12 買い物
ユーカリの提案に乗り、魔道具店で働くことになった翌日。
二人は港街ククリに買い物しに来ていた。サリクスに必要な生活品を揃えるためだった。
身一つでユーカリを訪れてきたサリクスは、着替えはもちろん、金すらも持っていない。まさかこれから男の古着で過ごさせるわけにもいかず、品が充実しているククリにまで出かけることになったのだ。
街は冷たい潮風が吹き、磯の匂いで包まれていた。国内外問わずあらゆる商船が港に泊まり、船員達がいそいそと荷を運んでいる。朝早くから賑わっている歓楽街では、人間も亜人も関係なくごった返していた。
「凄い人の数ですね」
「まあな。毎日こんなもんだ。はぐれるなよ」
王都に引けを取らないほどの賑わいに、サリクスは圧倒されていた。公爵家で育った彼女にとって、このような人が溢れかえる場所を訪れるのは初めてであり、新鮮だった。
きょろきょろと顔を動かしていると、ユーカリから注意が飛んでくる。
「おい、ちゃんと俺の話を聞いていたか? 周りばかり見ていると、迷子になるぞ」
ユーカリは呆れた顔をしていた。
子供のように忙しないサリクスは、一目でこの場に慣れていないとわかる。そういう者は大抵、野暮ったい田舎者と相場が決まっているのだが、生憎サリクスは貴族令嬢。垢抜けた雰囲気と洗練された所作から、間違ってもお上りには見えないだろう。
街娘の格好も相まって、お忍びで遊びに来たお嬢様だ。そうなると、自分は付き人か。手を取ってエスコートでもした方が良いのか? と、ユーカリは柄にもない冗談を考えながら、サリクスに付いてこいと指示を出す。
人の間を縫って移動するユーカリの後を、サリクスは慌てて追いかけた。体格の良い獣人や悪戯好きの小人にぶつからないよう歩いていると、ある店の前でユーカリが止まった。
「俺の知り合いの店だ。とりあえず、ここで服を選べ」
示したのは古着屋だった。ガラスのショーケースには何点か女性向けの服が展示されていた。
店に入ったユーカリに続き、サリクスも扉をくぐる。店内には所狭しと服が飾られており、名札には服の名称だけではなく、中古・新品といった情報も書かれていた。
(新品? 古着屋なのに、新品の服があるの?)
サリクスが首を傾げていると、ユーカリが異変に気づき、彼女に声をかける。疑問を話したサリクスに、簡潔に説明した。
「古着屋といっても、古着以外にも、既製品も作っていたりするんだ。表に展示されているのも、この店が作った服だ。ま、商品の半分は古着なのは間違いないが。仕立て屋から下ろされた、新古品のドレスが売っている時もあるぜ。値段は桁が一つ違ったりするけどな」
「そうなのですか。仕立て屋を呼ばずにドレスが手に入るのは、手間がかからなくて良いですね」
大真面目なサリクスに、ユーカリは頬を引き攣らせた。
「流石、お嬢様だ。発想が庶民とは違うな……」
ユーカリの皮肉はサリクスに通じなかった。雑談している二人に気が付いたのか、店員が声をかけてくる。
「いらっしゃいませ〜、何かお探しで——あらまあ、ユーカリさんではないですか」
牛の獣人が元気よく挨拶したかと思えば、カウンターからユーカリの名を呼んだ。
「いつもお世話になっています。この前買った無水洗濯器具、役に立っているわ〜。商品が型崩れしないで早く綺麗になるし、ありがたいわ」
「そうか。それは良かった。知らせた通り、今日は定期点検に来た。ついでに魔石も補充するが、在庫はどんな感じだ?」
「そうねぇ。そろそろ少なくなってきそうだから、三百ぐらいお願いできないかしら」
「わかった。種類はいつもの赤と紫で?」
「ええ、お願いします。……ところで、そちらの方は?」
会話がひと段落すると、店員らしき獣人はユーカリの後ろに立っていたサリクスを見た。
「しばらく俺のところで働くことになった娘だ。まあ、ちょっと訳ありでね。何着か見繕ってくれないか、ムーゲさん。値段は気にしなくていい。できれば、動きやすい服装で頼む」
「あらあら、お安い御用ですよ。あなた、名前は?」
「サリクスと言います。よろしくお願いします」
サリクスは会釈だけをし、ムーゲと呼ばれた獣人に名前を教える。ユーカリは「終わったら教えろ」と言って、サリクスを置いて店の奥に入ってしまった。点検とやらをしに行ったのだろう。ムーゲはおっとりとした様子で、サリクスを手招きした。
「私はムーゲよ。よろしくね。それじゃあ、ちょっと選びましょうか」
ククリは王国内でも寒い地域だ。夏が過ぎたばかりの今はまだ暖かいが、そろそろ冬が来る季節。ムーゲはカウンターから離れると、長袖の薄いシャツ、少し厚めの生地のロングスカート、そして羊毛のコートを手に取って戻ってきた。
「パッと見た感じ、サイズは上衣も下もMあたりね。これから寒くなるから、コートも買った方がいいわ。」
ムーゲはサリクスに服を当て、大きさを簡易に確かめた。実際に着なくて良いのかサリクスは気になったが、仕立て屋とは違う仕組みなのだろうと考え、何も言わなかった。コートのサイズも問題ない。これで終わりかとサリクスが思った矢先、ムーゲはデザインの違うシャツとスカートを複数持ってきた。
「さて、ここら辺もおすすめよ。サリクスさんは肌が白いから淡い色の服も似合うと思うわ。サリクスさんは、どれが良い?」
「え……」
ムーゲはサリクスに見せるよう、持ってきた服を机に広げた。
「お洒落は自分の意思が大事だもの! サリクスさんが好きなのを選びましょう!」
自分の意思。好きなもの。
その言葉に、サリクスは青い顔をして、目を泳がせた。
(好きなもの……好きなもの?)
サリクスは広げられた服を何度も見る。
胸元にフリルが付いているもの、襟や裾に凝った刺繍が施されているもの、淡い黄色に染まったもの。
この中から何を選べば良いのだろうか。どれを選べば、正解なのだろうか。
フリルが付いているのはダメだ。私の顔立ちだと、子供っぽくなってしまう。お母様にも似合わないと言われるだろう。
刺繍が施されているのもダメだ。金糸を使ったそれは、少々派手すぎる。お父様に良い顔をされないだろう。
黄色に染まっているのもダメだ。このような色は、ノエル殿下の趣味ではない。二人から考え直せと言われてしまう……。
「………」
何を考えているのだろうか、とサリクスは頭を横に振った。
もう自分は父や母の意見など考えなくて良いのだ。自分が好きなものを、自由に選べる。そう、自由に。
だが、サリクスは、指一本動かせなかった。ずっと無言でいる彼女に、ムーゲが心配そうに声をかけた。
「サリクスさん? どうしましたか?」
サリクスは両手を強く握り、何とか笑みを浮かべた。
「申し訳ありません。全部素敵で、迷ってしまいました。良かったら、ムーゲさんが選んでくれませんか? 私が選んでいたら、日が暮れてしまいますわ」
「……あら、嬉しいわ。そうねえ、やっぱり、私はこの黄色のを——」
優しい獣人はサリクスの不審げな態度に触れず、服選びを再開する。
「………」
そんな二人の様子を、ムーゲを呼びに来たユーカリが、何か考えるように見ていた。
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