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少年ロックの旅立ち

 ある浜辺に、一人の少年が流れ着いた。

 少年は、ロクロウという名前以外、自身の年齢すら覚えていなかった。

 浜に流れ着いた物の内、所有者の明確でない物は、領主に所有権があるという決まりの基、少年は領主の庇護下に入る事になった。

 領主は、貴族と言っても、時折、漁師と共に海に出て漁を行う様な人物で、領民達からは、領主ではなく親方と呼ばれて、親しまれていた。

 領主には、二人の娘がおり、妹の方とロクロウの、背が同じ位という事で、歳も同じ、五歳という事になった

 男子が欲しかった領主は、ロクロウを我が子の様に可愛がり、漁に連れ出したり、娘達と同じ教育を受けさせたりした。

 明るく、素直で、頭も良いロクロウは、領民達にも可愛がられた。

 ロクロウという名前は、この辺りの人間には発音し辛いらしく、専らロックという愛称で呼ばれる事になる。

 ロックが十三歳、姉が十五歳の年の事だ。

 ロックは姉の寝室に誘われた。

 貴族の娘で、十五歳と言えば、何時、婿を取ってもおかしくない歳だ。

 少女は、見ず知らずの男と、初めての口付けを交わすのは嫌だったし、純潔を捧げるのは、もっと嫌だった。

 ロックは、発育が良く、その歳で大人に負けない体格に育っていた。

 見た目も良く、少女の言う事に余り逆らわない、手頃な遊び相手だった。

 初めての、その夜、姉の方は少し痛がったが、それでもその行為を気に入り、親の目を盗んでは、度々その遊びに興じた

 ロックに否やは無かった。

 姉以上に、その遊びを気に入ったから。

 親にはばれなかったが、妹の方には直ぐにばれた。

 二人の秘密の遊びは終わりを迎え、三人の秘密の遊びが始まった。

 姉妹、二人は、親に秘密を持つこと、背徳的な事をしていると思う事、何より気持ち良い事を楽しみ、満足していた。

 ロックは、不満だった。

 秘密の行為という事で、やりたい時に出来ない。

 毎日でもやりたいのに、酷い時にはひと月以上出来ない時も有った。

 彼は街の娘にも相手をしてもらう事にした。

 ロックに幸運な事に、この街の女性は性に関して大らかだった。

 未婚の娘が、一夜の秘め事を楽しむのは、普通の事として行なわれていた。

 その代わり、結婚すると、いきなり身持ちが固くなる。

 時にはロックから誘い、時には女の方から誘われ、大いに楽しんだ。

 楽しい日々は十五の夏まで続いた。

 その年までしか続かなかったと言うべきか。

 領主にばれてしまったのだ。

 街娘達との遊びは問題がない。

 何せ、領主と一緒に楽しんだ事も有ったくらいなのだ。

 初めてのロックを誘った時などは、

 「お前も良い体になったな。そろそろ女を知った方が良いだろう」

 などと言って笑っていた。

 問題なのは姉の方との関係が知られてしまった事だ。

 姉との行為の最中に、領主が部屋に入って来た。

 酒を飲んで、良い気分になった所で、ロックを誘って遊びに行こうと思ったらしい。

 しかし、ロックは部屋にいない。

 一度は、先に一人で行ったのかと思ったが、そこで海の男としての勘が働いた。

 娘が結婚しないのは男がいるからではないか。

 脈絡も無く、そんな考えが、頭の中に閃く。

 だとしたら、相手は誰か。

 何人か候補はいたが、断然に怪しいのはロックだ。

 外に行くのは止め、娘の部屋へ向かう。

 その間に、領主の中で、ただの勘は、確信に変わっていた。

 まだ、何の確証も無いのに。

 酔いが、そうさせたのかもしれない。

 だから、ノックをせず、その扉を開けた。

 果たしてそこには。

 裸の愛娘と。

 裸の息子が。

 いた。

 汗だくだった。

 最早、言葉は要らない。

 妙齢の男女が、裸で何をしているのかなど聞くまでも無い。

 手塩に掛けて育てた愛娘の口から出る言い訳など聞きたくも無い。

 息子の様に愛して育てた男の口から出る裏切りの言葉など聞きたくも無い。

 無言で歩み寄り、驚いている男の顔を殴りつける。

 ベッドの向こうに転げ落ちたソイツを、追いかけてベッドを飛び越え、馬乗りになって殴る、殴る、殴る。

 「クソが‼︎クソが‼︎クソが‼︎お前など拾うのではなかったわ‼︎育ててやった恩も忘れよって‼︎お前など野良犬と同じよ‼︎立場を弁えんか‼︎」

 激昂した領主は、止めに入った娘を邪険に弾き飛ばし、殴り続ける。

 ロックがぐったりしても、まだ殴り足りなかったが、殺すつもりまでは無かったので、そこで我慢した。

 まだ息子への愛情は無くしてなかった。

 使用人を呼び、ロックを部屋に運ばせる。

 治療は最低限にしておけと、命じる。 

 暫くは、痛みに苦しみ、己の間違いを噛み締めれば良いのだ。

 娘の方には、暫く、部屋で謹慎する事を言い渡す。

 性に奔放な土地柄ではあるが、それは基本、平民レベルでの話だ。

 貴族の娘には貞淑さが求められる。

 謹慎ですんでいるのは、外に知られていないからだ。

 知っているのが家の者だけなら、隠しようもある。

 そこは三人にとって幸運だとも領主は思う。

 もし、娘の相手が他の男なら、殺してしまっただろう。

 もし、この事が、外に知られれば、娘の結婚は絶望的だろう。

 なんなら、家は妹の方に継がせ、姉とロックを番わせるのも手かもしれない。

 そうは思っても、裏切りの罰はしっかりと受けさせなければ。

 それも、貴族の責務だ。

 と、愛情と怒りの折り合いを付けた。

 部屋に運ばれたロックは医者に診てもらう事は出来た。

 顔は腫れ、唇も切れて、血が出ていたが、大したことはないとの事だった。

 顔を庇った腕の方は重症だった。

 右手の骨は三ヶ所にひびが入り、左手の骨は二ヶ所で折れていた。

 骨がずれてくっ付くといけないという事で、左手に添え木を当てられたが、治療はそれだけだった。

 痛み止めの薬も貰えなかった。

 「もっと、ちゃんとしてあげたいんだけど、御領主様のご言いつけでね。君も悪かったんだから、御領主様を怨んじゃいけないよ」

 そう言って、初老の医者は出ていった。

 何が悪いと言うのか。

 自分も姉も気持ち良い事をしただけではないか。

 何も怒られる様な事はしていない。

 勿論、ロックも貴族の仕来りは教えられている。

 しかし、それは彼にとって、自身の快楽に優先する物では無かった。

 領主の虫の居所が悪かっただけだ。

 自分は憂さ晴らしに殴られたのだ。

 腹が立つのは、自分がその程度の存在だと思われている事だった。

 誤解であるが、ロックはそう考える。

 素直で賢い彼は、叱られた経験が殆ど無かった。

 領主の方にも、悪い所は有った。

 大らかな性格だったので、滅多な事で叱ることは無く、叱りなれて無かった。

 もっと、ちゃんと言い聞かせていれば、違う未来も有ったかもしれない。

 怒りと痛みで眠れない。

 屋敷には回復薬(ポーション)もある筈で、それを使えば、こんな怪我、一瞬で完治するのに。

 自分に使うのは勿体ないとでも言うのか。

 朝になり、昼が過ぎ、夜がきた。

 領主は部屋で酒を飲んでいた。

 ノックも無く、扉が開く。

 「ロックか?」

 気配で来訪者が誰なのか分かった。

 無言で入って来る相手に怒りは無かった。

 昨夜のアレは、酒が入っていた事もあって、やり過ぎだったと、反省していた。

 しかし、簡単に許す訳にもいかないので、謝って来るのを待っていた。

 ロックは、賢い子だから、悪い事をしたと知れば、ちゃんと反省して、謝るだろう。

 そうしたら、許してやろう。

 そんな事を考えていた。

 血は繋がっていないが、親バカと言えるかもしれない。

 そして、それは治らない。

 そうだと自覚する機会も、治す為の時間も、もう無かった。

 部屋に入ったロックは、領主に体当たりをした。

 その手に長剣を持って。

 剣は椅子の背もたれごと、領主を貫いていた。

 心臓を貫かれた父は即死だった。

 自分を殺したのが、愛する息子だと知らずに逝けたのは、幸せだっただろうか。

 体当たりの勢いで父に抱きつく様な格好になった息子は、そのままの状態で無言でいた。

 その胸中に渦巻く感情を、ロックには理解出来なかった。

 泣きたいような、笑いたいような。

 どちらも違うような。

 体はもう、どこも痛くない。

 屋敷に有った回復薬で怪我は治っている。

 その代わりに、心が張り裂けそうな程痛い。

 姉の所に行こう。

 あの触り心地の良い体を抱けば、こんな気持ち吹き飛んでしまうに違いない。

 姉の部屋に辿り着き、ノック無しで扉を開ける。

 夜、この部屋を訪ねる時は、そうするのが、二人のルールだったから。

 「何をしに来たの?お父様に叱られるわよ」

 いつもより優しい声だった。

 ロックの様子がおかしい事に、気が付いているせいかもしれない。

 「大丈夫。もう、怒られないよ」

 「謝ってきたの?」

 首を振って否定。

 「じゃあ、何で叱られないと思うの?」

 「領主様は、死んだから…俺が殺したから」

 息を飲む。

 「本当に?本当なのね?」

 愛する弟であり、恋人でもある男の雰囲気がおかしいのは、そのためか。

 確認に行くために、部屋を出ようとするが、男に抱き止められる。

 離して、と言おうと開けた唇は、口付けで塞がれた。

 抵抗するが、直ぐに諦める。

 力では敵うはずも無い。

 そのまま、ベッドまで運ばれる。

 女は、彼を受け入れる事にした。

 普段の彼ではない。

 人を殺して、昂っている。

 自分を抱くことで落ち着くのなら、好きにさせてあげよう。

 父を害したのは事実だろう。

 しかし、気絶しただけなのを、死んだと勘違いしただけかもしれない。

 死ぬ程の怪我を負わせていたとしても、今、治療を施せば、命は取り留めるかもしれない。

 だが、目の前の男を放って行く気になれなかった。

 父の安否より、男を選んだ。

 明け方近くになるまで、男は何度も精を吐き出した。

 そして、やっと落ち着いたのか、女から離れて大の字になっている。

 こんなに荒々しく責められたのは、初めてで、疲労困憊だが女はそのまま眠る訳にはいかなかった。

 「ロック、逃げなさい」

 「あ?何で?」

 「お父様を殺してしまったのでしょう。ここに居ては、貴方は捕まって、罰を受けることになる。多分、いいえ、絶対に殺されるわ」

 法的には、ロックの立場はとても低い。

 平民ですらなく、領主の所有物扱いだ。

 奴隷よりはマシという程度だった。

 そんな彼が、貴族を殺した。

 ただの死罪で済まないかもしれない。

 拷問を受ける、心と体を壊される。

 その果てに、無残に殺され、晒される。

 弔うことも許されないかもしれない。

 「だから、貴方は逃げないと。貴方だけでも生きて」

 自分は悪くないのに、何故、逃げないといけないのか。

 そう思ったが、余りにも必死な姉の説得に従うことにした。

 荷物を纏めるのに、さほど時間はかからなかった。

 ロックが屋敷を出る頃には、日が昇っていた。

 暗い内に漁に出た船が戻ってくる頃だろうか。

 最後に口付けをして別れる。

 もう、誰に憚ることも無かった。

 別れ際に見た、愛した女の儚げな笑顔が、男には印象的だった。

 男を見送り、振り返った女の顔は決意に満ちた悲壮なものだった。

 領主である父が死んだ。

 弟であり、父を殺した犯人でもある、愛した男は去った。

 その責任を自分が背負う。

 共犯を疑われるだろう。

 二度と外に出る事はないかもしれない。

 妹には苦労をかけることになる。

 あの日、彼を誘惑しなければ、こんな事にならなかっただろう。

 彼女に後悔は無かった。


 


ロックの話しと言うより、姉の話しみたいになってしまいました。

ロクロウは漢字で書くと緑郎になります

どうせ読まれないと思っていたので、忘れてましたが、ご感想、ご批判、その他、なんでも受け付けております

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