04 我慢してきたこと
それから、サリクスの願いが叶えられることは無かった。
むしろ、彼女に対する締め付けが益々酷くなる一方だった。
十五の時、王太子である第一王子ノエルの婚約者に選ばれても、二人は彼女に自由を与えないまま。
ドレスや宝石などの嗜好品から、食事の好み、趣味、交友関係に至るまで。サリクスは、両親の意思から外れることは許されなかった。
反して、二つ下の妹、ヘレナは自由に育てられていた。
両親は妹が欲しがるものを欲しがるだけ与え、素行が悪くとも大した口を挟まなかった。
一日のほとんどが勉強で潰されるサリクスに対し、のびのびと生活を送っていたヘレナは、彼女にとって羨ましい存在だった。
食事の時間以外ほとんど会わなかったが、それでも、今日起こったことを楽しそうに両親に話すヘレナの姿が、サリクスには輝いて見えた。
どうして私だけ。なんで私ばっかり。
理不尽な扱いに、サリクスは両親を恨まなかったといえば嘘になる。
だが、彼らから注がれる愛情を捨ててまで、反抗する勇気が無かったのも事実。
中途半端な思いを抱いていた彼女は、いつしか考えるのを諦め、心を殺し、不条理な両親の言いなりになる楽な道を選んだ。
その方がまだ、自分の心を守れたからだ。
ノエルが好むからと大人しい色合いのドレスばかり着て、大して好きでもない弦楽器を習って、彼との趣味を合わせた。
今後の交友に必要だからと意地悪を言ってきて嫌いな侯爵令嬢と友人になり、陰ではサリクスを馬鹿にしている他の公爵家の面々とも親しい仲となった。
家庭教師からどんな進路でも歩めると言われても、夢は王妃になることだと答えなくてはいけない。両親から「サリクスは幼い頃から国を支える王妃になりたがっていた」と他人に言っていても、笑って肯定するしかない。ノエルの機嫌を損ねたら、どんな事をしても許しを得なければならない。
もはやサリクスは、両親の願いを叶えるためだけに生きていた。
そうまでしても二人からの愛が大事なのではなく、もう、彼らに愛される以外、サリクスに残ったものがなかったからだ。
本来なら成長とともに育まれていく主体性を抑圧され、両親の良いように管理されてきた。
その結果、未だサリクスの自己は確立できず、親に依存せざるを得なかった。
両親からの期待に応えることを心の拠り所にしてしまったため、常に二人の顔色を伺い、王妃になるに相応しい行動を優先した。
そしてまた、公爵夫妻はサリクスを愛し、期待し、彼女が応えてしまう悪循環に陥っていたのだ。
時が経つに連れ、サリクスの感情は乏しくなり、その瞳からは生気が失われていった。
まるで人形のようになっていった彼女は、ますます両親とノエルに従順になっていき、青春を全て彼らの願望に注いだ。
そうして己の意思を持つことはなく、両親が描いた理想通りサリクスはノエルと結婚し、王太子妃となり、やがて王妃になるのだろうと思っていた。
だが、突然の婚約解消により、サリクスの世界はひっくり返った。
王妃になるために今まで育てられてきたのに。全てを犠牲に頑張ってきたのに、どうして。
いくら従順なサリクスでも、納得がいかなかった。
しかも後釜は、彼女の妹であるヘレナだ。それを両親が認めたということが信じられず、彼女は公爵家に帰ると、すぐさま二人を問い詰めた。
「何故、ヘレナをノエル殿下の婚約者にと許可したのですか!? ヘレナの方が私より優秀な魔法使いだったのですか!」
帰宅してきたサリクスを玄関まで迎えにきた母親に、彼女は大声で詰め寄る。公爵家の広いロビーにサリクスの悲痛な声が響いた。
「わ、私の、私の何が至らなかったのですか!? 直します、すぐに直しますから、だから……!」
「サリクス、落ち着きなさい。あなたに落ち度があって、ノエル殿下との結婚をやめたわけではないの。居間にお父様とヘレナがいるから、そこで話しましょう」
サリクスの母親であるルージュは、娘を伴って居間に移動した。
居間には、品の良い調度品が計算されて配置されている。
部屋の真ん中、大理石の机を挟んだ豪奢なソファ二対にそれぞれ、サリクスの父親クラフトとヘレナが座っていた。
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