空気中の二酸化炭素濃度は基本的に500ppm程度で人体には影響はないが、25%ほどの高濃度になると直ちに窒息死する。


 アオの声はなくなった。

 両断された二つの体は血を流す以外に動きはない。


 なんとも凄惨(せいさん)な光景だ。

 シャイルは遠くで顔を伏せていた。その後ろで国政議会所が煌々(こうこう)と燃えている。


 俺は飛んだ。シャイルを連れて、赤く焼ける空を飛んだ。

 地上を見下ろし、逃走した大統領を探す。


「俺を責めないのか?」


「だって、もう私も共犯者だもの……」


 それはもっともらしい言葉だと感じた。

 もっともらしい言葉とは、いかにもシャイルが言いそうな言葉という意味だが、どこか本物ではないような気がするという意味でもある。シャイルなら、自身を含めての(いまし)めの言葉を口にしそうなものだが。


 赤いアレがまだ俺の中にいたとき、俺はもっともらしい言葉を発したことはない。すべて本物だった。

 だがシャイルは違う。シャイルは譲り渡したのか、奪われたのか、あるいは俺が壊してしまって、空いた穴にアレが入り込んだのか……。


 それとも、すべては俺の考えすぎなのか……。


 どうか、そうであってほしい。

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