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第109話 狂気の影

 赤いモヤははっきりと見えるほど濃密なものへと変わった。

 これはオーラだ。

 まるで俺に気づかれて開き直ったかのようだ。


 そして突如、俺の視界が真っ白になった。

 意識ははっきりしている。

 しかし、俺の目にはシャイルどころか焼けた村も荒れた大地も映っていない。天も地も真っ白で、その白い世界はどこまでも広がっている。


 そんな真っ白な世界に、明らかな異物があった。

 俺の正面、ずっと遠くにポツリと赤い点が見える。

 目を凝らすと、どうやら赤い服を着た少女が屈んでいるようだった。


「ねぇ……」


 突然の呼び声。

 後方から聞こえた。

 声は遠く、おそらく赤い少女くらいの距離から聞こえてきたのだと思うが、声は前方ではなく後方から聞こえた。

 だから声はあの赤い少女のものではないはずだ。


「ねぇ……」


 再び声が聞こえた。

 やはり後方。

 しかしさっきより小さい。声の主が遠ざかっている。

 俺は焦燥感で全身の毛を逆撫でされる感覚に襲われた。

 声が完全に聞こえなくなる前に声の主を確認しようと、すぐさま後ろを振り返った。


「――ッ!」


 その瞬間、心臓が潰れる思いをした。振り向いたら眼前に少女の顔があったのだ。さっきまで見ていた赤い少女だ。

 まったく予期できなかった。


 少女は幼いながらに凄絶(せいぜつ)に美しい顔をしていた。

 人形のような白い顔が、口の両端を吊り上げて笑った。

 彼女が(しゃべ)る。彼女が口を動かすと、その声は耳元での(ささや)き声となって俺に届いた。


「ふふふ。いままでありがとう。そして、さようなら」


 そこにあるのは焦燥と、恐怖と、……そして安堵(あんど)だった。

 これほど感謝をされたくない相手はいない。

 俺が彼女に対して抱いている感情をすべて見透かされている。

 それを嘲笑われている。

 鼓動が爆音を打ち鳴らして暴走しているが、これは怒りではない。恐怖だ。

 その恐怖の根源が俺に別れを告げた。


 白い世界は消えた。

 俺は恐怖のあまり、白い世界から早く解放されることを願ったが、白い世界が消えたのは俺が望んだからではなく、俺が狂気から見放されたからだった。

 そう、俺は難民を大虐殺したにもかかわらず、狂気から見放されたのだ。


 赤いオーラは完全にシャイルへと移ってしまった。

 狂気は俺ではなく彼女を選んだのだ。


「おい……シャイル?」


 シャイルは沈黙してうつむいていたが、やがて顔を上げた。


「ん? なあに?」


「大丈夫、なのか?」


「うん、平気だよ」


 本当に大丈夫なのだろうか。

 大丈夫だろう。どうみてもシャイルに変わりはない。もう赤いオーラも見えない。

 俺の中にいたときのように、狂気は刺激しなければ眠ったままだろう。


「そうか、よかっ――」


「あははははははは!」


 背筋が凍り、心臓が激しく締め上げられる。

 シャイルの顔が(みにく)(ゆが)んで笑った。


「ん? どうかした?」


 一瞬、俺はシャイルの言葉を聞き逃していたが、記憶を辿るように彼女の問いかけを頭の中で咀嚼(そしゃく)した。

 シャイルの顔は元に戻っていた。


「いや……何でも……」


 なんということだ。俺は間違ったのだ。

 シャイルの前で村を焼き払ったのは間違いだった。

 弁解の余地もない。

 ゲスなりのやり方? なにがゲスだ。俺がゲスであろうとすることになんの意味がある?

 バカバカしい。なんの意味もない。

 俺が貫きたかったのは、ただ「我、唯我独尊たれ」というだけのことだ。

 それがどう()じ曲がったか、ゲスであることをはき違えてしまった。

 俺ははっきりと後悔できるほど、その赤い存在を理解してしまった。


 呼びかけることすらはばかられる相手だが、俺はその赤い存在に向かって、シャイルを通して宣言する。


「神に(あだ)なす狂気よ、俺が貴様を……」


 打ち滅ぼす? 消す? 倒す? 俺にどこまでできるというのか。

 いや、これは戦線布告だ。俺の意思を告げるのだ。


「俺が貴様を極刑に処す!」


「え、私を?」


 シャイルは普通の状態に戻っている。

 普通といっても、かつてのシャイルに戻っていて、村を焼いたときの感情を引きずっている様子がまったくない。

 だから、いまの彼女が普通だとは言えないかもしれない。


 ただ、もうあの赤い気配はない。


 狂気の申し子はいつか牙を剥くだろう。


 俺は誓った。次こそは必ずシャイルを救ってみせると。

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