ロックの冒険
ロックは街道をのんびりと歩いていた。
逃亡者の足取りでは無い。
旅立ちの日から、三日が過ぎていた。
夏の太陽がじりじりと、肌を焼くのが気持ちよかった。
姉に持たされた、食料は、もう、食べ切っていた。
金も持たせてもらったが、それを使える、次の街に辿り着くのに、後どれ位歩かねばならないのか、彼は知らない。
街の外に出るのは、初めてだったから。
それでも、のんびりと歩いて行く。
前方が騒がしい。
馬車が足止めされ、襲われている。
襲っているのは、五人の盗賊と思しき集団。
馬車を守るのは、護衛の兵士。
揃いの鎧を着こんでいる。
数は同じ、五人。
戦力は拮抗しているようだ。
ロックは、のんびりと歩いて行く。
現場に近づいても、決着は着いて無かった。
襲う側の一人が転倒した。
対していた兵士が剣を振り上げる。
それを振り下ろせば決着は着いたも同然だった。
一対一が、五組。
その状況だからこそ拮抗していた。
それが崩れれば、後は数の多い方が有利になり、余程の事が無い限り、そのまま勝敗が決まる。
「ガッ?」
兵士は剣を振り下ろす事が出来ず、目を押さえて後退る。
道すがら拾った石を、ロックが投げた。
「まだ仲間がいたのか?」
兵士が睨み付けて来る。
「いや、仲間って訳じゃねぇんだが。そっちの馬車の中にいるの、貴族だろ?」
兵士に守られた、馬車に乗っているのだ、それなりの地位の人間に違いない。
仲間では無いと言うのなら、何故、石を投げて邪魔をしたのか。
その質問の意図は何なのか。
一瞬の逡巡。
「どっちでも良いか」
そう言って、一気に間合いを詰める。
兵士の右手を掴み、剣を奪い取る。
呆気に取られた兵士を、一振りで斬り殺す。
「あ…ありがてぇ。助かったぜ」
盗賊が立ち上がりながら、礼を言って来る。
それを無視して、他の兵士に襲い掛かる。
運動をしたい気分だったし、貴族を助ける気になれなかった。
盗賊を助ける形になったが、助けるつもりだった訳でも無い。
それからは、あっという間だった。
同数同士の戦いで互角だったのだ。
その均衡を崩されては兵士達に為す術はなかった。
「よう、お前らは盗賊ってヤツか?」
「ああ、まぁ、そうだ」
首魁らしい男が返事をする。
「そうか。で、この中身はどうするんだ?」
「貴族だからな、アジトに連れて帰って身代金と交換だ」
「ふーん。金になるのか」
言いながら、馬車の扉を開ける。
中にいたのは三人。
仕立ての良い服を着ている。
貴族で間違いないだろう。
ひょろっとした男と、その妻らしき女、最後の一人は十七、八位の娘。
「なぁ、手伝ってやったんだから一人貰っていいか?」
娘を見ながら、提案する。
「いや、それはできねぇ。できねぇが、お前、俺達の仲間にならねぇか?そしたら、金になるまで好きに出来るぜ?」
腕の立つ人間は何人いてもいい。
「それでいいか。でも、若い方は俺のだ。お前ら手ぇ出すなよ」
あっさりと盗賊の仲間入り。
貴族の男を開放してアジトに向かう。
男を開放したのは金を持って来させるためだ。
貴族は体面を気にするので金で片が付くのなら、そうする。
下手な所に訴え出れば、妻子を守れない情けない男という烙印を押され、貴族社会の中では死んだも同然と言う事になる。
娘の方も、盗賊に連れ去られた事が知れ渡ると、嫁ぎ先が無くなり、困ったことになる。
多額の身代金を支払ったとしても、貴族として生きていけるのなら、お釣りがくる。
役に立たない護衛の兵士は皆死んでしまったので、この取引を知るものは他にいない。
兵士達は、獣などにやられたことにすれば良い。
獣は腹が膨れて去って行ったとでも言えば良い。
これが、この国の一般的な貴族の考え方らしい。
アジトは街道沿いの森に入って少し行った所に洞窟があり、そこがそうだった。
「入り口は少し狭いが、中はビックリする位広いんだぜ」
自分で掘った訳でも無いだろうに自慢気だ。
中に入ると人一人通れる程の通路が幾つも枝分かれしており、通路の先は数人の人間が寛げる程の広さの部屋になっている。
人間大の蟻が巣を造ると、こんな感じだろう。
ロックは勝手に部屋の一つに娘を連れ込み、お楽しみを始めてしまう。
「あいつ、自分の名前も名乗ってねぇぜ」
「まぁ、名前なんざ、後で良いじゃねぇか。腕が立って、俺達と気が合う。今はそれだけ分かってりゃあ良い」
首魁も細かいことは気にしない性格だった。
娘の悲鳴が聞こえてくる。
「そうだな。俺達も楽しもうぜ」
五人の視線が母親に集中する。
大きな胸に、細い腰。
長いスカートに隠されているので、分からないが、尻も太股も美味そうに違いない。
少し年増かもしれないが、それだけ経験が有ると考えれば、娘より楽しめるかもしれない。
こうしてロックの盗賊生活が始まった。
ロックが盗賊になって数ヶ月が過ぎた。
沢山殺して、沢山犯した。
ロックが十五歳と言う事に、盗賊達も初めは驚いたが、実力主義の世界である。
すぐにそんな事を気にする者はいなくなった。
盗賊達は色々な事をロックに教えた。
ロックは漁の事と、貴族としての教養、護身のための剣術と、女の抱き方は知っていたが、裏の世界の事や、森での生活の仕方など、教わる事は多かった。
自分の知らない女の悦ばせ方を教わった時には、
「そんな方法があったのか?」
と、驚き、すぐに実践して覚えた。
面白おかしく、盗賊暮らしを満喫していた。
ある夜。
そいつは来た。
女の形をしたそれは、死を運んで来た。
アジトに入って来た途端に死体が五つ出来ていた。
紫色の髪の毛で美貌の半分を隠している。
隠されていない、蒼色の瞳でロックを睨み付ける。
「殺気を漏らしたつもりは無かったけど。良く反応したね」
首を狙った斬撃を間一髪避けた事を褒めた。
本来なら六つの死体が転がっている筈だった。
ロックが今まで見たことの無い種類の美しさの女だった。
猫の様な、しなやかさと、力強さが、共存している。
この女には勝てない。
そう思ったロックは、
「弟子にしてくれ?」
土下座していた。
「なんだって?」
気が削がれた。
「だから、弟子にしてくれ!俺は強くなりたいんだ!あんたは強い。見ただけでも分かる。でも、俺は強くねぇ。だから、弟子にしてくれ」
「ここに転がってるのは、お前の仲間じゃないのかい?」
「ああそうだ、仲良くしてくれたし、色んな事を教えてくれた」
「私はそれを殺したんだよ?」
仲間意識は無いのか。
恩は感じないのか。
「それがどうした?こいつらは弱かった。だから死んだ。俺はこいつらより強かった。だから、生きている。それだけだ」
「私はお前より強い、だから弟子になると」
「そうだ。ダメなら殺してくれて構わない」
「ふん、素直に殺される気なんて、無いくせに」
「当たり前だ。死にたく無いからな」
「じゃあ、一つ賭けをしよう」
何と無くロックを気に入った女戦士はそう提案した。
「賭け?」
「そう。私が今から一度だけ剣を振る。その後、お前が生きていたらお前の勝ち。死んだらお前の負け」
「わかった」
実質、受けるしか無い。
受けずに抵抗して殺されるか。
受けて負けて殺されるか。
受けて勝って生きるか。
この中では一択。
生きる。
「一つだけ、ヒントをやる。私は横か、縦か、どちらかに振る。屈んで避けるか、左右に避けな」
二択になった。
「いくよ!」
振りかぶる。
ロックは屈まない、
ロックは右に躱さない、
ロックは左に避けない。
ロックは正面に向かって地を蹴る。
女に向かって体当たり。
諸共に地面に倒れようとしている。
「よし!」
このまま組み伏せれば、勝てる。
賭けなど、初めからどうでも良かった。
技量では天と地程の差がある。
しかし、力なら、男で体格にも勝るロックの方が強い筈だ。
このまま組み伏せれば、勝てる。
そう思った瞬間。
ロックの視界が、グルリと回る。
女が、倒れた勢いを利用してロックを投げ飛ばしたのだ。
「自分で考えたのは正解だよ」
女が立ち上がりながら言う。
ロックは、背中を強打した痛みで動くのもままならない。
提示された選択肢以外の手段は無いのかと考え、行動したのは正しかった。
「でも、力で何とかなると思ったのは間違いだよ。力の差を覆す為に技が有る。本当の正解は私の間合いから、逃げて、逃げて、逃げまくることさ」
正解は、まず後ろ、と言う事か。
「さて、私は、まだ剣は振っていないね。覚悟は良いかい?」
まだ、痛みに悶えるロックを見下ろしながら言う。
男の顔が青ざめる。
動け!逃げろ!躱せ!
必死に思うが、体は反応しない。
剣が振り下ろされる。
目は閉じない。
最後の、その瞬間まで、生きる残る道を探す為に。
振り下ろされた剣は、ロックの血を吸った。
ロックは、生きていた。
剣は、針に刺された程の傷を、ロックの額に付けただけで止まっていた。
それでも、ロックは、目を見開き生きる為に藻掻いている。
「うん、合格かな。弟子にしてあげるよ」
自分で考えて、行動できる所が良い。
生きたいと言いながら、死を怖れていない所も高評価だ。
女の言葉に、ロックは、やっと安心して、大きく息を吐く。
全身、汗だくだった。
「私はもう寝るよ。明日は早くに出るからね。お前も早く寝ときな」
女は、適当なねぐらを探しに立ち去る。
残された男は、じっと天井を見つめていた。
全身の痛みは引いていたが、動くのが億劫だった。
「頼んだらやらせてくれるかな…?」
そう言って、このまま、ここで眠ることにした。
女は、この辺りでは有名な冒険者だった。
最近、派手にやっている盗賊の噂を聞いて討伐に来たのだ。
朝になって街へと向かう道すがら、自己紹介ついでに、ここに来た経緯を教えてくれた。
実は、捕縛して街に連れ帰った方が実入りが良いのだが、面倒なので、皆殺しにしたのだという。
盗賊を殺した証は持って帰らなくて良いのか、と言う疑問には。
ギルドに報告すれば、調査員が来て見分し、その結果によって報酬が支払われるのだと、教えてくれた。
生きたままの方が報酬が良いのは、調査員の手間が省けるからだとも教えてくれた。
街道まで出て三日歩いて街に辿り着く。
その間、何とかやれない物かと、昼夜を問わず襲い掛かったが、その度に投げ飛ばされた。
女は、これも良い修行になる、と言って笑っていた。
ギルドに着き、仕事の報告ついでに、ロックの冒険者登録を行う。
その時、ロックの年齢を聞いた、女も受付担当も驚いていた。
見た目から二十歳前後だと思われていたらしい。
十五と言えば、一応、法の上では成人として扱われる年齢ではあるが、世間的にはまだまだ子供に見られるという、微妙な年齢である。
女とロックが師弟関係だという事も登録しておく。
家族や師弟関係などを登録しておく事で、冒険中、万が一が会った時に登録した相手に連絡が行く様になっている。
「これでお前が悪さすれば、私の評判にも傷が付くって事だ。私の弟子になるって言うなら、自分の行動には気を付けな」
そう言って笑った。
師匠は弟子を連れて武器屋に向かった。
ロックは、盗賊をやっていた時の剣で十分だと言ったのだが。
「そんな物は剣と言わない、ただの鉄の棒だよ」
確かにその通りだった。
手入れも碌にしてないので、切れ味も最悪だった。
「冒険者になった祝いに、少しはマシなヤツを買ってやるよ」
武器屋に入ると、一つの武器に、ロックの目は釘付けになった。
壁に飾ってあったそれは、剣ではなかった。
銃と呼ばれる、珍しい物だった。
銃というのは、火薬や魔法の爆発の力で弾丸を飛ばす武器だ。
「それが気になるのかい」
店の親父が声をかけて来た。
「うちの爺さんが仕入れて来たんだが、使い勝手悪くて売れ残ってるんだ。買ってくれるなら、安くしとくよ」
離れた所から攻撃できて、威力も高いこの武器は欠点も多い。
まず、音が大きい。
爆発の力で弾丸を飛ばすのだから、どうしても大きな音が出てしまう。
狭い洞窟内で使ったりすれば、音が響いて五月蠅くてしょうがない。
また、大きな音は、予期しない危険を呼び込む事もある。
音を聞いた何者かが寄って来て、しなくてもいい戦いを強いられるかもしれない。
弾丸の問題もある、
予め込めてある弾を打ち尽くせば再装填の時間が必要になる。
装填できる弾の数は、少ないもので、一発、多い物でも六発。
余りにも少ない。
それに、弾丸は使い捨てで、それなりに高価だ。
更に、使用するのにある程度の技量が必要になる。
動かない的に当てる分には、さほど難しくないが、動く的、それも乱戦中の味方に当てず、敵に命中させるとなると、格段に難しくなる。
等々、冒険者が使うには問題の多い武器だ。
「よし、コレが良い!」
「いや、待て。これはダメだ。幾らなんでも、こんな武器の使い方、私は知らないぞ」
師弟関係を結んだのに、教える事が無いとなるのは、何の冗談か。
「剣の戦い方もちゃんと教えて貰うから!コレ買ってくれよ〜!」
「駄々っ子か!」
ロックは小一時間程、駄々をこね続け、遂に銃を買って貰うことに成功した。
火薬式6連装回転式拳銃。
それがその武器の名称だった。
銃という物について、少し説明しよう。
銃という武器は勇者に深い関わりのある、特殊な武器だ。
そもそも銃という名も銃の勇者が使う武器だから銃という。
初代銃の勇者が創り出し、使用した武器。
だから、この武器は銃と呼ばれる。
銃が本当に武器の名前なのか、それとも他の意味のある言葉なのかは、学者達の間で意見の分かれるところである。
銃の勇者が残した銃を研究し、様々な銃が生まれる。
一番多く作られたのは、回転弾倉式の火薬式拳銃。
初代銃の勇者が使った物を模して造られたのが火薬式回転式拳銃だったからだ。
そこから派生したのが、まず、魔法式回転式拳銃。
火薬の爆発により弾丸を打ち出すのが火薬式、それに対して魔法の爆発で弾丸を打ち出すのが魔法式だ。
そこから更に派生して、引き金を引くことで、魔法の効果、例えば火炎弾や、火炎球を銃口から打ち出す魔法銃というものが生まれる。
用途によって様々な効果を発揮する魔法銃だが、使用したい効果の込められた弾丸を用意する手間や、目的の弾丸を一々込め直さないといけないなど、その煩雑さが嫌われ、鉛玉式より、更に普及していない。
銃を巨大化させた物を、砲、もしくは大砲という。
威力は高いが、持ち運びには向かず、城や砦に設置されている。
他にも銃身を延ばして射程距離を延ばした長銃や、弾丸を一発しか装填できない単発式など様々な種類の物がある。
この世界では、それら全てが銃に分類されている。
「いやー、お兄さん、覚えが良いねぇ。」
銃の手入れの仕方などを教えた武器屋の親父がロックを褒める。
ロックは一度教えられただけで、銃に関しては、親父より詳しくなった。
その日から暫く、ロックは剣と銃の両方を使って戦うことになる。
充実した日々が続く。
冒険者し、剣の修行を付けてもらい、銃の練習をする。
あれだけ気に入っていたセックスの事も忘れた。
言い過ぎた。
忘れてはいない。
度々師匠を襲おうとして投げ飛ばされたり、頼み込んでは蹴り飛ばされたりしていた。
ただ、他の女性には手を出そうとしなかった。
師匠の方は、弟子のそういった行動をコミュニケーションの一環として楽しんでいた。
楽しい日々。
それは、あっけなく終わりを迎える。
師匠が死んだ。
あっけなく。
暴れ馬から子供を庇って轢かれた。
別れの言葉も無かった。
回復薬を使っても効果は無かった。
「しょうがねぇか」
大きな溜息を一つ。
ロックが抱こうと思って、抱けなかった初めての女。
結構年上だったが、いい女だった。
見た目も、性格も好みだった。
師匠としても素晴らしかった。
この辺りで、ロックに勝てる人間は彼女しかいない。
それくらいには強くしてもらった。
涙は出なかった。
また、あの時の、領主を殺した時の感情が心の中で渦巻く。
今、彼女は、そばにいない。
「姉様、元気かな…」
いないものはしょうがない。
馬の持ち主だった貴族の一家を惨殺した。
勿論、そこにいた女は犯した。
街を出た。
師匠と出会ってから一年しか経っていなかった。
やっぱり、人は簡単に死ぬ。
俺は簡単には死なねぇぞ。
死ぬとしても、とことん楽しんでから、派手に死んでやる。
そのためには、もっと強くならないと。
強くないと簡単に死ぬ。
強くないと好きなことも出来ない。
強くなってやる!
決意を胸に昏い街道を歩く。
これが銃の勇者ロックの始まりの物語。
やっぱり暗い。
ロックは根が明るいからもっと明るい話しにしようと思っても何故かこうなってしまう。