17 ユーカリの考え
サリクスがユーカリの下で働き始めて、半月が過ぎた。
彼女は要領が良く、仕事の飲み込みが早かった。最初はぎこちなかった掃除などの雑務も、今は手慣れた手つきでこなしている。ポーション作りも好調だ。
そして何より、サリクス自身が仕事を楽しんでいるように見えた。
緊張が解れたのか、それともユーカリへの警戒心を解いてくれたのか。サリクスは初日よりも雰囲気が柔らかくなり、口数も多くなった。
まだ目的である自己主張は達成できていないが、それでも常に人の顔色を——少なくとも、ユーカリの機嫌を過剰に気にするのはやめることができた。それだけでも、十分な前進だろうと、ユーカリは考えていた。
とはいえ、問題がないわけではない。サリクスが抱えている事情を、ユーカリは知らないのだ。本人に無理強いさせないと決めたとはいえ、貴族絡みの問題ならユーカリにとっても厄介だ。
こうしている間も、サリクスの実家は彼女を探しているのではないか、と。ユーカリはククリへの配達途中で買った新聞を読みながら、そう考えていた。
「……それらしき記事はないな」
鳥を模した使い魔の上で、ユーカリは新聞を広げていた。配達から店へ帰っている途中だった。隅から隅まで目を通してから、ユーカリは新聞を丸める。
「精霊使いってことはそれなりの身分だと思ったんだが……考えすぎか? いや、ククリは王都から遠い。情報が遅れているだけの可能性もある……あれだけの魔法使いなら、実家で囲うに決まっているしなぁ」
ぶつぶつと文句を言いながら、指先に火を灯し新聞を燃やす。焦げて散り散りとなった紙片が、風に乗って姿を消していった。
「もう少し、貴族の情報を仕入れておけばよかったな。まさかこんなところで昔サボったツケが回ってくるとは」
ユーカリは頭を掻き、美しい銀髪を乱した。舌打ちをして、長いため息を吐く。
「師匠も師匠で役に立たんし……仕方ない。使いたくなかったが、あの人に頼むか」
ユーカリは渋々と己の腕から鱗を一枚剥がす。魔力で表面に言葉を刻み、呪文を唱えると、それは半分に折れてまるで蝶のように羽ばたき始めた。
「国王に伝言を。行け」
ユーカリが命じれば、鱗の蝶はすぐさま空を下降して行った。
あの調子なら、二日後には目的地に辿り着くだろう。ユーカリも、もうすぐ店に着きそうであった。見慣れた光景を一瞥してから、彼は大きく伸びをした。
「気は進まねえが、国王の力を借りれば大抵のことはなんとかなるだろ。それに……」
ユーカリは小さく笑った。
その声が嬉しそうに弾んでいることに、本人は気づいていない。
「珍しい仕事が入った。ちょうど良い機会だ、サリクスにも本格的に働いてもらうとしよう」
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