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待ち合わせのクリスマス

作者: 武田正三郎

 東京駅の銀の鈴。上野駅のパンダ前。池袋駅のいけふくろう。渋谷駅ハチ公前。新宿駅のアルプス広場。首都圏の定番の待ち合わせ場所だ。


 「銀の鈴は、人が多いから、待ち合わせに向かないって聞いたよ」


 「そんなことないよ、ちゃんと会えるから」


 その相手とも、もちろん、ちゃんと会えた。


 グランスタの通路中央のガラス張りの中に巨大な銀色の鈴のモニュメントは、1968年の初代から数えて四代目。代替わりしながら、半世紀にもわたって出会いと別れを見守り続けてきた。


 「待った?」


 「ううん……」


 待ち合わせの定番のセリフ。


 まあ、たいていは、どちらかが待ちぼうけを食らって、それまで「遅せえよ!」などと、心の中で、さんざん毒ついているものだが、それが雑踏の中から、相手の姿を見つけた途端、そんなことは、すっかり忘れて、「ううん……」と蕩けてしまうのである。

 

 それぐらい、会いたい相手に会えるということは嬉しいことなのだ。恋人とのデートはもちろん、学生時代の旧友であったり、昔の職場の同僚であったり、あるいは懐かしい恩師であったり、とにかく会えたら嬉しいのだ。


 ケータイが普及した今となっては、待ち合わせの場所に向かう途中の電車の中で、


 「ごめん、今、秋葉原、出たとこ。仕事遅くなっちゃって」


 などと、ラインが入ってきたりするから、会う前から、


 「だいじょうぶ、待ってるから」


 などと、返信したりする。


 でも、バブルのまっさなか、まだケータイどころかポケベルだってなかった頃は、もちろん、そんなことができるわけもなく、待ち合わせの場所で、ひたすら相手を信じて、待つよりほかはなかったのだ。


 埼玉の大宮駅のまめの木という待ち合わせ場所がある。1985年の埼京線の開通とともに、出会いと別れを見守り続けている。


 たぶん、ぼくが一番、長く待ったのは、開業間もない埼京線の、大宮のまめの木だった。


 なぜ、大宮なんかを待ち合わせに選んだかと言えば、それは、もう、少しでも早く会いたかったからだ。東京方面から向かうぼくにとって、埼玉方面からやってくる彼女に会うには、たとえ、池袋でデートするにしたって、大宮まで迎えに行って、それから、埼京線で池袋に向かった方が、少しでもいっしょにいられる時間が長くなるというものだ。


 待ち合わせの日時は、その前に会ったときに約束した。「クリスマスに池袋でご飯しようね」ということで、午後からの待ち合わせだった。「じゃあ、大宮駅まめの木、午後3時ということで」そういって、別れた。


 午前中に雑用を済ませ、駅そばでお昼を済ませ、埼京線にのって、大宮駅へ向かった。埼京線の高架から、街並みを眺めていると、ときおり、東北新幹線が埼京線を追い抜いていく。浦和のあたりを過ぎると、もうすぐ彼女に会えるという思いが募ってくる。


 大宮駅に到着すると、埼京線の地下ホームから、階段を上り、中央改札へと向かう。中央改札を出ると、中央コンコースの真ん中に、銀色のウネウネしたオブジェが立っている。どこがまめの木なのかよくわからないが、とにかく、それが「まめの木」である。まわりには、待ち合わせしている人がたくさんいる。ぼくも、その中のひとりとして、風景に溶け込んだ。


 「ちょっと早く来すぎたかな」と、思いあたりを見回す。おしゃれなコートを羽織っている人もいれば、休日出勤なのかスーツとネクタイといういで立ちの人もいる。きょろきょろあたりを見回している人もいれば、文庫本を読んでいる人もいる。そのうち、例の見慣れた風景が目に留まる。


 「待った?」


 「ううん……」


 待ち合わせというのは、必ずどちらかが先に来て、どちらかが後から来るものなのだ。待っていた女性が、読んでいた文庫本を、いそいそとハンドバックにしまい込む。連れ合いと嬉しそうに二言三言言葉を交わし、いっしょにどこかへ出かけていく。こうやって待ち合わせ場所から、いなくなる人もいれば、また新たにやってくる人もいる。まめの木のまわりでは、そんな風に、入れ替わり立ち代わり、いつも人が待っているのである。


 そんな、人の入れ替わりを見ながら、待ち合わせの時刻から、30分も経過すると、そろそろ時計が気になりはじめる。電車の到着時刻のたびに、北側の中央改札と南側の中央改札を見て、そろそろ来ないかなあと思いはじめる。何を、もたもたしているんだろう。


 中央コンコースから見上げるルミネのフロアは、クリスマスということもあって、イルミネーションが飾られ、いつにもまして華やかな雰囲気だ。歩いている人も楽し気だ。でも、そんな風景を見ても、いまひとつ気がそぞろだ。何か、事故でもあったんじゃないか? でも、電車の遅延の案内は、特に出ていないようだ。


 はた、と思いついた。もしかして、池袋駅のいけふくろうと待ち合わせ場所を勘違いしたのではないか。だとしたら、今頃、ずっと池袋駅で、待っているのではないか。「クリスマスに池袋でご飯しようね」と言ったから、そちらで待っていることもあり得る。待ち合わせ時間から、もう1時間も経過している。大宮から池袋まで、通勤快速で40分。さあ、どうする。ちょうど、電光掲示板に表示された赤色の通勤快速の文字が目に入った。行ってみるっきゃない。もし、彼女が池袋で待っていたら、すなおに謝ろう。


 中央改札から、階段を下り、埼京線の地下ホームにもどって、通勤快速に飛び乗った。冬は暗くなるのが早い。埼京線の高架から、遠く富士山のシルエットが、薄紅色の夕焼け空に、ぼんやりかすんで見えていた。池袋駅につくと、まっすぐいけふくろうに向かった。大宮駅のまめの木と同じように、いけふくろうも待ち合わせをする人に囲まれていた。その中に、彼女の姿がないか、目を皿のようにして探し回った。


 いない。何かあったのか。それともふられたのか。いや、彼女は、少々、とろいところはあるけれど、黙って裏切るような薄情なやつじゃない。もう、ご飯できる時間はとうに過ぎてしまっている。このまま、家に帰ろうか。せっかく会えるのを楽しみにしていたのに。待てよ。彼女は、黙って裏切るような薄情なやつじゃないけれど、とろいのは少々ではない。有体に言えば、だいぶとろいのだ。もしかして、大宮駅の待ち合わせに、大幅に遅れてきたのでは?


 もう一度、埼京線の通勤快速に乗る。埼京線の車窓から見える街並みには、すっかり夜のとばりが降りて、イルミネーションがきらきらと輝いている。そんな風景とはうらはらに、埼京線よ、早く走ってくれ、とひたすら願う。大宮到着のチャイムとアナウンスが鳴る前から、電車の降り口へ向かい、到着と当時に地下ホームに出る。階段を駆け上り、中央改札へと小走りに向かう。まめの木のモニュメントが見える。そのまわりには、相変わらず、待ち合わせしている人がたくさんいる。


 彼女は、いた。


 会えた。


 ほっとする。


 なんとも言えない安堵感。


 改札を出て、まめの木に向かう。彼女もぼくに気づいて顔を上げる。


 見つめあって、微笑みあう。


 会えただけで、最高のクリスマスだ。


 「待った?」


 「ううん……」


 「ご飯する時間、なくちゃったね」


 「うん……」


 「また、会おっか?」


 「うん」


 「いつにする?」


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