追放系エルフ
ブギーキャットの新しい料理人が見付かり晴れてお役御免となった俺だったが、パーティーの募集は中々条件や好みが合わず決まらなかった。そうこうしている内に、
「デーツ君。飲食紹介してた私が言うのもなんだけど、もう1ヶ月以上実戦も訓練もしてないんじゃない?」
メイリリーさんにそう冷静にツッコまれると、確かに自分でも料理の腕は上がったが戦士としての技量はちょっと鈍った感触はあった。
俺はメイリリーさんにちょうどいいシンプルに戦う短期の仕事も探してもらうことにして、トレーニングがてら東アリエス市近辺で素材集めをこなし軽めに鍛え直すことにした。
メンバーを募集しながら自分が腑抜けていたんじゃ話にならない。
数日後、
「これなんてどう?」
「・・ッスねぇ」
改めて行った受付で渡された仕事の資料を見てみると、確かに悪くはなかった。
俺は東アリエス市の南の遥か先にある虫系モンスターが多く生息する蠱毒の森の外周部の南南西の平原に仮設された砦に向かった。
この仕事の発注元は州政府だったが、予算はギリギリらしく砦は要所以外は簡単な錬成術(魔法で物質構成なんかを操作する術)で生成された土壁でできたいた。
粗末な砦だが、400人近くの冒険者や州兵、その他関係者が犇めき、ある種の熱気を帯びていた。
ターゲットはズバリ! 犬くらいの大きさのモヒカン毛の芋虫型モンスター、ケムシーノの大群っ、約7000体の討伐だ!!
調査隊の情報では先月、この辺りで起きた大竜巻きで下位の飛竜、ワイアーム数体が蠱毒の森に墜落したらしい。
ケムシーノ達は普段ならまず喰えない強力なモンスターの肉を喰らって生命力を爆発させ、たった一月あまりで大増殖っ!
近場の他のモンスターも喰らい尽くしたが蠱毒森の内周部は生息するモンスターが強過ぎて手出しはできず、他のモンスター達にも対応されだした為、行き場を失ったヤツらは外周部へと飛び出しつつある状況だ。
大群暴走、モンスタースタンピード現象だ!
蠱毒の森の南南西の仮設砦のさらに先には州軍の正規の要塞もあるが、そこからさらに直進すればやがて穀倉地帯が突き当たってしまう。森の近くで始末してしまう必要があった。
「えーと、相棒の案内は・・」
仕切ってる州軍と冒険者ギルドの方針で近接戦型の参加者は2人1組で効率と防衛力を上げることになった。希望も出せるが俺はソロなので資料を元に運営が相手を決めている。
人の波を掻くようにして自分の登録番号の案内ブースにたどり着いた。
「0263、デーツ・サンドスターです。所属は東アリエス市本部」
「デーツさんね、担当はメイリリー・・はい、相棒はこの人ですね」
光画図(光画機で撮った画像を現像した物)付きの資料を俺に渡す多分軍の担当者。
「相性が悪いなら1時間以内に申請して下さい」
「うッス」
俺は資料を手に、相手のエルフがいるらしい控え室へ向かった。人を避けながら資料に目を通す。
「種族、エルフ。21歳。1個上か。ヨッチ・グランリーフ。女、E級、ジョブは風使い(格闘士型)。ふん? あれ、隣の州から先週、転籍してきたのか・・身長176センチメートル、高っ。俺とあんま変わらんな。モデルみたいだ。プライド高い系じゃないかぁ? え~??」
俺が戦々恐々としながら控え室の手前まで来ると、いきなり轟音と共に扉が烈風に吹っ飛ばされ、冒険者らしい男2人が壁に激突した。
「えっ?!」
ギョッとしてると、
「覚えてやがれっ!」
「種馬ヨッチっ!」
ボロボロにされた男2人は捨て台詞を吐いて遁走していった。
「なんだよ・・」
俺が恐る恐る控え室を覗くと、薄く風を纏ったヨッチ・グランリーフが仁王立ちしていた。銀の短髪が風で逆立っている。
エルフ族特有の長い耳。だが、華奢なエルフ族らしからぬ引き締まった筋肉質の身体の持ち主だ。
両足に風属性の格闘武器ファルコンレガースを装備している。
「ヨッチ・グランリーフさん? 俺、バディ紹介されたデーツ・サンドスターなんだけど・・」
「・・・場所、変えよっか? ここは風の通りが悪いわ」
ヨッチさんは纏っていた風を解き、俺達は明らかにドン引きしている控え室の他の冒険者の視線を感じながらその場を後にした。
人気の無い、土壁の城壁の上のよく風の通る場所に来た。気まずいので取り敢えず桃のような梨のようなフルーツ、桃梨をウワバミのポーチから2つ取り出し、1つ渡して先に自分で噛り出した。桃のような梨のような味と香りと食感だ。
「ありがとう。桃梨嫌いじゃないよ」
「はぁ」
「気の無い返事だね」
苦笑してヨッチも桃梨を噛りだした。
「控え室で口の悪いのがいてさ、もうしつこくって!」
「まぁそういう手合いでさっぱりしてるヤツはいないだろうな」
「ホントだよね! ・・・あたしさ」
思いつめた顔のヨッチ。正直、困った。普通に仕事しに来ただけだし、参ったな。
「前いた州で女関係で複雑なことになっちゃって」
うん?
「え? もう1回言ってくれる?」
「女関係で26股掛けちゃったら裁判沙汰になって州ごと出禁にされてさ!」
「・・何? ん?」
「だって! 保守的なエルフの郷から3年前に出てきたらさっ、何か開放的になっちゃってっ、好きっ! って思った子全員にアタックしたら全員落とせちゃってっ、もうなんか最高っ!! パラダイスっ! ってはっちゃけちゃってっ、上げてこうっ! みたいなっ? ・・まぁ、今では8股くらいにしときゃよかった、って反省してる。でも種馬ヨッチとかヒドくなぁい? ちょっと控え室で可愛い女の子何人かに声掛けただけなのにっ」
コイツっ!!!
「自業自得じゃねぇかっ?!」
「え? 待って、わかんないっ??」
「なんかイビられてたから話聞いた方がいいかな? 甘い物とか渡した方がいいかな? とか思った俺の真心返せっ! 桃梨も返せっ!」
「もう食べちゃってるよっ、というか今日よろしくね! デーツ! なんかソースの材料みたいな名前だねっ、あははっ!!」
ヨッチはあっけらかんと笑って桃梨もむしゃむしゃ噛り続けた。
う~~っっ、まだ1時間経ってないからチェンジしたい!
天気が少し心配されたが、雨は降らず、午後なるとケムシーノスタンピード討伐作戦は決行された!
まずは蠱毒の森の外周部の喰い荒らされたヤツらのテリトリーから、爆薬と臭気ガスで森の外へと誘き寄せる。担当は盗賊、狩人、銃砲師と州軍の工作部隊だ。
噴出するガスと爆発が森の端に段々近付いてくる。端には通常、森を覆う形で魔除けの石柱が大量に埋め込まれているが、ここは出てきてもらわないと困るので撤去されていた。
「緊張するね!」
「ああ! 防御役は任せろっ」
「頼りになるじゃ~ん」
俺とヨッチは城壁の前方に配置された10組ずつ6隊に分けられた内の森に向かって一番右端の隊に配属された。
城壁があるのに外なのは、ケムシーノは壁面を簡単に登ってくるので籠城しても閉所に大群で押し込まれ詰むだけだからだ。砦の役割はあくまで高所からの遠距離攻撃と広域支援魔法の基点だった。
ケムシーノ達が森の端を・・・抜けた! 土埃と地響き!! 陸の津波のようだっ。砦で銅鑼が鳴らされ、城壁の上に控えている支援役達が俺達全員に障壁魔法を掛けて守りを固めてくれた。
ケムシーノ達はここに至るまでに1000体は削られていて残6000体前後! さらに城壁の上に控えた攻撃魔法や間接攻撃武器を使う長距離攻撃役がギリギリまで引き付けてから最大火力を撃ち込み、一気に3000体前後に減らした!
この残りを俺達、タンクと近距離攻撃役から成る6隊が500体前後ずつ引き受ける!
完全な近接戦になる前に中距離戦がある。ケムシーノ群の内、攻撃魔法を使うマージケムシーノや火球を吐く火吹きケムシーノ等の弾を俺を含めたタンクのメンバーが受ける!
「せぇいっ!」
ドガラの効果に加え鉄の盾に魔力を込めて障壁を張る、鉄亀、の技で自分と後ろで風を起こして力を溜めているヨッチを守った。
「行くよっ!」
ヨッチが溜めた風を纏って飛び上がり、回し蹴りの形で風の刃を飛ばした。風の足技、鼬鳴き、だ。纏めて6体くらい仕止めた!
そのまま時間にしては僅か数分だが、相当な我慢比べだったターンを繰り返し、いよいよ近接戦になった。
「ケム~ンンッッ!!!」
「ケムケムケムケムッッ!!!!」
唸るケムシーノ群っ! もう乱戦になるのでタンク云々と言ってられないっ。ただ隊の守備位置を死守しつつ、バディと組んで隙を補い合いながら数を減らし続けるだけだ。
近接では物理戦特化の、喧嘩ケムシーノやとにかく硬い、岩ケムシーノが厄介だっ。
「オォっ!」
俺達は魔力を込めて太刀筋を交差させて斬り裂く片手剣の技、十字抜き、でなるべく複数体を1度に仕止める。鉄の盾は既にヒビ割れてきているので攻撃こそ最大の防御っ!
「いい剣持ってるじゃんっ」
「まぁな!」
ヨッチは逆立ちの格好で両足で風を掻き回すようにして旋回する風の刃を撒き散らす足技、鼬会で纏めて蹴散らしていた。さすが純粋なショートアタッカー! 効率いいっ。
乱戦に次ぐ乱戦っ! しまいに俺の鉄の盾が砕け、ヨッチも左脚のファルコンレガースの先が砕けて裸足になっていたが後方の兵員で対処可能な数程度の撃ち漏らしで、俺達は割り当て500体前後のケムシーノ群をどうにか捌いた!!
砦では戦勝の銅鑼が打ち鳴らされる・・。
「はぁはぁっ、どうにか、なったな」
「なんかちょっと途中からエロい気分になっちゃったね」
「なんでだよっ?!」
意味わからんっ。ともかく! 途中飲む暇も無かった回復薬や魔力活性剤を飲み、俺達は一息ついた。
倒したケムシーノ群から取れる膨大な量の素材は州軍とギルドが総取りだったが(こっそり拾ってるヤツらもいた)、報酬は110万ゼムに一定の範囲の装備の損耗補償、あとは活躍に応じたボーナス少々だった。
そこそこ美味しい食パン1斤が650ゼム程度の物価だ。まぁ悪くはない。しんどかったし、バディがかなり独特な相手だったけどさっ。
「メイリリーさん。もうちょい、いいメンバー集まりませんかぁ? なんかこうグッと来る物が・・」
後日、俺はまたギルドの受付で粘っていた。メイリリーさんもどうせ長くなると「そうね~」等と適当に相槌を打ちつつ、別の事務作業に取り掛かったりしていた。と、
「ふっふっふっ」
背後から怪しい風と、聞き覚えのある含み笑い!
「っ?!」
振り返るとファルコンレガースを綺麗に修理し終えた妙に艶々した顔をしているヨッチ・グランリーフだったっ。
「ヨッチ! なぜここにっ?!」
「いや、あたしこの州に転籍してるし、活動登録も東アリエス市にしといたわ」
無駄に起こして周囲を困惑させていた風を止め、ズンズン近付いてきた。
「というか、ヨッチ、なんか肌艶々し過ぎじゃないか? エステでも行ってきたのか??」
エステにしたって塗り過ぎじゃね?
「まぁエステと言えばエステだね! 金も稼いだし、『大人のエステ』にシッポリ行って来たんだよっ! いやぁっ、東アリエス市の姫達はレベル高いね! あはははっ」
「まぁ、法に触れないならお前が稼いだ金だしな・・」
「それよりデーツ!」
さらにグッと近付いてきた。うん、見た目は美人でスタイルいいな。見た目は!
「なんだよ?」
「君、仲間を探しているようだな? ここにいるじゃないかっ! 相棒ぅーーっ!!!」
「いやいやいや・・どうだろう? 聞き間違いじゃないですか? グランリーフさん。じゃあメイリリーさん、ボクは急用を思い出したので一旦帰ります」
「ああ、まぁ、お疲れ」
頓着無く抱き付いてきたヨッチをスッと剥がし、席を立って足早に去りだす俺!
「オイっ! デーツ! デーツ・サンドスター!! あたしの相棒っ! ・・というかメイリリーさん? 貴女、いいね? そのくたびれた世慣れた雰囲気、縁眼鏡! ちょっとヤボいギルドの制服! なんだろう?『大雑把に梱包されて置き忘れられた熟れきったブルーチーズ』のようなセクシーさっ!! この後、お食事いかがですか?」
ターゲットを切り替え、メイリリーさんの両手を握っているヨッチ。
「ちょっとデーツっ! この残念モデル風発情魔っ!! なんとかしてっ、あんたが引っ掻けてきたんでしょっ?!」
「メイリリーさぁん」
「俺は知らないよっ!!」
ああっ、オカチャン! クーサン! マルオ! 思えばお前達は真っ当な仲間達だった!!
俺は俺の新たなパーティー構想に早くも暗雲が立ち込めたことに戦慄するばかりだった・・