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私は王妃になりません! ~王子に婚約解消された公爵令嬢、街外れの魔道具店に就職する~  作者: 瑠美るみ子


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21 打ち上げ

「よし。それじゃあ、新窯が無事完成したことに、乾杯」


「か、乾杯、です」


 フラムの食堂にて。サリクスとユーカリは酒の入ったコップを掲げ、互いに軽くぶつける。

 石窯の依頼から一か月。彼らは大きなトラブルもなく、無事に石窯を新調することができた。今日はその打ち上げであった。

 ユーカリはエールを一気に飲み干し、サリクスは一口だけ果実酒を飲んだ。味は甘い。これなら辛い酒が苦手な自分でも飲み切れる、とサリクスは酒を選んでくれたスピサに感謝した。


「夜に来るのは初めてですが、とても繁盛していますね。こんなに人がいっぱい」


 サリクスは店を見渡した。夜の食堂は、ほとんどの席が埋まり、外の港に負けない活気があった。


「この時間はまだ空いているほうだぞ。一時間後はもっと客が来る」


 ユーカリが新しい酒を店員から受け取って、二杯目を飲み始める。

 サリクスが「そうなんですか」と驚いていると、横から同意する幼い声が上がった。


「ユーカリさんのいうとおり。これからもーとお客さんがくるの! すごいでしょ」


 見れば、ホムラが料理を持ってきていた。盆の上には、サラダや豆料理、看板メニューの岩亀の丸焼きが乗っていた。


「ホムラさん。お手伝い? 偉いわね」


「うん。ホムラ、お手伝いすきなの!」


 ニコニコと頷きながら、ホムラは料理を机に置いていく。湯気の立っている岩亀の丸焼きを見て、サリクスが「美味しいそう」と手を合わせた。


「それね、ホムラがつくったの。上手にできたよ!」


「そうなの? すごいわ、ホムラさん。」


「えへへ~」


 照れたホムラに、ユーカリが横から茶々を入れる。


「今回は壊さなかったか?」


「もう、ユーカリさんのいじわる! いしがま、大丈夫だもん! それに、お父さんも褒めてくれたし! これならすぐにお店を継げるって」


 ふふん、とホムラは胸を張った。サリクスが、眩しそうに目を細める。


「ホムラさんの夢は、お店を継ぐことですからね」


「そうだよ! お父さんもお母さんも期待してくれてるから、もっと頑張るの!」


「……ふふ、頑張りすぎないように、気をつけてくださいね。応援していますから」


「うん! ありがと、サリクスおねえちゃん!」


 会話がひと段落したところで、厨房からホムラの名前を呼ばれる。彼女は「いっぱいおかわりしてね!」と言い残し、店の奥へと走っていった。

 ホムラの姿を見送るサリクスの目は、どこか寂しそうだった。ユーカリはそのことに気づいていたが、無理に触れず、料理へと話題を戻す。


「さて、肉が冷めてしまう前に、いただくとするか」


「……ええ。いただきましょう」


 サリクスはすぐいつもの調子に戻り、食事を再開する。

 打ち上げは、店の外に列ができるまで続いた。


*****


「はー、食った食った。サリクス、これからどうする? どこか店に入って飲みなおすか?」


 フラムの店から出た後、二人は夜の港街を歩いていた。

 日は落ちても、外灯のおかげで街は明るい。光る魔石によって照らされたククリは、昼とは違った雰囲気で、賑やかだがどこか物寂しげだ。


「ユーカリ様に付き合います。まだ余裕ですので」


 ほんのり赤くなった顔で、サリクスは微笑んだ。「じゃあ、俺のいきつけに行くか」と、ユーカリが道を先導する。

 サリクスは彼の後ろを歩きながら、白い息を吐いた。冬の冷たい風が、火照った頬にちょうどいい。


「ユーカリ様、あれ、なんでしょうか」


 サリクスが複数の露店が開かれた広場を指差した。ユーカリが「夜市場(ナイトバザー)だ」と答える。


「夜になるとああやって酒やつまみを売っているんだ。他にも小物とかも売っているぞ。……ちょっと見てみるか」


 ユーカリはそう提案し、サリクスを連れて広場へ向かった。

 露店はユーカリの説明通り、酒類や料理が多いが、夜行性の鳥や爬虫類、安眠効果のあるハーブなど、様々な物が売られている。

 ユーカリと共にしばらく市場を見て回っていると、ある露店がサリクスの

 目についた。

 ビーズで作られた髪飾りを売っている店だ。バレッタからカフスまで一通り揃っている中、サリクスは青いビーズであしらわれたピンに興味を持った。


(これ、可愛い)


 花をモチーフに装飾されたピンは派手すぎず、しかし野暮ったくもなく、サリクス好みであった。

 髪飾りの露店の前で足を止めたサリクスに、前を歩いていたユーカリが振り返って声をかける。


「どうした? なにか気になるものでもあったか?」


 サリクスは慌てて首を横に振った。


「いえ、なんでもありません。行きましょう」


 ユーカリは露店の品を見て、サリクスに気を遣う。


「選ぶのに時間がかかりそうなら、俺は適当にそこら辺を見てくるけど」


「違います、時間ではなくて……私には、あの髪飾りは似合わないので。大丈夫です」


 行きましょう、とサリクスは露店から離れる。

 ユーカリは彼女の様子にしばし考えたあと、蜂蜜酒の店を示し、休憩を提案した。


「ここでいいか?」


「ええ、大丈夫です」


 蜂蜜酒を手に、二人は広場のベンチに腰を下ろす。

 火傷をしないよう冷ましながら、使い捨ての素焼きカップに口をつけた。温かくて甘い味が、サリクスの冷えた身体にしみこんでいく。


「すごいですね。本当に色々ありました」


「昼とはまた違った趣きがいいよな。眺めているだけでも楽しいだろ?」


「はい。それにしても、昼間の市場に比べて露店の数が多いですね。夜市場とはそんなに人気なのですか?」


「出店料が昼と比べて安いんだ。だから、まだ店を持っていない駆け出しや新米の商人が売り場として利用する。俺も昔は世話になった」


「そうだったのですか。てっきり、最初から今のようだと」


「固定客が掴めるまで収入が不安定だったからな。金欠のときは、二日酔い予防の薬草茶を売って凌いでたんだ。酔っ払いに好評だったんだぜ。『ユーカリの薬草茶は泥水より酷いが夜中ゲロを吐かずに済む』ってな」


「ふふっ。ユーカリ様らしいです」


 クスクスと小さく笑ったあと、サリクスは手元の蜂蜜酒に視線を落とした。


「皆さん、凄いですね。自分なりの夢をもって、それを追いかけていて。私には何もありませんから」


 サリクスの憂いげな顔を見て、ユーカリはフラムの店での彼女を思い出した。


「ホムラと話していた時もそんな顔をしていたが、なにかあったのか?」


 サリクスはしばし躊躇ったあと、琥珀色の液体に映る自分を見ながら話した。


「……大人げない話です。昔、親に期待されて育った私は、両親の喜びが己の喜びだと信じて疑っていませんでした。でも、裏切られました。そうして今、ユーカリ様にご迷惑をおかけしているのですが……ホムラさんを見て、昔の自分を思い出してしまって」


 無意識に、カップを握る手が強くなる。


「でも、フラムさん達は、ホムラさんを愛しています。きっと、ホムラさんが心変わりして、お店を継ぐことをやめても、彼らはホムラさんの新しい夢を応援するんだろうなあって。そう考えると……その、みっともないのですが……」


 サリクスは恥ずかしそうに俯き、大きくため息を吐いた。


「嫉妬しました。六歳の女の子に。両親に愛されていて羨ましいって」


 どうにもならないことなのに。まだ両親に未練を持っているのか。彼らの言動に縛られているのか。

 頭の中で、己を批判する声が聞こえてくる。言葉で理解していても、簡単に割り切ることはできない。

 ユーカリは無言だ。自分の汚い感情に、引いているのかもしれない。甘えすぎたのだ、きっと。

 サリクスはおそるおそるユーカリを見る。彼は腕を組んで、遠くを眺めていた。


「サリクスも、親に苦労していたんだな」


 意図が掴めないサリクスに、ユーカリは続ける。


「俺もだよ。父親は竜である母さんを捨てて、母さんは俺を殺そうとしてきて散々だった」


 サリクスは思わず顔を上げた。衝撃の過去に言葉を失っていると、ユーカリが「そんな思っているほど重くねえよ。精霊王もいたし」と笑いかけてくる。


「まあ、けじめをつけた今はともかく、昔は割り切れなかったさ。『なんで自分だけが』って、思ってしまうのも仕方ねえよ」


 ユーカリは蜂蜜酒を飲み干した。


「嫉妬とか、自己憐憫とか、生きてたらどうしても付き纏ってくるものだ。みっともないって、切り捨てる必要ねえよ。それと正しい付き合い方を学ぶのも、人生ってもんだろ」


「ですが、他の人はとっくにそんなの」


「あー、やめやめ。他人と比べるのはダメだ。人のペースに合わせても疲れるだけだろ。俺は俺、サリクスはサリクス。自分の歩幅で歩け」


「自分の、歩幅……」


「で、その一歩目は、どうすればいいのか、わかっているだろ?」


 ユーカリは微笑んで、市場の方を指差した。


「まずは一歩、踏み出してみたらどうだ。自分の、新しい人生のために」


「………」


 サリクスは蜂蜜酒に視線を落とした後、深呼吸をし、一気に飲み干した。

 そして、決心した顔で立ち上がり、ユーカリに告げる。


「あの、すぐに戻るので、待っていてください!」


 返事は聞かず、サリクスは市場の方へ駆け出す。

 彼女の目的は、髪飾りの露店。ベンチから遠く離れていなかったから、すぐに辿り着いた。


「――あ、あの」


 サリクスは、財布を取り出し、緊張しながら露店の主に声をかけた。

 人当たりの良さそうな女性が手元の作業を止め、返事をする。


「はーい、いらっしゃいませ」


「……こ、これを」


 先ほど見惚れた青いビーズのピンを選ぼうとして、直前で手が止まる。


『こんな子供のような飾りをつけるなんて。あなたはもう大人なのよ、自覚しなさい』


『公爵家の娘が、そんな安物を身に着けるなどあり得ない。恥を知りなさい』


 どこからともなく、両親の声が聞こえてくる。

 胸がバクバクと鳴る。手に汗が浮かんできた。

 いつもなら、ここで諦めてしまう。

 だけど、今日は違う。サリクスは強く目をつぶり、気を持ち直した。


(一歩だけ。私なりの、一歩でいいから)


 サリクスは、青いビーズのピンを手に取り、値札分の硬貨を目の前の店主に差し出す。



「これを、ください」



 震えた声を出したサリクスに、店主は明るく言った。


「お客さん、さっきそれ見ていましたよね」


「あ、えっと」


「大丈夫です、似合っていますよ。自分のセンスに自信を持って」


 店主は硬貨を数え終わると、「ちょうどですね」と笑顔を浮かべた。


「お買い上げ、ありがとうございます。よろしかったらまた、来てくださいね」


 店主の言葉に、サリクスは頭を下げ、髪飾りを大事に抱えユーカリの元へ帰った。


「ああ、サリクス。どうだった」


「………」


 サリクスはすぐに返事せず、買った髪飾りを付けてみせた。


「……似合いますか?」


 ユーカリはすぐに答えた。


「ああ、似合っている。綺麗だよ」


「――ありがとう、ございます」


 サリクスは、安心したように笑った。涙ぐむ彼女に、ユーカリは立ち上がってハンカチを渡した。


「帰るか」


「はい」


 冷たくも澄んだ夜風を受けて、二人は広場を出た。

 これから寒さが厳しくなり、冬が本格化していく。だが、サリクスには何の不安もなかった。冬の静けさと空気を楽しみながら、彼女はユーカリと共に帰路についた。

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