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第113話 魔術師という名の武人

 ゲス・エストがゴーレムと踊っているころ、国政議会所、三階中央の薄暗い部屋の中ではシャイルと二人の魔術師が対峙していた。

 ゲス・エストの分断作戦は成功したが、それはあくまで敵を分断することに成功しただけで、シャイルが二人に勝てなければ意味がない。


「おいおい、マジか。おまえ一人でオレたちをやろうっての?」


「防御専門で攻撃手段がないとか思ってそう。バカなの?」


 二人の魔術師から嘲笑(ちょうしょう)を送られる先で、シャイルはリムを呼び出した。

 外からの光がほぼ絶たれた部屋にあっては、リムはそこにいるだけで眩しい存在だった。


「魔導師は魔術師に対して相性が悪いことは分かっているわ。でも、不利だろうと私なら勝てるって考えてエスト君はこの作戦を実行したのよ。だから、私があなたたちに勝てるかどうかは私しだいってこと」


 シャイルは不敵な笑みを浮かべてみせた。

 シャイルと精神を共有しているかのようにリムが二人の魔術師を威嚇(いかく)する。


 二人の魔術師は嘲笑を消した。

 ミドリはボキボキと指を鳴らし、コメカミに青筋を立てた。

 シロはうつむいて表情を隠している。


「オレたちの実力は関係ないってか? おまえが負けたらおまえの戦略ミス? 舐め腐ってんじゃねーぞ。おまえの戦略なんか関係ない。圧倒的な強さでオレたちが勝つだけだ。それ以外の結果なんかねーよ」


 ミドリはドシドシと床を踏み鳴らして移動し、壁に備えつけられているキャンドルスタンドを引き抜いた。かなりの怪力だ。

 スタンドを引き抜いた拍子にキャンドルが外れ、(ろう)がついた鋭い杭が姿を現す。

 三又に分かれたキャンドルスタンドを持ったミドリの姿は三叉槍(さんさそう)を繰る武人のようだった。

 ミドリは一度の跳躍で大きなソファーを飛び越えてシャイルに飛びかかった。


「うらぁっ!」


 金属製の三本の爪が円弧の軌跡を描く。

 シャイルはとっさにその場を飛びのいた。

 さっきまでシャイルが立っていた床には三本の大きなひっかき傷が刻まれている。

 ミドリの大振りの一撃は空振りに終わったが、彼女はまだシャイルを見失っていない。さらなる追撃の気配を見せたため、シャイルはとっさに正面に炎の壁を作り出した。


「防御のためなら魔法は使えるね」


 飛んできたキャンドルスタンドがシャイルの(ほお)(かす)めて壁に突き刺さった。ミドリがキャンドルスタンドを投げたのだ。


「ふん、よく避けられたな」


「私があなたの立場だったら、きっとそうすると思って勘で避けたのよ」


 シャイルはちらと横を見る。シロはうつむいたまま動かない。四人で連携すればアカが攻撃担当だが、二人での連携ならばミドリが攻撃担当なのだろう。


『シャイル、聞こえるか?』


「エスト君!? 聞こえているよ!」


 ゲス・エストの姿はない。声による空気の振動を魔法でここまで運んでいるのだ。

 本来であればシャイルの耳にだけ届けばいい声だが、ゲス・エストがシャイルを何かの対象にできないため、声は部屋中に響いている。


「見えているの?」


『見えているし、聞こえている。ただ、俺のキャパは限界で直接おまえを助けることはできない。執行モードと空間把握モードを両立させている上に高速行動のゴーレムの攻撃をひたすら回避しつづけているのだからな。声はエアに届けてもらっている』


「そう……。モードのことはよく分からないけれど、私に伝えたいことがあるということ?」


 どこからともなく聞こえてくる声に、ミドリは部屋中をキョロキョロと見まわしている。一方のシロは微動だにしない。


『ミドリは攻撃するために肉体を鍛えている。四天魔のジム・アクティと同じで、自分の能力を活用するには自分の体を鍛える必要があったからだ。つまり敵を攻撃できないのはシロの魔術によるものだ。ミドリの魔術だけなら敵を攻撃できるはず。そしてシロの魔術が敵に相手を攻撃させないものだとしたら、シロの魔術は強力ゆえに発動条件がかなり厳しいはずだ。例えば、自分が静止している間しか発動しないとかな。試しにシロをどうにかして動かしてみろ』


「うん。分かった」


「へんっ、走れるかぁ?」


 ミドリは鼻で笑った。

 シャイルはシロの方へは走れない。それはシロを対象とする行為だからだろう。どちらかの魔術が選択をさせてくれないのだ。

 しかしシャイルは走った。


「シロに向かっては走れない。でもシロの後ろの場所に向かうことはできる」


 ミドリはシャイルを(あなど)ったがゆえに出遅れた。すぐさまシャイルを追いかけたが、シャイルは先に目的の場所に到達した。

 そして、リムから借りた炎を自分の足元に叩きつけた。床に火がつく。

 シロは燃え広がる炎を避けるために動かざるを得なかった。


「いまだ!」


 再びシャイルがリムに火をもらい、それを今度はシロへの攻撃と……。


「できない!?」


 シャイルは手のひらに火の玉を浮かべたまま動きを止めていた。

 シロは飛びすさりながらニヤリと笑った。目深(まぶか)に被ったフードの下でシャイルを嘲笑(あざわら)う視線が光った。


「ざんねーん! ハズレだよー」


『どうやら条件は不動でもなく、口をつぐむことでもないらしいな。それからシャイルが背後に回ってすぐに振り向いたこと、フードを目深に被って視線を隠していることから推察すると、おそらくシロの魔術の発動条件は相手を見ていることだろう』


「エスト君、それは違うんじゃないかな? さっきシロが振り向く直前に私の腕の動きを止められたよ」


『いや、おそらくシロを攻撃できないのはミドリの魔術のせいだ。そいつらは魔術の組み合わせで効果が絶大になるものだと言った。ならばこういうのはどうだ? ミドリの魔術でシロを攻撃できず、シロの魔術でミドリを攻撃できない。ただ、それだと二人の魔術の発動条件は同じレベルの制約であるはずだ。だが攻撃し放題のミドリとほぼ動かないシロ。ミドリの魔術の発動条件は緩く、シロの発動条件は厳しくてしかるべきだ。それにミドリだけが体を鍛えているのがひっかかる。二人の魔術の効果を発動条件に見合ったレベルのものに修正すると、例えばこうなる。ミドリの魔術はミドリ自身のことしか標的にできなくなるもので、シロの魔術は相手の標的の優先順位を任意に変更し、その順番にしか標的にできない、とか。これを組み合わせれば俺たちは誰のことも標的にできなくなる。自分のことしか攻撃できなくなるなんてリスキーな魔術ならミドリの魔術発動条件が緩いのも(うなず)ける。シロとミドリから離れたにもかかわらず俺がいまだにゴーレムやアカ、アオを攻撃できないのは、ミドリの魔術が相手を少し見ただけでも長時間効果を持続するからだろう。ミドリが体を鍛えている説明にもなる。もしこの仮説が合っていたら、いまの俺はおそらくミドリだけは攻撃することができるはずだ。いまはまだそれを確かめる余裕はないが』


 人には話が長いと言うくせに、自分はよく(しゃべ)る。シャイルは秘かにそう思った。

 そんなことを考えつつも、エストの話はちゃんと聞いていた。


「つまり、シロの視界から外れた状態なら私もミドリを攻撃できるかもということね?」


 シャイルはエストの洞察力には素直に感心している。

 そしてそれは敵も同じようだった。

 ミドリは自分の首を揉みほぐしながらシャイルとエストの会話に割り込んだ。


「ほうほう、すげーな、ゲス・エスト。オレの魔術は当たりだ。シロのはハズレだがな」


『ふん。例えば、と言ったはずだ。それに、攻略法は合っているだろう?』


「まあな、でも、シロの視線をかい(くぐ)ってこのオレを攻撃するなんて無理ってもんだぜ。できたとしても一瞬だ。そんな一瞬の攻撃で鍛えているオレを倒せるとでも?」


 厭味(いやみ)ったらしく笑ったミドリだったが、ゲス・エストの返答は彼女の予想したものとはまったく別種のものだった。


『シャイルしだいだ。オレなら余裕なんだがな』


 ミドリは緑色のマントをバサッと脱ぎ捨てた。

 両手をそれぞれ握ったり開いたりして指をポキポキ鳴らしたあと、首を左、右へと傾けてコキコキ奏でた。

 爬虫類が得物に狙いを定めているかのように、吊り上った目がシャイルを捉えている。


「チッ、クソが! ムカつく野郎だな。シロ、目を閉じていていいぜ。タイマンでこの魔導師をぶち殺してやるよ。そんですぐに貴様をぶち殺す。ゲス・エスト!」


「ミドリ、見え透いた挑発に乗るなよ。バカなの?」


「はぁ? オメー、オレがこいつに負けるとでも思ってんのか!? 舐めてっとオメーもしょうちしねーぞ」


「確実な任務遂行のためだよ。言うこと聞かないと殺すよ。寝込みに毒を盛るからね」


 シロの白いマントにいく筋も這う黒い波模様がまるで毒に見えてくる。いちばん華奢(きゃしゃ)体躯(たいく)なのに、いちばんおっかない。


「チッ、分かったっつーの」


「ミドリさん、人には自分を舐めるなって言うくせに、そういうあなたは私のことを舐めているのね。いいわ。それでいい。負けてから後悔してちょうだい」


 指や首を鳴らすミドリの殺意に対し、シャイルはゴクリと喉を鳴らした。

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