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思わぬ、来訪者 

 菱川家に捕まってから幾日か過ぎたが、未だに婚約解消への糸口が見つからないままだ。


 邪気祓いの力も、三分の一程度しか回復できていないのも痛い。  

 自分が招いたことだから仕方ないのだが。


 そして、ひなの事も頭から離れる事は一時もなかった。


 章大の言う事が本当なら、もう俺のことなど忘れているだろうが、それでも俺の大事な人には変わりはない。

 だがこのまま放置していれば、章大の思惑通り満月との縁談がまとまってしまう。 


 それまでに何とか彼女に会いたい。 

 声が聞きたい。


 満たされない欲が、益々俺を焦らせる。



 ーーカシャン!


 

 突然窓の方から音がし、驚いて振り向くと、窓の縁には全身黒を纏った一葉が座っていた。


「よぉ、久しぶりだな」


 月光を背負い、マスクを下げてチシャ猫の様にニヤリと笑う一葉は、普段とは全く別人だ。 


「だいぶ探したんだぞ。 まぁ生きてて何よりだ」


「悪い、心配かけたな。 でも突然どうしたんだ?」


「それはこっちの台詞だ」


 一葉は一気に間を詰め、俺の胸ぐらをグッと掴むと憤った声で俺に迫った。


「お前、満月の婚約者になったってどういうつもりだ?」

 

「……何でその話、お前が知ってるんだ?」


「ひなたちゃんから聞いたんだよ」

 

「……ウソだろ?」 

 

 いつになく怒りで震える一葉の手を、俺は振り払う事が出来なかった。

 それほどに俺は動揺していたのだ。 

 何でこの話をひなが知ってる?

 一体どのタイミングで?

 

「そのせいで、ひなたちゃんずっと泣いてたんだぞ」


「何で……」 


「今でもお前のことが好きだからに決まってるだろう!!」


 一葉が一層声を荒げる。


 章大から聞いた話とは違う。

 何かがおかしい。

 どこかで話が縺れているのだろうか。

 

「一葉、頼む。 お前の知ってる話を聞かせてくれ」

 

「え?」

 

「俺、獣化したその後の記憶が曖昧なんだ。 気づいたらここに連れてこられてて、満月との縁談を迫られてる。 章大からも、ひなは獣化した俺を見限ったって聞いて……」


「そんな訳ねぇだろ!」


 バシン!っと一葉に頬を殴られた。


「ひなたちゃんは、お前が獣化してるのを目撃してる。 実際俺とあの場にいたからな。 あの時だってずっとお前の事を心配してたし、鎮静剤打たれた時だって泣いてたんだぞ」 


 じゃあ、あの時のひなの声は本物だったのか……?


「あの後、一人で居るところを菱川に漬け込まれたらしくてボロボロになってた。 お前が満月の婚約者になったって聞いたのもその時らしい」


「それ、いつの話だ?」


「四日前だよ」


「そうか……」


 俺が目を覚ましたあたりの話だ。

 どうやら菱川に嵌められていたらしい。

 それを見抜けなかった自分が情けない。


「何だよ、俺はまた守ってやれなかったのかよ……」


 一葉に殴られた頬がじわじわと痛み始める。


「……お前、ひなたちゃんが赤い石取られたってのも知ってたか?」


「まさか、章大にか?」


「あぁ」


「そうか……」

 

 俺の中がどんどん怒りで充ちていくのが解る。


「お前、どれ位回復出来てんの?」


「まだ半分もいってない」


「なら十分だろ」


 そう言うと、一葉はいきなり俺を目掛けてシュッと蹴り技を繰り出した。


 バシンッッ!!


 余りにも唐突で焦ったが、俺は何とか両腕でそれを受け止めた。


「あーぁ、止められたか」


「何すんだいきなり!」


 止めたとはいえ、一葉の蹴りはかなり強力で腕が痺れてくる。

 手加減なしの所業で苛立つ俺に対して、一葉はまたニヤリと笑った。


「そんだけ回復してりゃ、満月以外は大丈夫だって事だよ。 さっさとこっちに戻ってこい。 じゃなきゃ俺がひなたちゃん掻っ攫うぞ」


「え?」


 よく見ると、一葉の瞳がビー玉のように黒く透けて輝いている。 

 あれは『(からす)』の瞳だ。

 という事は……。


本気(マジ)かよ……」


 さっきの蹴りも、俺への牽制じゃねぇか。


「なんていうのは冗談だけどな。 はいコレ」


 コロッと掌を返した様に、一葉は俺に一枚の封筒を手渡した。


「明後日そこであやめ達の結婚式やるんだって。 満月も連れてぜひ来てくれって言ってたぞ」


「どういう事だ?」


「そのまんまだ。 じゃあ、今度こそ選択肢を間違うなよ」


 そう言い残し、一葉は窓を開け颯爽と暗闇へと消えていった。

 俺は一葉が出ていった窓を眺めながら、溜息をついた。

 一葉もひなに惹かれていたなんて気づかなかった。

 そういやいつも一緒にいたもんな。

 

「勝てる気がしないが、負けるわけにもいかないな」


 これはもう間違える訳にはいかなくなった。


 

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