気になっている先輩にGPS入りのお守りを送ったら、何故か私の部屋から反応がありました。
「最近の機械は凄いのー」
お婆ちゃんの真似をしながら、丁寧に厚紙の中へ小さなチップをしまい込む。どれだけ離れていても現在位置が分かる、いわゆるGPSというやつだ。
GPS入りのお守りをどうするかと言われれば、まあ、とある人に贈るのが目的であって、その人は私の一つ上で、演劇部の部長で、何よりも笑顔が可愛らしい人なのだ。
贈ってどうするのと聞かれても、さして大した理由は無いのだけれども、好きな人が今どこに居るのか、気にならない?
「あ、あの……先輩に、コレ……! 勉強頑張って下さい……!!」
「ありがとう。嬉しいよ。大事にするね」
先輩のバイト先であるコンビニを訪れ、先輩がいつも好んで飲んでいるミルクティーを買い、会計後にお守りを手渡した。先輩の笑顔はとても眩しかった。
「やった……! 渡しちゃった……!!」
家に戻り、ミルクティーを飲みながら宿題に手を出すも、緊張して宿題が手に付かない。
「……Zzz」
「あ、寝ちゃってた」
気が付けばもう夜で、宿題は私のよだれで完全にグチャグチャになっていた。後でドライヤーで乾かそう。
「亜季ー! お風呂入っちゃいなさい! それと洗濯物畳んでここに置いておくからねー!」
「うーん! ありがとう……ってお母さんこの柔軟剤は臭いから止めてって言ったじゃーん!」
「安いんだから文句言わないのー!」
「ちぇっ」
なんだか気が逸れてしまったので、スマホを手にベッドへと腰掛けた。
先輩は今頃家だろうか。それとも散歩にでも出掛けているのだろうか。
後ろめたい気持ちを後押しするように、そっとGPSを起動させた。
赤い丸が私の位置。
青い丸が先輩の位置。
画面には、私の家に紫の丸が表示されていた。
「……?」
立ち上がり二歩歩く。紫の丸から、赤い丸が僅かに顔を出した。青い丸が少しばかりお尻を出している。
あれ?
確かにお守りにGPS入れたよね……うん。
て、ことは……!?
先輩……ベッドの下に!? まさか!!
ベッドの下を覗こうと屈みかけて、ハッと気が付いた。
(覗いたら私がGPSを仕込んだことがバレてしまうのでは!?)
そうだ。何故覗いたのか説明が付かない。
先輩がそこに居るのは全然Welcomeだけれども、説明が付かない行動については、ちょっと誤魔化しきれる気がしない。少なくともGPSを仕込む女だと知られるわけには絶対にいかない。
「おっと」
私はわざと消しゴムをベッドの下へと放り投げた。
──バッ!
「わっ!」
ベッドの下から手が現れ、消しゴムに弾き出した。
弾かれた消しゴムは私の足下へと戻ってきたが、何よりマズいのは、先輩の手を見た瞬間に、私が声を出してしまった事だ。
先輩を認知した事が先輩に伝わってしまった。
ベッドの下から重苦しい沈黙が澱んでいるのが分かった。
「ね、猫かしら……?」
とりあえず、すっとぼけることにした。
猫なら大丈夫だろう。
間違っても『猫ちゃん出ておいで』なんて言ってはいけない。出て来る気があるのなら、消しゴムを弾いたりなんかはしない筈だ。
「……に、にゃーお」
やりやがった。
先輩は猫を貫く気だ。
しかし自分の部屋に猫が侵入したとして、それを覗かない奴が居るだろうか!?
結果、先輩の知能指数があまり芳しくない事だけが判明し、事態は全く好転していない……!!
「亜季ー! お風呂ー!!」
思わぬ救いの手が入った。
私は窓を開け、一つ咳払いをした。
「お風呂入ってくるから、その間に猫ちゃん出て行ってね~」
これでお互い顔を合わせずに済む。聖母マリアは全てを水に流すのだ!
「に、にゃーお。パンツ欲しいにゃーん」
コ、コイツ……!!
私が事を荒立てないつもりなのを逆手にパンツを要求してきやがった……!! 別にパンツくらい全然Welcomeだけれども、せめて欲しいならば堂々と言って欲しい。いや、今言ったか。
私は畳み終えたばかりのパンツをそっとベッドの下へと投げた。
「オ゛エェェェ……ッッ!!」
「臭いのは柔軟剤だから……っっ!!」
何を咄嗟に言い訳しているのか。
まるで私のパンツが吐きそうになる程臭いみたいで、なんだか悔しい気持ちになってしまったので、今はいているパンツも脱いで投げてやった。
「オ゛エェェェェ……ッッ!!」
「嗅ぐな!! もう嗅ぐな!!」
私はベッド下へ手を伸ばし、パンツを二枚引ったくった。
「先輩がそんな人だったなんて……!!」
のそのそと先輩がベッドから這い出た。
ばつの悪そうに頭を掻いて、背中を丸めている。
「いや……その……亜季ちゃん俺のこと好きそうな顔でいつも見てたから……」
「そうです。その通りです」
「だから、いつものミルクティーをすり替えて……」
「……えっ!?」
「部屋で亜季ちゃんのこと……」
「それは全然Welcomeです」
「パンツも……」
「後であげます」
「……じゃあ、帰るね」
「先輩」
「ん?」
窓に足をかけ、振り返った先輩の口にミルクティーをぶち込んでやった。
「女の子眠らせるのだけは許せません」
先輩はトロンとした目つきで窓の外へと落ちていった。
「……やべ、死んじゃった?」
慌てて下へ降り、先輩の持ち物からお守りを抜き取った。とりあえずは生きているので警察に通報して放置した。
席を立つとき、飲み物をそのまま残して立つのは危険だ。こっそり怪しい薬を入れられているかもしれない。
なるべく空にするか蓋をするか持って行こう。一番良いのは相手を縛って置くことだ。これなら間違いない。