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私は王妃になりません! ~王子に婚約解消された公爵令嬢、街外れの魔道具店に就職する~  作者: 瑠美るみ子


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15 見捨てない

 失敗してしまった、と、サリクスは己の非を恥じていた。


(売り物にできないポーションを作ってしまうなんて……)


 サリクスは上級ポーションを作ったことを、猛烈に後悔していた。


 通常、ポーションは効能によってランク付けされている。特級、上級、中級、下級の四種類に振り分けられており、効能が高いほど上のランクにされ、生産難易度や値段も比例していく。

 上級ポーションは、切断したばかりの手足をくっつけられるほどの治癒力だ。風邪や腹痛を治せる程度の下級とは比べ物にならない。値段だって桁二つは違う。

 当然だが生産も難しい。上級ポーションを作ることができれば、それだけで薬屋から引く手数多だ。魔素の濃度が高い水を生成するのも、魔法の繊細な操作のどちらとも、平均的な魔法使いには難しいのだ。


 だからこそ、サリクスは怯えた。

 これではまるで自分がユーカリより魔法に長けていると自慢しているみたいではないか。嫌味だと捉えられてしまうのではないかと、ユーカリに勘違いされるのを恐れた。

 サリクスはすぐ弁解しようとしたが、ユーカリが話す方が早かった。彼は楽しそうに笑いながら、青い液体の入った瓶を掲げ、サリクスを褒めたのだ。


「凄いじゃないか、サリクス。とりあえず一回試しにと思ったが、まさか最初にこれを作ってしまうとは。表に出せないのは残念だが、まあ、自分用に持っておけ」


 サリクスの不安とは反対に、ユーカリの口調は和やかであった。

 ポーションが入った瓶を手渡され、サリクスは内心ビクビクと怯えながらそれを受け取った。


「あの……申し訳ありません」


 サリクスが謝罪すると、ユーカリは不思議そうに目を瞬かせた。


「……なんで謝ってるんだ?」


「だって、商品にできないと。それでは与えられた仕事をこなせていないではありませんか。役に立たず、申し訳ありません」


 ポーションの値段は法で定められており、勝手に弄ることは許されなかった。例え上級ポーションを大量生産できても、安く売ることはできないのだ。法を破れば、その店は罰せられてしまう。

 高価な薬を買えるだけの客がいれば、話は別だっただろう。だが、ユーカリが住んでいる周辺は裕福な住人が少ない。むしろ貧しい方だ。貴族ですら躊躇う値段のポーションを、彼らが買えるはずがない。サリクスがしたことは、ただ材料を無駄にしただけだ。


(それに——)


 自分には何もない。ユーカリに追い出されてしまえば、サリクスは精霊界に戻り、また何をしていいかわからない日々を過ごさなければならない。それは苦痛だ。そうなるぐらいなら、ユーカリの役に立って、仕事を貰い続けたい。

 嫌われることを恐れ卑屈に謝る彼女に対し、ユーカリがやや呆れた顔をした。


「なんだ。そんなことか。そんなの、謝る必要なんかないだろ。失敗するのは当たり前なんだから」


 サリクスは驚いて顔を上げる。「いや、あれは失敗だとは言わないか?」と首を傾げた後、ユーカリは彼女に言った。


「ともかく、アンタは働き始めたばかりの新人だ。そう簡単に上手く行くとは考えていない。慣れるまで、失敗するのは当たり前だろ」


 ユーカリは腕を組んで、言い切った。


「別に役立たずで構わねぇよ。俺はその程度でアンタを見捨てない」


「………」


 サリクスが何も言えないでいると、ユーカリが小さく笑って話題を変えた。


「とはいえ、今度は下級ポーションを作ってもらうがな。高いポーションばかりだと、客から文句を言われちまうからな」


「あ、は、はい。わかりました」


 つっかえながら返事をして、サリクスはもう一度ポーションを作った。

 ユーカリは水に込める魔力量や魔法の力加減によって、作成できるポーションの種類が違うということを知っていた。おそらく、サリクスが初め作成した際も、結果がどうなるか予測できていたのだろう。あの時、妙に落ち着いていたのも納得だ。

 今度はきちんと下級ポーションが作れた。鍋の底でゆらめく琥珀色の液体に、サリクスはホッと胸を下ろす。液体は澄んでいて、濁りはない。ユーカリが「完璧だな」とサリクスを褒める。


「これなら、しばらくはポーション作りを任せられるな。とりあえず、ここに置いてあるだけの瓶を——何だ?」


 サリクスへの指示の途中、ユーカリが眉を顰めた。窓の方から、コンコンとガラスを叩く音が聞こえてきたのだ。

 ユーカリはカウンターから離れ、窓を開けた。すると、外の窓枠に立っていた小鳥が中に入ってきた。

 そのままユーカリの肩へ飛び移ったかと思えば、彼に耳打ちをした。誰かの使い魔のようだ。サリクスが様子を見守っていると、ユーカリが急に険しい顔になっていった。


「わかった。すぐに向かう。アンタは先に帰っていろ」


 そう言って小鳥を外へ逃し、ユーカリは急いで身支度を整え始めた。店の奥から外套を取り出しバッグを肩に掛け、魔法の杖を片手にサリクスに告げる。


「悪い。急用が入った。客の魔道具の暴走を抑えてくる。少し離れるが、店番を頼めるか?」


「はい、わかりました。お店は任せてください。お気をつけて」


「ああ。あっ、あと、昼飯もついでに買ってくる。何か食べたい物は——」


 途中、ユーカリは何かを思い出し、言い直した。


「いや、食えないものはあるか?」


「え? い、いえ。特に好き嫌いはありませんけど……」


「わかった。なら、俺のオススメを買ってきてやるよ。店番よろしくな」


 サリクスは慌てて立ち上がって、ユーカリが外に出て行くのを見送った。間を置かないで、突風が強く窓を揺らす。風の魔法を発動したのだ。よっぽど急ぎの話だったのだろう。風はすぐに消え去り、窓は静かになった。

 サリクスはスカートに皺ができないよう座って、ポーション作りを再開した。店番といっても、やることが思い付かなかったのだ。

 黙々と手を動かし、どんどん瓶に液体を注いでいく。五本目を作り終えた辺りから、魔法の調整のコツを覚えてきた。十本目のポーションを作る頃には、考え事をする余裕ができてきた。

 そうしてサリクスは、自己嫌悪に陥った。


(気を使わせてしまった。どうして、私はこう、ダメなんだろう)


 ただでさえユーカリには迷惑をかけている。昨日の買い物も、代金は全て彼が支払った。給金の前払いだなんて言っていたが、サリクスがそれだけの期間ここで働けるかわからないのに、ユーカリは肩代わりしたのだ。お人好しだ、とサリクスは率直に思った。もし、私が彼と同じ立場だったなら、こんな女を引き取るだろうか。ユーカリの人としての立派さが、サリクスには眩しかった。


(ああ……お世話しにきたと言ったのは私なのに。全く役に立っていない。私には何もないのに)


 仕事すらこなせない自分に意味はあるのだろうか、と。

 サリクスは暗い顔をする。そして同時に、ユーカリの言葉を思い出した。


(……役立たずでも構わない。見捨てない、か)


 その言葉を聞いた時、衝撃を受けた。

 急に心臓を鷲掴みにされたような感覚。己の触って欲しくなかった部分を、無遠慮に暴かれ、撫でられ——そして、酷く安心した。


「——そっか、私」


 自覚していなかった己の心を見透かされ、サリクスは顔を覆った。


「また、見捨てられるのが、怖いんだ……」


 どれだけ尽くしても、努力しても、我慢しても。

 「もういらない」と、気まぐれに捨てられて。呆気なく、終わってしまうのが怖い。また、何も報われないのは嫌だ。


 だから、ユーカリの言葉は、嬉しかった。すごくすごく、嬉しかった。


 一人きりの店で、サリクスは声を殺して泣いた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 泣けるようになったんですね。
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