笑顔の、花束
あれから一ヶ月。
私は弦太くんと二人で鈴屋に来ていた。
この日は李月さんの娘のいろはちゃんも来ていたので、私はいろはちゃんの相手を請け負った。
「明日はあやめ達の結婚式なんだっけ?」
「はい! ずっと楽しみにしてたんです。 満月さんにも会えるかと思ったけど……」
以前の騒動で菱川家の権威は失墜し、窮地に追い込まれたらしいが、満月さんが菱川家の当主になるのを条件に、道場再建を保証される事になった。
「章大の方にはしっかり灸を据えておいたから当面の間は心配いらないよ。 満月も菱川家という柵が無くなったことで前よりもずっと穏やかな雰囲気になっていたよ」
李月さんから話を聞いて、私は胸を撫で下ろした。
「弦太はあやめ達にでかい貸しを作ったね」
「いや、前作ってた貸しがあったんで超過分で済みそうです」
「超過分?」
「『あやめにひなを貸す』事でいいそうです」
「そりゃひなたちゃんが大変じゃないか」
李月さんが眉を下げてクスクスと笑った。
「兄貴、何話してるの?」
すると一葉くんが頭にタオルを巻いて奥の部屋からでてきたので驚いた。
「一葉、店の中に居たのか。 その格好で何やってたんだ?」
「店の物置の片付けだよ。 俺もちょっとずつ店の手伝いしようと思ってね」
「え、じゃあ……」
「たまにひなたちゃんと店番してるよ」
一葉くんの台詞に、弦太くんはムッと眉間に縦皺を寄せる。
あの日、一葉くんが私に好意を抱いていた事を知った。
どうやら弦太くんも察していたようだが、あれから私達三人の関係は変わった訳ではない。
一葉くん曰く『大好きな二人の側に居たい』という欲が勝っているらしく、弦太くんも彼の気持ちを汲んでか、以前より食って掛かる事が少なくなった。
我慢は相当しているようだけど。
「ふぇぇ……」
いろはちゃんが少しぐずり始めたみたいだ。
「あぁ、お腹がすいたのかな?」
そう言うと李月さんはお湯を沸かし始め、いろはちゃんのおむつを替え始めた。
すると、李月さんの顔が店主からお父さんの顔になる。
私はこの瞬間を見るのがとても好きだ。
いろはちゃんを見る眼差しがとても優しくて、こちら迄心が温かくなってくる。
「李月さんて、やっぱりお父さんなんですね」
弦太くんも同じ事を思っていたのか、ポツリと呟いた。
「血を分けた娘だからね、可愛くて仕方ないよ。 君達にもそれが解る日が来るよ」
愛娘を抱え目尻を下げて笑う李月さんもとても素敵だった。
「で、弦太とひなたちゃんはどうなんだよ? 交杯の儀までしたんだから進展があったんじゃないのか?」
隣りでミルクを作る一葉くんがニヤニヤとこちらを見ている。
「確かそうだったね。 何か報告があって二人で来たんじゃないのかい?」
二人に話を振られ、私は思わず弦太くんの顔を見た。
すると目が合った弦太くんは少し照れくさそうな顔をすると、小さく深呼吸をした。
「実は籍を入れることになった」
「「えぇ!?」」
想定外だったのか、二人は声を大にして驚いた。
「冗談じゃなくてホントに纏まったのかよ! おめでとう!!」
「それは良かったじゃないか。 二人共おめでとう。 ひなたちゃんのご家族からもお許しがでたのかい?」
「そこは真白さんの助けがあったので……」
挙式にて交盃の儀を行った以上は取り消すわけにはいかないと、真白さんは直接私の両親を訪ね、粗方事情を説明し私達の縁談が纏まるよう手を貸してくれた。
私の母は元々男前な弦太くんが息子になるのを望んでいた上に、真白さんとも気が合っていた様なので快く了承したのだが、父はやはり難色を示していた。
『確かに大切なひなたちゃんをまだ若いうちに嫁に送る事に不安はお有りでしょうが、我が息子の覚悟も相当です。 それは母親の私が保証します。 勿論息子にはこれ迄以上に厳しく厳しく鍛えていくつもりですので、ご心配いりませんわ』
口元に手を当て慎ましやかに息子を褒める真白さんは、私から見ると『母親の顔』に見えたのだが、この台詞を聞いた時の弦太くんは顔を引き攣らせたまま微動だにしなかった。
まるで蛇に飲まれる前の蛙の様に……。
真白さんの言葉と、弦太くんの顔を見た父は何かを察したようで『彼を信じますのでそこ迄しないで大丈夫です』と不憫に思い庇っていた程だった。
父の天の声によって弦太くんはお咎めを逃れたのだが、先にプロポーズをしたのは私の方だった為に少々申し訳なく思った。
「まぁ、ひなを嫁に貰う為なら何でもやるってとっくに腹は括ってたから気にするな」
そこに一寸の躊躇いもない彼の瞳を見て、やっと『思いを伝えて良かった』と思えたのだった。
……ただそれから、弦太くんのアプローチも一気に加速した。
隙あらば耳を噛んだりキスをしたりと、獣の様に私を狙っている。
まぁ、彼の中には元々獣がいるのだから仕方ないのだが……。
正直その点は少し心配だ。
「ひな、どうしたんだ?」
突然弦太くんの声が耳に入り、私の心臓と体が一緒にドキンと撥ねた。
「何考えてたのか知らないけど、いろはも寝たし、そろそろ帰るぞ」
気づけばいろはちゃんが、李月さんの腕の中ですやすやと気持ち良さげに眠っていた。
「あぁ、そうだね。 起こしちゃ悪いし、今のうちに帰ります」
静かに帰る支度を始めると、突然李月さんは私の頭を優しく撫でた。
「ひなたちゃん、この先色々と不安はあるかもしれないけど、獣憑きの男は嫁に一途だからそこは安心して。 僕等との縁もこうして続いているんだから、話も聞くからね」
「そうそう、何かあったら俺達で助けてあげるからね」
二人の笑顔を見て、目に涙が滲んできた。
「李月さんも一葉くんもありがとう」
私はぐっと堪えて、笑顔で店を後にした。




