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第102話 リオン城⑩

「自滅って、何だ……? 俺がエアと契約していることと何か関係あるのか……?」


 考え事をするには最適な、光のない真っ暗な世界。

 いや、眩しい。

 意識がはっきりしてきた俺は、目蓋を開いていないだけだと気づき、そっと目を開けた。


 光はレイジーの魔法によるものだった。彼女が俺の頭を膝に乗せて介抱してくれていた。

 (そば)にはマーリンもいる。彼女が羽織るブレザーはレイジーのものだろう。


「マーリン、大丈夫か?」


「……そー」


 大丈夫には見えない。涙でただれたようで、(ほお)に二筋の赤い()れができていた。俺が目を覚ましたせいか、また彼女は赤いわだちに涙を走らせた。彼女の声は弱々しい。

 彼女が大丈夫だということを真実として答えたのなら、彼女にそう答えさせる状況を作った奴を殴ってやりたい。

 その怒りが伝わらないように、俺は起きてマーリンを優しく抱き寄せた。


「マーリン、ごめんな。一緒にうちに帰ろうな」


 マーリンは俺の胸に顔を(うず)めたまま黙って(うなず)いた。


「あなたこそ大丈夫なの、エスト君?」


「ああ。俺は疲れているだけだ。騎士団長様と違ってな」


 リーン・リッヒは壁に背をもたせかけて寝ている。寝ているというより、意識を失ったまま、まだ目を覚ましていないようだ。

 シャイルなら「やりすぎ!」とか言いそうだが、レイジーはそんなことは言わなかった。

 実際に俺とリーン・リッヒの強さを知っている彼女が、そんなことを言えるはずがない。手加減なんてできない強敵と命がけの戦いをやったのだ。


「リーンも大丈夫だよ。重傷だけどね」


「そうか。……大臣は?」


 そう問われて後方へ向けたレイジーの視線を辿ると、そこには大臣の体があった。

 すでに事切れている。凄惨な惨殺死体だ。

 やったのは俺。俺も明確な人殺しになったわけだ。ジム・アクティの一件が実は未遂に終わっていたとはいえ、いまさら人殺しを自覚したなんて言っても遅すぎるかもしれないが。


「エスト君、あなたの魔法ならメンバー全員に言葉を伝えられるでしょう? 作戦完了と撤収(てっしゅう)を通達してマーリンを連れて帰ってちょうだい。レイジーはリーンを介抱するから」


「嫌だね。俺にはまだやることがある」


「やること?」


 俺は起き上がった。頭が少し痛むが、意識ははっきりしているし、体も動く。


「俺がリオン帝国の皇帝になったと宣言するんだ」


「皇帝? なにを馬鹿なことを……」


 レイジーが眉間(みけん)(しわ)を寄せて俺を見上げた。

 俺の言葉が冗談だとしても冗談ではないとしても、彼女の軽蔑的な眼差しは変わらないのだろう。


「これが証だ」


 俺は盟約の指輪をレイジーに見せつけた。青い紋章の入った水晶がリングの上できらめいている。

 それは紛れもなく皇帝がつけていた指輪だ。


「ゲス・エスト……。その指輪はもう皇帝の証などではない」


 リーン・リッヒだ。

 ようやく目を覚ましたらしいが、さっきまでと姿勢は変わらない。まだ身体が動かせないのかもしれない。

 レイジーが飛びつくようにリーンの元へ駆け寄った。

 リーンはレイジーに頷いてみせ、大丈夫だとアピールした。


「だが第二皇妃はこの指輪をはめて皇帝になろうとしていたぞ」


 リーン・リッヒは意識を失っていて、皇帝、第二皇妃、第三皇妃、大臣がどういう末路を辿ったのかを知らない。だから俺が事の顛末(てんまつ)を聞かせてやった。

 彼女の反応は薄かった。一つひとつの事実に対して驚けるほどの体力もないようだ。

 それでも使命を果たせなかった悔しさはあるはずだ。ただわずかに寂寥感(せきりょうかん)をにじませた表情は、騎士団長としての自制心が作り上げたものなのだろう。


 状況を把握して、改めて彼女は俺に指輪のことを説明してくれた。


「ゲス・エスト、それは盟約の指輪だ。約束事に強制力を持たせる指輪にすぎない。初代皇帝は皇帝となることを指輪に誓った。それは一国のトップとなる代わりに、その責任を負うことを誓ったということだ。一方的なおしつけの宣言では指輪は反応しない。帝国民を導くだとか、守るだとか、そういう誓約が必要なのだ。指輪を使わずに勝手に皇帝を名乗っても、誰も貴様を皇帝だとは認めないだろう。力で縛りつけたところで、亡命者が増えて国力が落ちていくだけだ」


 まあ、それはそうだろう。べつに俺は権力者になりたいわけではない。

 帝国を滅ぼすことも可能だが、いまのリオン帝国はもはや侵略国家ではないし、その国民たちはただの人間だ。

 俺は自分の気に入らない人間に対して容赦はしないが、無関係の人間には手を出さない。


「そうは言っても帝国に俺を退(しりぞ)ける力は残っていない。俺の支配を受け入れるしかないのだ。だが皇帝の座はあんたに(ゆず)ってやろう。俺はマーリンを助けられたし、これだけ帝国を征したのだから満足だ。ただし盟約の指輪はもらっていくぞ。皇帝になるのに必要はないんだろ? こんな呪いみたいな指輪、それこそあんたらリッヒ家にとっては呪いそのものだったはずだ」


 リーン・リッヒは小さく嘆息し、穴の開いた天井を見上げた。ところどころ穴の開いた彼女の騎士服が微風になびく。


「盟約は他人には呪いのように見えるだろう。だが、私たちリッヒ家の者にとっては誇りなのだ。だが、ゲス・エスト、指輪は貴様に譲ろう。リッヒ家が誇りとしていたのは盟約であって指輪ではなかったのだ。それに、貴様は私が逆らえない帝国内のマジックイーターを一掃してくれた。その礼だ」


「礼をくれるってんなら、何かほかのものをくれよ。この指輪は俺が手に入れて勝手に持っていくんだ。それを勝手に礼にしてくれるな。それに三人のマジックイーターのうち二人をやったのはドクター・シータだ」


「ははは。ゲス・エスト、貴様はゲスというより、面倒臭い奴だな。指輪は持っていけ。ほかにやるものはない」


 実際のところ、当初の俺はマーリンを救出するついでに帝国を制圧して支配するつもりだった。だが、盟約の指輪の存在を知ってからは、帝国のことなどどうでもよくなった。

 外部からの強制力。一見してそれは自分を縛る厄介なだけの代物(しろもの)だが、うまく使えば己の魔法の限界を超えた応用を利かせられるはずなのだ。

 俺はその方法の目星もつけている。エアから盟約の指輪の説明を聞いた時点で、俺は指輪に何を宣誓するかほぼ決めていた。


 俺はレイジーの言うとおり、空気に音の振動を乗せて仲間に撤収を通達した。

 その際にエアの力を借りて帝国内の仲間の位置を探ったが、農業・畜産区域の担当だったハーティたち三人は帝国内の敷地にはいなかった。

 あと、工業区域の担当だったキーラたちへの連絡もつかなかった。こちらは何者かの妨害を受けているらしい。これは直接迎えに行くしかなさそうだ。


「レイジー、俺はキーラたちを迎えに行く。ただ一つだけ気がかりがある。商業区域の五護臣がどこにいるか分からない。少しだけ話した印象ではドクター・シータ以上の策士タイプで、こいつには警戒が必要だ」


「商業区域の五護臣か……。たしか、キナイ組合長、だったわね?」


 (あご)に手を当てて左上の中空を見上げていたレイジーは、リーンに視線を落として確認した。


「ああ、キナイ組合長は私にとってもいまだに得体の知れない人物だ。魔術師であることは確かだが、彼がマジックイーターであるかどうかは分からないし、彼の魔術が何なのか実際のところ分かっていない。彼は自分の魔術を人の行動意欲を高めるものだと申告しているが、その確証はない」


「五護臣は皇室に自分の能力を申告する義務があるのか?」


「五護臣だけではない。国民はみな魔法と魔術の申告が義務づけられている。たいていのものは確証を取るのだが、中には簡単に証明できない類のものもある。そういうものはそう分類されて情報を管理される。だが、なぜかキナイ組合長だけは証明されていないその魔術を誰も疑っていない」


「あんた以外は、か?」


「いや、私も例外ではない。ふと思い出すのだ。いや、意図的に思い出すようにしている。彼の申告された魔術は証明されていないのだと」


「それが奴の魔術なのかもな。人に自分の言葉を信じ込ませる」


「そうかもしれないが、そういう系統の魔術は応用の利かせ方しだいでいろんな使い方ができるから断定が難しい。ともあれ、彼の性格のほうは案外分かりやすい。功利主義。彼は利益に忠実に行動する。たとえ皇帝の勅命(ちょくめい)であったとしても、自分に損害をもたらすようなことはしない。とはいっても真っ向から逆らうのではなく、うまい具合に抜け穴を(くぐ)り抜けて相手に有無をいわせない。ドクター・シータとはまた違った小賢しさを持つ。キナイ組合長はそんな男だ」


「なるほど。五護臣の中でいちばん信用ならないな。へたしたら女かもしれない。いや、さすがにそれはないか。だいいち、奴が男か女かなんてどっちでもいいことだ。奴が実利主義だとしたら、こうなったいまの状況から動きだすとは思えない。放っておいても問題なさそうだな」


 その考えにリーン・リッヒからの同意も得られた。


 俺はマーリンをおぶさり、窓から飛び立った。

 強敵との連戦で消耗した体力はまだ回復していないが、あと一戦くらいなら耐えられる。


「マーリン。すまないが、もう少し辛抱(しんぼう)してくれ。キーラたちを迎えにいくからな」


 マーリンは俺の後頭部に頬を当てて頷いた。

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