伝えたい、言葉
元々仕組まれた挙式だった為、参列者の殆どが事情を知る日上家の者だったが、それでも鼠一門の次期頭が鬼と化す姿に驚愕し、周囲が未だ騒騒としている。
そのような事態に目もくれず、弦太くんは座ったまま微動だにしない満月さんに近づいた。
「満月」
先程迄の声色とは打って変わって穏やかな声で満月さんの名前を呼んだ。
「この俺を止められるのは、後にも先にもひなしかいない。 悪いがお前との縁談は無かった事にしてくれ」
「……今ので理解したからそのつもりよ。 はい、コレ」
満月さんはゆっくり立ち上がると、私に近づき赤い石を手渡した。
「いつか返そうと思ってずっと持っていたの。 私も、父も、貴方に酷いことをして本当にごめんなさい」
瞳を湿らした満月さんは深々と頭を下げた。
それを見て、私の胸はズキンと痛んだ。
「……やっぱりだめだよ」
私の呟きに、彼女はピクリと反応した。
「満月さんは、菱川家から出てこなきゃだめだよ!」
思っていた事を伝えなければいけない、と私は唇をグッと噛みしめた。
「獣の血が流れてるなら、悲しい瞳をして我慢しないで、もっと多くを望みなよ! それがあなた達の生き方なんでしょ?」
そして満月さんに向けて私は手を伸ばす。
「満月さんが欲しいと思うものはきっとそこにはない。 だから、早くこっちにおいでよ」
「何言ってるのよ……」
満月さんは、少し困惑した表情で私を見た。
「だって私、満月さんがキラキラ笑った顔が出来るの知ってるから。 私はもう一度その顔が見たいの。 だから……」
すると、満月さんは私の言葉を遮るように、私の口元へ手を当てた。
「ありがとう。 ……もう充分よ」
彼女は少し困ったように眉を下げて微笑んだ。
さっきよりも少し澄んだ瞳で。
「……時間はかかると思うけど、必ずそっちに行くから。 それまで待っててくれる?」
「勿論だよ」
私も彼女の目をじっと見つめた。
満月さんも穏やかそうに微笑むと、着物の袖を慎ましやかに翻し、部屋を後にした。
自分を変えるのは誰だって難しい。
けれど、きっと彼女なら出来る筈だ。
だって、彼女には気高い獣の血が流れているのだから。
すると、隣りにいた弦太くんが、強く結んだ私の唇を解すかの様に、そっと頬に触れた。
大きな手。
長い指。
ずっと触れたかった、弦太くんの手。
その懐かしい感触に、ギュッと胸が締め付けられた。
私は頬に触れる彼の手に自分の手を重ねた。
「弦太くん、おかえりなさい」
私は泣きそうなのを堪えて、前からずっと言いたかった言葉を、隣りにいる彼に伝えた。
「あぁ、ただいま」
そして彼は、少し照れくさそうに笑い返してくれた。
「弦太、おかえり」
弦太くんが私の頬に手を伸ばそうとした瞬間、背後から黒いスーツ姿の一葉くんが弦太くんの肩に腕を回した。
「やっと元通りだな。 この貸しはでかいからな」
「解ってる。 お前達には感謝してるよ」
「やけに素直だね。 気持ち悪い」
「お前が言わせたんだろう!」
二人のやり取りを聞いて、やっと日常が戻った実感が湧いてきた。
そんな二人を見ていた私と、一葉くんの瞳がカチンと合ったと思うと思った瞬間、一葉くんはギュッと私を抱き締めた。
「か、一葉くん!?」
「いやぁ、白無垢姿のひなたちゃんを抱き締める機会なんてそうそうないからね」
「もう、そんな冗談言わないでよ!」
そして私の頬に優しく手を当てたと思うと、耳元に顔を近づけ耳打ちした。
『君が好きだよ』
小さいながらも確かに発せられた言葉といつもとは違う雄々しい眼差しに、『まさか……』と私の顔は一気に熱をあげた。
「君をそんな顔に出来た事、一生忘れないよ」
まるで小悪魔の様に囁いた一葉くんは、スッキリとした面持ちで私に笑顔を見せた。
「人が我慢してりゃ好き勝手しやがって……」
一方弦太くんは、一葉くんとは正反対で先程のような鬼の顔を見せ差し迫る勢いでこちらを睨んでいる。
そしてぐいと一葉くんの首に手を回し息の根を止めようとしたので私は慌てて止めに入った。
「これぐらいは許せよ!」
「解ってるが節度ってもんがあるだろ!」
キャンキャンと子犬が吠え合うような言い争いをする二人をみて、思わず溜息が出てしまった。
「こら! そこの男共はさっさと片付け手伝いなさい!!」
あやめちゃんも相当お怒りの様だ。
けれどやっと皆で笑える日が来るんだと思い、ずっと欲しかったものが手に入った喜びを私は一人噛みしめるのだった。




